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五十三階を過ぎたところで昼休憩となった。
兄がテーブルとイスを出し、サラが三人分の食事と飲み物を用意していると、女達がやってきて「一緒にいいですかぁ?」と聞いてきた。
「ご自分の食事とイスを用意してもらえるなら」
と兄が言えば、歓声を上げて一人が兄の隣に座り、一人が兄とリアムの間に座ろうとイスを持ってくる。
したたかな女はさすがだな、と他人事のようにサラは思いながら、離れた場所に座ろうとしていると、兄がサラを手招きした。
「サラはここ」
と言って、女が座ろうとしていた兄とリアムの間を指さした。
「え~?」
嫌そうな顔を女はしたが兄は聞き入れず、サラを呼ぶ。
女は仕方なく、リアムの隣へと移動した。
「クリストファーさんって、いくつなの~?学園はもう卒業してるよねぇ?」
「……」
「私ね、子爵令嬢なのぉ。兄が後を継ぐからおまえはどこかへ嫁げって言われてて~。クリストファーさん…クリスさん、貴族でしょ?いい装備してるし~。どぉ?」
「今は冒険者に集中したいので」
勝手に愛称で呼び始める女に頬を引きつらせながらも、兄は淡々と答えている。
「え~、でもずっと独身ってことないでしょお?とりあえず付き合ってみない?」
「遠慮しておきます」
「も~!そんなつれないところもかわいぃ~」
「……」
兄は女の方を見もしない。
まぁ、下手に相手をして勘違いされても困るので、無難な対応だった。
「ねね、リアムさんは神職なの?なんかぁ、神官ぽい!」
「元ですが」
「えっ素敵ぃ~!神様信じちゃってるの?」
「神と精霊はおわしますよ」
「ヤバ、ウケるぅー!私見たことないよ~?」
「いつか見られるといいですねぇ」
「えー!見られる日来るのかなぁ?リーさんは見たことあるのぉ?」
いつの間にかあだ名がつけられていた。
リアムは顔色一つ変えずに対応している。
「元神官ですから。奇跡は何度も」
「すごぉーい!ねね、リーさんは独身?」
「そうですね」
「私なんてどお?」
「結婚は今のところ興味ないですね」
「え~?私と付き合ったら結婚したくなるよ~?」
「そうなんですか。じゃぁ付き合えないですねぇ」
「やだぁー!リーさんたらいじわる~!」
女達は結婚相手を捜しに来ているのだろうか。
男への絡み方に遠慮がない。
サラは話を聞きながら黙々と食事をし、紅茶を飲んで一人寛いでいた。
いつもより口数も少なく無表情に食事を終えた兄とリアムは、さっさと立ち上がって片づけを始めた。
うんざりしている様子が丸わかりで、サラは笑いを堪えるのに必死になった。
「え~、もう出発するの~?もっとゆっくりでも良くない?」
「そうだよ~もっとお話しよ~?」
「…休憩して頂いて構いませんよ。我々は先に進みますね」
兄の言葉に遠慮や容赦がなくなってきていた。
「えっやだ~ぁクリスさんこわーい」
「もっと優しく言ってくれなきゃ泣いちゃうんだから~!」
いい年して子供のようなことを言う。
兄とリアムは無反応で、出発の準備をしていた。
サラが間に入るつもりはなかった。
女の嫉妬程、面倒くさいものはないのだ。
サラも出発の準備を整えていると、渋々立ち上がった女達がサラの元へとやって来た。
「ねぇ妹ちゃん」
女達はサラのことを名前で呼ばない。
「なんでしょうか?」
「妹ちゃんはなんで冒険者やろうと思ったの~?」
「お兄ちゃんと一緒にいたかったの?」
移動を開始しても絡んでくるので、仕方なく相手をする。
「いえ、両親が冒険者で、憧れて」
「そうなんだ~?あれ?でもクリスさん貴族でしょ?」
「妹ちゃん、養女なの?」
「違いますけど」
「え~?」
兄は貴族だと思うのに、妹は貴族だとは思わないあたり、都合のいい解釈をする頭の持ち主だとサラは思う。
「女の冒険者、しかも後衛は楽勝よ?」
突然女がサラの肩を組んできて、サラは驚く。
