魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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6.守りたいもの

7話

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「私たちは、魔王城から来ました。先ほど村長さんも仰ってましたが、私は人間です」

 慎重に話すシオンの姿を、セレスはじっと見つめていた。
 ほかほかと湯気を立てるカップを囲み、四人が小さなテーブルで膝を突き合わせている。
 ……家族会議のように、見えなくもない。
 
「私たちが怖いですか?」

 シオンは率直にセレスへ問いかけた。
  
 最初に聞いておくべきことは、これだと思った。
 自宅というパーソナルな空間に、得体の知れない魔王城からの使者が三人。
 年端もいかない少女に背負わせるには、あまりにも強烈な出来事だろう。

 セレスは少し迷ったように唇を何度か震わせた。
 シオンたちはその沈黙を、辛抱強く待つ。

 ……この状況で、少々卑怯な質問だったかもしれない。
 それでも彼女は懸命に考えている。
 シオンは、その答えをゆっくり待ちたいと思った。

「最初は、少し。でも今は、怖くはありません」

 その答えを聞いて、ベルの表情がぱっと明るくなった。

「ほらねっ、私たち、魔王城の可愛い担当だから」

 シオンの顔を見て、パチンとウインクする。
 そういうことではないだろう、とシオンは苦笑いするが、ベルの隣で小さく微笑むセレスの様子に安堵もした。
 うちの可愛い担当は、可愛くて、賢い。

「……先ほど、雨に打たれながら、一体何をしていたんですか」

 和やかになった空気に一滴の水を滴らせるように、ユウリは落ち着いた声でセレスに問いかけた。
 セレスは一瞬言葉を詰まらせた後、ぽつぽつと説明を始める。

「えっと……雨を止ませるための、お祈りです。そのほかにも、怪我した人が良くなりますように、とか……畑がまた使えるようになりますように、とか」

 『お祈り』という漠然とした言葉に、三人は一瞬沈黙した。
 彼女の薄い唇からは、村のための願いごとばかりが出てくる。
 
 シオン達の体に、湿気を含む重たい空気がまとわりつく。
 
「お祈りは、村の人が交代でやってるの?」

 ベルの問いかけに、セレスはふるふると首を振った。
 その動きに、ユウリの表情が一瞬険しくなる。

「お祈りは、私の役目です。これまでも、ずっと」

 使命感でもなく、かといって諦観でもない。
 彼女が言う『私の役目』は、不思議な響きをしていた。

「……こんな雨の中ひとりで祈り続けることが、君の役目なんですか」
 
 ユウリの口調にはいつになく力が込められていた。
 言い切った後、ユウリはふっと口をつぐんだ。
 その強い言葉が向けられるべきはセレスではない、と分かっているからだろう。

「……はい。それが、私の役目ですから」

 セレスの瞳には戸惑いの色が浮かんでいた。
 どうしてユウリが憤っているのかがわからない、という困惑にも見える。 

「気付いているかもしれませんが、私は混血です。だから……これが役目だと教えられてきました」

 シオンは、彼女の言葉から抜け落ちているものに気が付いた。
 彼女の言動には、彼女自身の意志を感じない。

 たしかに血が通っているはずなのに温度を感じさせない彼女の物言いに、シオンは微かな痛みを感じていた。

「わかりました。……失礼ですが、ご両親は?」

 一瞬、ぐっと言葉を飲み込んだユウリが質問を変える。
 踏み込んだ問いだが、セレスに対しては機械的に問答を進めた方が親切だろうと感じられた。
 セレスから戸惑いの表情がふっと消え、再び口を開く。
 
「父は物心ついたころからいませんでした。母はこの村の人間で、私が五つの頃に他界しています」

「お父さんのことは何も覚えてないの?」

 ベルがやんわりと尋ねると、セレスは「ん……」と一度小さな口を閉じた。
 少し考えてから、ふるふると再び首を振る。

「母も村の人も、教えてくれませんでした。でも、この村には火竜様の言い伝えがあって……もしかしたら、私には竜の血が流れているのかなあって」

 セレスは幼さが残る横顔に似合わない、遠い目をしてそう言った。
 彼女が言う『火竜様』とは、恐らく火竜ストラウドのことだろう。
 ……今回の、パイロリザード騒ぎの糸を引いていると噂されている、火竜だ。

「私が祈ると、雨もきっと止むんだそうです。だから一生懸命、火竜様に心と体を捧げてお祈りするんです」

 そうだったらいいなあって、思いながらお祈りするんです、と。
 セレスはそう呟いて、そっと目を閉じた。

 その祈りにどんな意味があるのかも分からずに、目を閉じ、手を合わせる。
 その行為を滑稽だと断じることが、シオンにはできなかった。
 幼い彼女が縋れる一本の細い糸は、まさしくそれだけなのだから。

