魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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6.守りたいもの

6話

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 びちゃびちゃと、ぬかるんだ土の道をひたすらに歩く。
 元が粘土質なのだろう。
 水はけの悪い土が、乾くことのない水とかき混ぜられてぬめりを帯びている。

「セレスちゃんのおうち、急にお邪魔していいの?」

 先ほどまでとは打って変わって調子を取り戻したかのようなベルが、るんるんとした口調で尋ねる。
 セレスはびくりと傘を跳ねさせてからこちらを振り返り、「はい」と小さく返事をした。
 
 シオンは、その姿に一瞬視線が釘付けになった。

 水に濡れたワンピースの首元には、二、三枚の鱗のようなものが薄く透けて浮き出ていた。
 息を飲む音が漏れそうになったところを、ベルが言葉を続けてかき消してくれる。

「ありがとお~!もう、この雨、ホント嫌になっちゃうよねっ」

 幸い、シオンに走った緊張はセレスに悟られずに済んだようだ。
 「そうですね」と控えめに返してから、セレスは足早に民家の前を通り抜けていく。

 ぴったりと締め切られた戸が並ぶと、まるで分厚い壁に囲まれているようで息が詰まる。
 
 そこそこ冷えこんでいるが、家の中で火を焚く様子見られない。
 いつまで続くか分からない長雨だ。
 この雨の中では、乾燥した木材など手に入らないだろう。
 一層冷える時期に備えて、薪を節約しているのかもしれない。

「……ここです」

 セレスが案内してくれたのは、村のはずれにある小さな家だ。
 その佇まいを見て、シオンは心の中でほっと息を吐いた。

 少なくとも、家の外見は他の民家と遜色ない。
 立地のせいでやや孤立を感じさせるが、少なくとも命をつなぐには十分な住処に思えた。

 セレスが戸を開けると、ほんのりと花のようなお香の香りが漂った。
 甘いその香りに緊張がほぐされたのだろうか、じわりと体が温かく、重たくなる。
 
「失礼します」

 硬質な声でユウリが一声かけ、室内へと入る。
 彼は玄関前でレインコートを脱ぎ、丁寧に水気を払った。
 ……若いのに、しっかりしている。

「えへっ、お邪魔しまーす!」

 玄関でじっと立ち尽くすセレスに飛び切りの笑顔を向けてから、ベルが元気良くズカズカと部屋の中へと入っていった。
 相手を緊張させないための、ベルなりの心遣いなのだろう。

「ここ座っていいー?」

 ……心遣い、だよね?と不安になりながら、シオンは苦笑いした。

 セレスの家はこざっぱりとしていて、極端に物が少ない。
 食器や家具の配置を見るに、ここで一人暮らしをしているのだろう。

 シオンは「お邪魔します」と声をかけて改めてセレスの顔を見る。
 長い前髪に隠れてよく見えないが、顔つきはまだ幼く、十四、五歳ほどに見える。
 彼女の表情から、家に案内したはいいけれど、どうしたものか……と途方に暮れているのが手に取るように分かった。

「突然押し掛けることになってごめんなさい。屋根があるところで休ませてもらえるだけで充分ですから、気にせずあなたも着替えてきてね。風邪をひいてしまうから」

 そう伝えると、セレスは視線をウロウロとさせたあと、「はい」と小さく呟いた。
 怯えられてはいるようだけれど、拒絶の反応はない……といったところだろうか。

 着替えに行ったのだろう後姿を見送ってから、シオンは木の床にゆっくりと座った。
 小さなローテーブルと、簡素な敷物。
 炊事場には、麻袋に詰められた穀類や保存食の類、それから僅かながらに果物の姿が見られた。
 以前訪れた港町のように新鮮な食材が並んでいるわけではないが、それは『彼女だから』ではなく、この村全体の食糧事情を反映しているよう思える。
 
 どうやら食べるものの面でも、極端に困っている様子はない。

 同じことを考えていたのだろうユウリと、パチリと視線が交差した。
 ユウリは、セレスの体に見えた鱗に気が付いているのだろうか。
 
「あの……お茶でよければ」

 着替えを済ませたセレスが部屋の奥から出てくると、おずおずとこちらに向かって声をかけた。

「すみません、ありがとうございます」

 正直、冷えた体を温められるのは有難い。
 これから来るかもしれない食糧危機の中気が引けたが、ありがたく頂戴することにする。

 ふと思い出して、シオンは小さなリュックの中をごそごそやる。
 小さな袋に沢山詰め込んできたのは、以前アニタから作り方を教わった「花の蜜と酸っぱい果汁を混ぜて固めた秘密のお菓子」だ。

 ころころ、といくつかテーブルの上に転がすと、ベルとユウリが興味津々に覗き込んだ。
 お菓子に群がる親戚の子供たちを眺めているようで、なんだか心がほっこりとする。

「ちょっと休憩しましょう。はい、どうぞ」

 ふたりの目の前にぽん、とお菓子の包みを分けてやる。
 それからシオンは二、三個手に取ると、炊事場でお茶を淹れてくれているセレスの元へと歩いていった。

「はい、良かったら食べてくださいね。お世話になるお礼です」

 ぽかん、とこちらを見るセレスの手のひらを上に向け、ぎゅっとお菓子を握らせる。
 触れた手は、やはり芯まで冷えていた。

「あ、あの……」

「大丈夫、変なものじゃないわ。あまずっぱい、秘密のお菓子」

 元気が出るから、大好きなの、とシオンは彼女の手を握って笑った。
 少しでも、自分の体温が彼女に移っていくように、と心の中で念じながら。

「……ありがとうございます」

 セレスは手のひらの上のお菓子を、ぎゅっと握った。

「あはは! セレスちゃん、せっかくだから一緒に食べようよ~! 私、お菓子とっておこうと思ってよくカビさせちゃうんだよねっ」

 貰った時が、食べ時だよ!とベルが笑う。
 ……なるほど、確かにお土産で貰ったお菓子、オフィスのデスクの奥で眠らせがち。
 シオンは朗らかに笑うベルの姿につられて、頬を緩めた。

 セレスが淹れてくれたお茶を、さっとユウリが運んでいく。

「巡視隊の若手って、気が利くのね」

「できる事からコツコツやるだけです」

 そうクールに返しながらも、どこか誇らしげにしているユウリの姿が可愛らしい。

「そうそう、働け若者~!」

 そう言ってニコニコと笑うベル。
 なるほど、エルフ族……まさしく年齢不詳だ。

「さ、セレスちゃん、ここに座って」

 ベルはポンポンと自分の横を手でたたき、セレスに向かって手招きする。
 まるで自分の家かのようなくつろぎっぷりに、シオンは呆れを通り越して感心する。
 この図太さと大胆さは、もしかしたら年の功なのかもしれない。

「あっ……あのっ」

 セレスが意を決したように声を上げる。

「……皆さんは、魔物、なんですよね?」

 その声には、恐怖の色はもう無かった。
 代わりに、感じられたのは戸惑いと、微かな興味。

 シオン達は互いに視線を交わした後、少しだけ姿勢を正して、セレスに真っすぐ向かい合った。 
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