「…楽勝、とは?」
「後衛自体が少ないでしょ?しかも女。男達に貢がせ放題よ」
「妹ちゃんも玉の輿、狙ってるんでしょ?」
「…いえ、そういうつもりは」
「またまたぁ。いいのよ~ごまかさなくて!私達なんて幼なじみで冒険者を始めてから、ずっと男に困ったことないの」
「そうなんですか」
「マジックバッグも杖も、アクセサリーも、ぜ~んぶもらいものなの。あっテントもよ?」
「すごいですね~」
適当に返答するが、女達は気づきもしない。
「でしょお?妹ちゃんももっと胸出して、足出せば男なんて入れ食いよ?」
「全く色気ないものね。しっかりお化粧もしないと」
「…大人の女性って、大変ですね」
「あら、お洒落は女の武器よ。後で教えてあげよっか?」
「いえ、今は攻略に集中したいので」
「やだぁ、真面目ちゃんなんだから!お兄ちゃんとリーさんにお任せして、女の子はか弱くしておくのが正解じゃないの」
「…そうなんですか?」
「そうよぉ。戦闘なんて男がするもんじゃない」
「でも六十階のボスに挑むんですよね?」
「男が戦って、女が回復する。当然でしょ?」
「そうなんですね~」
「男は癒し系の女に弱いのよ。妹ちゃんも覚えておきなさいね」
癒し系の意味が違う気がしたが、サラはツッこまなかった。
「サラ」
兄に呼ばれて、サラは女達の包囲から抜け出した。
また走り出し、敵を容赦なく倒していく兄とリアムの補助をする。
女達は相変わらずおしゃべりしながら、適当に回復をしていた。
一日目を終了した時点で五十七階。
兄とリアムの本気を見た気がした。
五十八階へと続く広場で、野営の準備をする。
女達がテントを出した場所からずいぶんと離れた位置に兄とリアムはテントを出し、サラはここ、と指定をされて兄とリアムの間にサラもまたテントを設置した。
食事の用意をしてくる、とサラはテントに入り、出てきた時にはテーブルとイスに腰掛ける兄達と、責める女達の図があって、ため息をつきそうになった。
「ひどぉい、仲良くテーブル囲みましょうよ~」
「何でこんなにテント離れてるのぉ?もっと私達のそばでいいじゃない」
「もう設置してしまったので、そのままでいいですよ。マジックテントなら襲われる心配もないですし」
そっけなく兄は言い、リアムも頷いていた。
「やだぁ、クリスさんになら襲われてもいいのに~!」
「きゃっリーさんも大歓迎~!」
「……」
うんざりした様子の二人を見かねて、サラは食事をテーブルに並べていった。
「えっすごい!おいしそぉ~!ねぇねぇ妹ちゃん!私達の分はないのお?」
「ごちそうじゃん!一緒に食べた方が楽しいよお!」
「三人分しか用意してなくて」
ストックはあるが、女達に恵んでやる理由はなかった。
兄がリアムとの間のイスを引いて、サラを呼ぶ。
サラは呼ばれるまま腰掛けて、食事を開始した。
「明日は朝八時に出発します。早めに開始して、早めに解散しましょう」
「そうですね」
兄が言い、リアムが賛成した。
共に食事を囲むつもりが微塵もない様子に、女達は頬を膨らませながら自分達のテントへと戻っていく。
兄は大きくため息をついた。
「あれは…自分達が魅力的だと思っているのか?」
サラに問い、サラは頷く。
「すごくモテるって言ってたよ。マジックバッグもアクセサリーも、テントも貢いでもらったんだって」
「はー…」
「貢ぐ男の気持ちが私には理解できませんねぇ…」
「何か言われてただろう?」
「ああ、うん。もっと胸と足を出して、しっかり化粧もすれば男なんて入れ食いよ、だって」
ぶほ、と兄は口に含んでいた肉を噴き出しかけ、リアムは喉に詰まったのか必死に胸を叩いていた。
「…大丈夫?」
サラが問えば、二人は疲れた様子で頷いた。
「…人の好みは千差万別だが、露出することで寄ってくる奴がまともとは思えない」
「全く同感ですねぇ…」
「玉の輿に乗りたいそうだよ」
「どのラインを玉の輿というのか知らんが、少なくとも上位貴族の正妻としてはふさわしくない」