「……皆さんは、その……竜族のことを」

 セレスが掠れる声で話し始めたその時、ドンドンと戸が叩かれる音がした。
 不躾で遠慮のない、心持ち乱暴な音。
 じわり、とシオンの胸が締め付けられる。

「すみません」

 短くそう言うと、セレスは小走りで戸の方へと向かっていった。

 家の外でセレスと村人が何かを話しているようだ。

 シオンたちは、まだ温かいお茶にそれぞれ口をつけ、無言で小さく息を吐いた。
 それからぽつり、と口を開いたのはユウリだった。

「父親は竜族で間違いないでしょう。竜族が人里で暮らすなんて想像できません。母親は最初から一人で育てるつもりだったんでしょうね」

 心の中のもやを吐き出すようにユウリがため息をついた。
 詳しい事情は何も分からないのだから、抱えた感情もうまく吐き出せない。
 
 村の入口で見かけた祭壇の姿を思い出す。
 簡素だが手入れがきちんとされ、雨の中でも摘みたての花が供えられていた。
 それなのに、祈りを見届けるものの姿はひとりとして無かった。
 
 沈んでいきそうな思考を断ち切る様に、シオンは甘いお菓子を口の中に放り込んだ。

「皆さん、会食の準備が整いました」

 少しだけ、青ざめた顔をしたセレスが戻ってくる。
 シオンは思わず彼女の額に手を伸ばした。

 肩をすくめて驚く彼女に手を触れる。
 風邪をひいてしまったのではないか?と不安になったのだ。

「ちょっと、熱い。……お役目も大切だけど、確りお休みしてね」

 熱が出始めているのだろうか、わずかに潤んだ彼女の瞳がシオンの顔を映している。
 セレスはぱっと俯いて、小さく「はい」と呟いた。

 ◇

 会食は村長の家で行われた。
 豪華なつくりとは言わないが、それなりに広く立派な客間に格調高い木彫りの長机が据えられている。

「わあ~、すっごく美味しそう」

 机の上に並ぶ料理たちは、どちらかというと山の幸をメインにした素朴なものだった。
 ふわりと湯気の立つそれは、実に美味しそうではある、のだが。

 弾んだ声とは裏腹に、ベルの視線は揺らぐことない鋭さをもって卓上に注がれている。
 ……失礼だとは思いつつも、正直なにか盛られていてもおかしくはない状況だ。
 
「お気遣いいただき、ありがとうございます」

 食卓に着くのは村長と、その両脇に若い男性が二人。
 恐らく跡取りか、村の名士の息子だろう。

 食事の準備をしている女性たちが、僅かに怯えた様子でこちらを見ながらせわしなく動いている。
 
 シオンがペコリと礼をすると、村長は満面の笑みを浮かべて着座を促した。
 三人並んで食卓につくと、ふわりと鼻先を覚えのある香りが撫でた。

「……このお香、村で流行っているんですか?」

 香りの元をたどると、部屋の脇に小さな香炉が佇んでおり、そこから細く煙が立っていることに気が付いた。
 村長は口の端をゆっくりと引き上げ、大きく頷いた。

「この村特産の木の実を乾燥させて砕いたものでね……緊張を和らげ、ゆったりさせてくれるでしょう?」

「ええ。甘くて良い香りだから、人気が出そう」

 鼻腔から肺へ、深く吸い込む。
 じわり、と心地よい体の重さが帰ってくるような、沈み込むような感覚。

「さあ、折角ですから、食べながら話をしましょう」

 村長は笑顔でそう促した。
 シオンたちは、気取られない程度に注意を注ぎながら食事に少しずつ手を付ける。
 それから、慎重にパイロリザードに対する魔王城側の見解と、今後の対応について話をした。

「なるほど、それではあなた方魔物は今回の件には関わっていないと」

「はい。体勢が整えば、魔王城側でパイロリザードの討伐も検討します」

 ふむ、とやや大げさに、村長は相槌を打つ。
 ゆったりと構えているように見せるわりに、視線や眉の動きは彼の神経質さを隠すことが出来ていない。
 その不協和が、シオンの胸を絶えずざわつかせていた。

「それは大変ありがたい。私たちは長雨で大きな打撃を受けています。そこの……セレスの祈りにすがらざるを得ないほどに」

 ちらりと村長が視線を動かす。
 そこには、部屋の端でひとり棒立ちになるセレスの姿がある。
 顔が青い。やはり体調がすぐれないのではないか、とシオンは僅かに眉を寄せた。

 食卓の皿が空になる頃、村長は空気を変えるように一声あげた。
 
「お話は全て理解しました」

 それから、シオンの顔を見てにっこりと微笑む。

「あなた方を信用しましょう。パイロリザードの討伐と引き換えに……私たちは今回の件に関して魔物と敵対はしません」
 
 シオンはほっと胸をなでおろす。
 ベルとユウリも、シオンの隣で小さく頭を下げた。

「セレス、今夜はもう遅い。お前の家で一晩休んでいってもらいなさい」

 声をかけられたセレスはビクリと顔を上げ、おずおずと頷いた。


 その夜。
 セレスの家でシオン達はぎゅっと並べて敷かれた布団にくるまり、ひと時の休息を得ていた。

「とりあえず、バルドラッド様に絞られなくて済みそうですね……」

 ユウリが、僅かに緊張を解いた声で囁いた。
 隣でベルが何度も頷く。
 ふふふ、とシオンは小さく笑って、布団の温かさを享受した。
 変わらず漂うお香の香りが、ぼんやりと思考までを包む。
 まるでヴェールをかけられたかのように視界が揺らぎ、すっと落ちるように意識が途切れた。

 瞼を閉じて暗闇に身を投じるその直前。

「……ごめんなさい」

 セレスの掠れた小さな声が、静かな部屋にこぼれて溶けた。
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