「高ランク冒険者の妻としても微妙ですねぇ。高ランクになればなるほど、要求される制限が増えますから」
「そこそこのランクの金持ち子息を誑かして、ふんだくるのが関の山ってことかな?」
兄とリアムが同時に咳払いをした。
「う…うん、そうだな、そうだけどサラ…」
「サラさんにそう言われるとなんというか、居たたまれない心地がしますねぇ」
「そうですか?」
「…他の奴の前では言うなよ。おまえのイメージが壊れるからな」
「…そうなの?イメージってなんだろう…」
「あいつらに変な影響受けるなよ?」
「それは大丈夫だよ。心配しないで」
「そうか…」
食後のコーヒーを用意し、ゆっくりと会話を楽しむ。
やはり気心の知れたメンバーとの会話は、安らいだ。
あの後衛はボス討伐にはふさわしくない。明日でお別れである。
口に出すまでもなく三人共通の認識であった。
そろそろお開きかな、という頃になって、女達がテントから出てきた。
それを見て、兄とリアムは素早く立ち上がり、サラに就寝の挨拶をして自分のテントへと消えていった。
サラは止めることなく見送って、コーヒーカップを片づけ始める。
女達が近づいてきて、二人が消えていったテントを見ていた。
「ねぇ、お兄さん達、もうテントに入っちゃったの?」
「…そうみたいです」
「えー!一緒にお酒飲みたかったのにぃ」
「呼んできてよ~」
「彼らはテントでゆっくりしたいみたいなので、難しいです」
「そんなあ」
ワインボトルとグラスを持って近づいてきた彼女達の姿は、貴族女性が着る物ではなかった。
平民の女性がバカンスを楽しむ時に、水辺で着る水着のような格好で、いわゆるビキニと呼ばれる物であった。
その上に透けたコートを羽織り、膝上までの黒ブーツを履いていた。
彼らが逃げた理由は明白である。
彼女達が近づいて来た理由もまた、明白であるからだった。
サラは兄が出したテーブルとイスも一旦回収し、テントのみにしてから「おやすみなさい」と立ち尽くす彼女達に声をかける。
「えー!つまんなぁーい!」
「せっかくいい男が二人もいるのよ?私達を放置なんて、ありえなくなーい?」
彼らの好みではないということなのだが、彼女達は理解していないようだった。
「ね~!呼んできてよ!妹ならテント入れてもらえるでしょお?」
「さすがに就寝の挨拶をした兄達を呼ぶのは気が引けます。私ももうテントで休みますので」
「つまんなぁーい!妹ちゃんも飲もうよぉ!」
「お酒は飲めませんので」
「も~!お風呂上がりに勝負服着て来たのにぃー!」
仮にも貴族令嬢だという話だったが、これが勝負服だとするならすでに貴族であることを捨てているのだな、とサラは思う。
水辺で水着は理解できるが、ここで水着は正直どうかしているとしか思えない。
男を誘惑する為の服。
彼女達の生き方は、サラには真似できそうになかった。
彼女達は相も変わらず騒いでおり、対処をどうしようかとサラが悩み始めた頃、五十七階からやってくる冒険者の気配があった。
そちらを見れば、「やっと着いた」と喜びながら歩いて来る男達がいた。
男ばかり五名のパーティー。
彼女達の目の色が変わった。
サラは深入りすることを避け、「おやすみなさい」と言い残してテントへ入った。
引き留められはしなかった。
翌朝、七時に朝食の為にテントを出ると、ちょうど兄とリアムも出てきたところだった。
「サラ、すまん」
「サラさん、すいませんでした」
二人同時に謝られ、サラは苦笑した。
「あれはさすがに…私が男でも逃げたと思うので、気にしないで」
「おまえを一人残してしまった。絡まれなかったか?」
「もし何かあれば声をかけてくれるだろうと思っていたのですが…」
兄のテーブルとイスを出し、朝食を並べながらサラは言い淀む。
「うん…その~…」
「何かあったのか?」
「ああ、うん…うーん…なんて言えばいいのか…」
「?」
二人が怪訝な表情をするので、サラは昨日二人がいた時にはなかったテントを指さした。
五十七階側に置かれたテントは五つ。
二人は瞬きし、無言のままサラを見た。
「朝食、食べよ」
サラは声をかけ、返事を待たずに食べ始める。
二人も食事を始めたが、まずい物を飲み込んだような顔をしていた。
「もしかしてあそこに来た冒険者、男か?」
「うん」
「そうか…いや、サラ、悪かった」
「いいよ。正直向こうに行ってくれて助かったから」
「……」
なんとも気まずい朝食を終えた頃、男達のテントから人が出てきた。
その中に女二人が含まれていて、サラはやはりと思ったし、兄とリアムは仮面を張り付けたように無表情になっていた。
「ねむーい。身体だる~い」
甲高い女の声が耳障りに響き、男達の下卑た笑い声がさらに不快を煽る。
こちらに向かって歩いてきた女達は、食事を終えたサラ達に気づいた。
「あっねぇねぇ、私達あっちのパーティーと一緒に行動することにしたのお」
「昨日までの戦利品、分配してくれない~?」
兄とリアムは視線を見交わし、即座に頷いた。
「わかりました」
「じゃ、私達着替えてくるからぁ、それまでにお願いしまぁす」
女達が自分のテントへ向かう為に背中を向けた瞬間、兄とリアムは立ち上がってテントやテーブルを片づけ始めた。
サラも気持ちは理解できたので何も言わずに従った。
彼女達が出て来る頃には分配を終え、取り分を受け取って「じゃあねぇ」と手を振りあっさりと彼女達は去っていく。
お荷物を引き受けてくれた彼らに、感謝した。
三人は時間通りに出発した。
後ろを見れば男達とわきあいあいと朝食を作っている彼女達の姿があり、忘れよう、とサラ達は思う。
「…こんなに清々した気分は初めてかもしれない…」
兄が呟き、リアムは苦笑した。
「高ランク冒険者なら誰でもいいんでしょうねぇ」
「二度と組むことはないな。心のブラックリストに入れておこう…」
「私もそうします」
兄やリアムさんとは相容れない人達だった。それだけのことだった。
何事もなく午前中のうちに六十階まで到達し、明後日また別のパーティーと組んで攻略になる、と話す兄の表情は暗かった。
「お兄様、疲れてる?」
「…まともな奴に来てほしい…」
「そ、そうだね…」
「気をしっかり持って下さい。きっといい人達に巡り会えますよ」
「そうですね…」
「信じましょう」
外に出た所でリアムと別れ、兄妹はカントリーハウスへと戻る。
時刻は昼であり、まだ時間があったので王都まで出向いて戦利品の売却をする。
兄と共に行動する時間が増え、会話も増えたが、兄の周辺には恋愛のれの字もなかった。
時間に余裕があったので、サラは尋ねてみることにする。
「お兄様、彼女が欲しいとは思わないの?」
「は?なんだいきなり」
「あの人達がとても印象的で」
「…ああ…。うーん、思わなくもないが、俺が好きになる女性がいない」
「…いない、というより、見る余裕がない、の間違いでは?」
「そうかもしれない。今はサラをAランクにすることが最優先だし、それが終わったら殿下達とダンジョン攻略を進めることが最優先になるし、学園が始まったらまた勉学と生徒会があるし」
「学園に、普通にお話できる令嬢はいない?」
「だいたい殿下が一緒だからな。皆殿下に話しかけるだろう?俺と話す令嬢なんてそうそういないよ」
「そうなんだ?」
「うん。殿下が早く相手を決めてくれたら、俺も余裕ができるかも」
「殿下次第か~」
「そうだなぁ…」
そう言って、兄はちらりとサラを見下ろした。
「何?」
「そういうおまえも気になる男はいないのか?」
「私?うーん…」
「クラスメートとか」
「皆友人だと思ってるよ。特別に思うような人は、今の所いないかなぁ」
「そうか…」
「お兄様に気になる人ができたら教えてね。私協力するから」
「はいはい。サラにも気になる人ができたら教えてくれよ。協力するからな」
「うん」
兄妹はもう一日を戦利品の売却をしてゆっくり過ごし、さらに次の日、リアムと合流した。
兄がテーブルとイスを出し、サラが三人分の食事と飲み物を用意していると、女達がやってきて「一緒にいいですかぁ?」と聞いてきた。
「ご自分の食事とイスを用意してもらえるなら」
と兄が言えば、歓声を上げて一人が兄の隣に座り、一人が兄とリアムの間に座ろうとイスを持ってくる。
したたかな女はさすがだな、と他人事のようにサラは思いながら、離れた場所に座ろうとしていると、兄がサラを手招きした。
「サラはここ」
と言って、女が座ろうとしていた兄とリアムの間を指さした。
「え~?」
嫌そうな顔を女はしたが兄は聞き入れず、サラを呼ぶ。
女は仕方なく、リアムの隣へと移動した。
「クリストファーさんって、いくつなの~?学園はもう卒業してるよねぇ?」
「……」
「私ね、子爵令嬢なのぉ。兄が後を継ぐからおまえはどこかへ嫁げって言われてて~。クリストファーさん…クリスさん、貴族でしょ?いい装備してるし~。どぉ?」
「今は冒険者に集中したいので」
勝手に愛称で呼び始める女に頬を引きつらせながらも、兄は淡々と答えている。
「え~、でもずっと独身ってことないでしょお?とりあえず付き合ってみない?」
「遠慮しておきます」
「も~!そんなつれないところもかわいぃ~」
「……」
兄は女の方を見もしない。
まぁ、下手に相手をして勘違いされても困るので、無難な対応だった。
「ねね、リアムさんは神職なの?なんかぁ、神官ぽい!」
「元ですが」
「えっ素敵ぃ~!神様信じちゃってるの?」
「神と精霊はおわしますよ」
「ヤバ、ウケるぅー!私見たことないよ~?」
「いつか見られるといいですねぇ」
「えー!見られる日来るのかなぁ?リーさんは見たことあるのぉ?」
いつの間にかあだ名がつけられていた。
リアムは顔色一つ変えずに対応している。
「元神官ですから。奇跡は何度も」
「すごぉーい!ねね、リーさんは独身?」
「そうですね」
「私なんてどお?」
「結婚は今のところ興味ないですね」
「え~?私と付き合ったら結婚したくなるよ~?」
「そうなんですか。じゃぁ付き合えないですねぇ」
「やだぁー!リーさんたらいじわる~!」
女達は結婚相手を捜しに来ているのだろうか。
男への絡み方に遠慮がない。
サラは話を聞きながら黙々と食事をし、紅茶を飲んで一人寛いでいた。
いつもより口数も少なく無表情に食事を終えた兄とリアムは、さっさと立ち上がって片づけを始めた。
うんざりしている様子が丸わかりで、サラは笑いを堪えるのに必死になった。
「え~、もう出発するの~?もっとゆっくりでも良くない?」
「そうだよ~もっとお話しよ~?」
「…休憩して頂いて構いませんよ。我々は先に進みますね」
兄の言葉に遠慮や容赦がなくなってきていた。
「えっやだ~ぁクリスさんこわーい」
「もっと優しく言ってくれなきゃ泣いちゃうんだから~!」
いい年して子供のようなことを言う。
兄とリアムは無反応で、出発の準備をしていた。
サラが間に入るつもりはなかった。
女の嫉妬程、面倒くさいものはないのだ。
サラも出発の準備を整えていると、渋々立ち上がった女達がサラの元へとやって来た。
「ねぇ妹ちゃん」
女達はサラのことを名前で呼ばない。
「なんでしょうか?」
「妹ちゃんはなんで冒険者やろうと思ったの~?」
「お兄ちゃんと一緒にいたかったの?」
移動を開始しても絡んでくるので、仕方なく相手をする。
「いえ、両親が冒険者で、憧れて」
「そうなんだ~?あれ?でもクリスさん貴族でしょ?」
「妹ちゃん、養女なの?」
「違いますけど」
「え~?」
兄は貴族だと思うのに、妹は貴族だとは思わないあたり、都合のいい解釈をする頭の持ち主だとサラは思う。
「女の冒険者、しかも後衛は楽勝よ?」
突然女がサラの肩を組んできて、サラは驚く。
「…楽勝、とは?」
「後衛自体が少ないでしょ?しかも女。男達に貢がせ放題よ」
「妹ちゃんも玉の輿、狙ってるんでしょ?」
「…いえ、そういうつもりは」
「またまたぁ。いいのよ~ごまかさなくて!私達なんて幼なじみで冒険者を始めてから、ずっと男に困ったことないの」
「そうなんですか」
「マジックバッグも杖も、アクセサリーも、ぜ~んぶもらいものなの。あっテントもよ?」
「すごいですね~」
適当に返答するが、女達は気づきもしない。
「でしょお?妹ちゃんももっと胸出して、足出せば男なんて入れ食いよ?」
「全く色気ないものね。しっかりお化粧もしないと」
「…大人の女性って、大変ですね」
「あら、お洒落は女の武器よ。後で教えてあげよっか?」
「いえ、今は攻略に集中したいので」
「やだぁ、真面目ちゃんなんだから!お兄ちゃんとリーさんにお任せして、女の子はか弱くしておくのが正解じゃないの」
「…そうなんですか?」
「そうよぉ。戦闘なんて男がするもんじゃない」
「でも六十階のボスに挑むんですよね?」
「男が戦って、女が回復する。当然でしょ?」
「そうなんですね~」
「男は癒し系の女に弱いのよ。妹ちゃんも覚えておきなさいね」
癒し系の意味が違う気がしたが、サラはツッこまなかった。
「サラ」
兄に呼ばれて、サラは女達の包囲から抜け出した。
また走り出し、敵を容赦なく倒していく兄とリアムの補助をする。
女達は相変わらずおしゃべりしながら、適当に回復をしていた。
一日目を終了した時点で五十七階。
兄とリアムの本気を見た気がした。
五十八階へと続く広場で、野営の準備をする。
女達がテントを出した場所からずいぶんと離れた位置に兄とリアムはテントを出し、サラはここ、と指定をされて兄とリアムの間にサラもまたテントを設置した。
食事の用意をしてくる、とサラはテントに入り、出てきた時にはテーブルとイスに腰掛ける兄達と、責める女達の図があって、ため息をつきそうになった。
「ひどぉい、仲良くテーブル囲みましょうよ~」
「何でこんなにテント離れてるのぉ?もっと私達のそばでいいじゃない」
「もう設置してしまったので、そのままでいいですよ。マジックテントなら襲われる心配もないですし」
そっけなく兄は言い、リアムも頷いていた。
「やだぁ、クリスさんになら襲われてもいいのに~!」
「きゃっリーさんも大歓迎~!」
「……」
うんざりした様子の二人を見かねて、サラは食事をテーブルに並べていった。
「えっすごい!おいしそぉ~!ねぇねぇ妹ちゃん!私達の分はないのお?」
「ごちそうじゃん!一緒に食べた方が楽しいよお!」
「三人分しか用意してなくて」
ストックはあるが、女達に恵んでやる理由はなかった。
兄がリアムとの間のイスを引いて、サラを呼ぶ。
サラは呼ばれるまま腰掛けて、食事を開始した。
「明日は朝八時に出発します。早めに開始して、早めに解散しましょう」
「そうですね」
兄が言い、リアムが賛成した。
共に食事を囲むつもりが微塵もない様子に、女達は頬を膨らませながら自分達のテントへと戻っていく。
兄は大きくため息をついた。
「あれは…自分達が魅力的だと思っているのか?」
サラに問い、サラは頷く。
「すごくモテるって言ってたよ。マジックバッグもアクセサリーも、テントも貢いでもらったんだって」
「はー…」
「貢ぐ男の気持ちが私には理解できませんねぇ…」
「何か言われてただろう?」
「ああ、うん。もっと胸と足を出して、しっかり化粧もすれば男なんて入れ食いよ、だって」
ぶほ、と兄は口に含んでいた肉を噴き出しかけ、リアムは喉に詰まったのか必死に胸を叩いていた。
「…大丈夫?」
サラが問えば、二人は疲れた様子で頷いた。
「…人の好みは千差万別だが、露出することで寄ってくる奴がまともとは思えない」
「全く同感ですねぇ…」
「玉の輿に乗りたいそうだよ」
「どのラインを玉の輿というのか知らんが、少なくとも上位貴族の正妻としてはふさわしくない」
「高ランク冒険者の妻としても微妙ですねぇ。高ランクになればなるほど、要求される制限が増えますから」
「そこそこのランクの金持ち子息を誑かして、ふんだくるのが関の山ってことかな?」
兄とリアムが同時に咳払いをした。
「う…うん、そうだな、そうだけどサラ…」
「サラさんにそう言われるとなんというか、居たたまれない心地がしますねぇ」
「そうですか?」
「…他の奴の前では言うなよ。おまえのイメージが壊れるからな」
「…そうなの?イメージってなんだろう…」
「あいつらに変な影響受けるなよ?」
「それは大丈夫だよ。心配しないで」
「そうか…」
食後のコーヒーを用意し、ゆっくりと会話を楽しむ。
やはり気心の知れたメンバーとの会話は、安らいだ。
あの後衛はボス討伐にはふさわしくない。明日でお別れである。
口に出すまでもなく三人共通の認識であった。
そろそろお開きかな、という頃になって、女達がテントから出てきた。
それを見て、兄とリアムは素早く立ち上がり、サラに就寝の挨拶をして自分のテントへと消えていった。
サラは止めることなく見送って、コーヒーカップを片づけ始める。
女達が近づいてきて、二人が消えていったテントを見ていた。
「ねぇ、お兄さん達、もうテントに入っちゃったの?」
「…そうみたいです」
「えー!一緒にお酒飲みたかったのにぃ」
「呼んできてよ~」
「彼らはテントでゆっくりしたいみたいなので、難しいです」
「そんなあ」
ワインボトルとグラスを持って近づいてきた彼女達の姿は、貴族女性が着る物ではなかった。
平民の女性がバカンスを楽しむ時に、水辺で着る水着のような格好で、いわゆるビキニと呼ばれる物であった。
その上に透けたコートを羽織り、膝上までの黒ブーツを履いていた。
彼らが逃げた理由は明白である。
彼女達が近づいて来た理由もまた、明白であるからだった。
サラは兄が出したテーブルとイスも一旦回収し、テントのみにしてから「おやすみなさい」と立ち尽くす彼女達に声をかける。
「えー!つまんなぁーい!」
「せっかくいい男が二人もいるのよ?私達を放置なんて、ありえなくなーい?」
彼らの好みではないということなのだが、彼女達は理解していないようだった。
「ね~!呼んできてよ!妹ならテント入れてもらえるでしょお?」
「さすがに就寝の挨拶をした兄達を呼ぶのは気が引けます。私ももうテントで休みますので」
「つまんなぁーい!妹ちゃんも飲もうよぉ!」
「お酒は飲めませんので」
「も~!お風呂上がりに勝負服着て来たのにぃー!」
仮にも貴族令嬢だという話だったが、これが勝負服だとするならすでに貴族であることを捨てているのだな、とサラは思う。
水辺で水着は理解できるが、ここで水着は正直どうかしているとしか思えない。
男を誘惑する為の服。
彼女達の生き方は、サラには真似できそうになかった。
彼女達は相も変わらず騒いでおり、対処をどうしようかとサラが悩み始めた頃、五十七階からやってくる冒険者の気配があった。
そちらを見れば、「やっと着いた」と喜びながら歩いて来る男達がいた。
男ばかり五名のパーティー。
彼女達の目の色が変わった。
サラは深入りすることを避け、「おやすみなさい」と言い残してテントへ入った。
引き留められはしなかった。
翌朝、七時に朝食の為にテントを出ると、ちょうど兄とリアムも出てきたところだった。
「サラ、すまん」
「サラさん、すいませんでした」
二人同時に謝られ、サラは苦笑した。
「あれはさすがに…私が男でも逃げたと思うので、気にしないで」
「おまえを一人残してしまった。絡まれなかったか?」
「もし何かあれば声をかけてくれるだろうと思っていたのですが…」
兄のテーブルとイスを出し、朝食を並べながらサラは言い淀む。
「うん…その~…」
「何かあったのか?」
「ああ、うん…うーん…なんて言えばいいのか…」
「?」
二人が怪訝な表情をするので、サラは昨日二人がいた時にはなかったテントを指さした。
五十七階側に置かれたテントは五つ。
二人は瞬きし、無言のままサラを見た。
「朝食、食べよ」
サラは声をかけ、返事を待たずに食べ始める。
二人も食事を始めたが、まずい物を飲み込んだような顔をしていた。
「もしかしてあそこに来た冒険者、男か?」
「うん」
「そうか…いや、サラ、悪かった」
「いいよ。正直向こうに行ってくれて助かったから」
「……」
なんとも気まずい朝食を終えた頃、男達のテントから人が出てきた。
その中に女二人が含まれていて、サラはやはりと思ったし、兄とリアムは仮面を張り付けたように無表情になっていた。
「ねむーい。身体だる~い」
甲高い女の声が耳障りに響き、男達の下卑た笑い声がさらに不快を煽る。
こちらに向かって歩いてきた女達は、食事を終えたサラ達に気づいた。
「あっねぇねぇ、私達あっちのパーティーと一緒に行動することにしたのお」
「昨日までの戦利品、分配してくれない~?」
兄とリアムは視線を見交わし、即座に頷いた。
「わかりました」
「じゃ、私達着替えてくるからぁ、それまでにお願いしまぁす」
女達が自分のテントへ向かう為に背中を向けた瞬間、兄とリアムは立ち上がってテントやテーブルを片づけ始めた。
サラも気持ちは理解できたので何も言わずに従った。
彼女達が出て来る頃には分配を終え、取り分を受け取って「じゃあねぇ」と手を振りあっさりと彼女達は去っていく。
お荷物を引き受けてくれた彼らに、感謝した。
三人は時間通りに出発した。
後ろを見れば男達とわきあいあいと朝食を作っている彼女達の姿があり、忘れよう、とサラ達は思う。
「…こんなに清々した気分は初めてかもしれない…」
兄が呟き、リアムは苦笑した。
「高ランク冒険者なら誰でもいいんでしょうねぇ」
「二度と組むことはないな。心のブラックリストに入れておこう…」
「私もそうします」
兄やリアムさんとは相容れない人達だった。それだけのことだった。
何事もなく午前中のうちに六十階まで到達し、明後日また別のパーティーと組んで攻略になる、と話す兄の表情は暗かった。
「お兄様、疲れてる?」
「…まともな奴に来てほしい…」
「そ、そうだね…」
「気をしっかり持って下さい。きっといい人達に巡り会えますよ」
「そうですね…」
「信じましょう」
外に出た所でリアムと別れ、兄妹はカントリーハウスへと戻る。
時刻は昼であり、まだ時間があったので王都まで出向いて戦利品の売却をする。
兄と共に行動する時間が増え、会話も増えたが、兄の周辺には恋愛のれの字もなかった。
時間に余裕があったので、サラは尋ねてみることにする。
「お兄様、彼女が欲しいとは思わないの?」
「は?なんだいきなり」
「あの人達がとても印象的で」
「…ああ…。うーん、思わなくもないが、俺が好きになる女性がいない」
「…いない、というより、見る余裕がない、の間違いでは?」
「そうかもしれない。今はサラをAランクにすることが最優先だし、それが終わったら殿下達とダンジョン攻略を進めることが最優先になるし、学園が始まったらまた勉学と生徒会があるし」
「学園に、普通にお話できる令嬢はいない?」
「だいたい殿下が一緒だからな。皆殿下に話しかけるだろう?俺と話す令嬢なんてそうそういないよ」
「そうなんだ?」
「うん。殿下が早く相手を決めてくれたら、俺も余裕ができるかも」
「殿下次第か~」
「そうだなぁ…」
そう言って、兄はちらりとサラを見下ろした。
「何?」
「そういうおまえも気になる男はいないのか?」
「私?うーん…」
「クラスメートとか」
「皆友人だと思ってるよ。特別に思うような人は、今の所いないかなぁ」
「そうか…」
「お兄様に気になる人ができたら教えてね。私協力するから」
「はいはい。サラにも気になる人ができたら教えてくれよ。協力するからな」
「うん」
兄妹はもう一日を戦利品の売却をしてゆっくり過ごし、さらに次の日、リアムと合流した。
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