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休暇中、兄妹は最後の追い上げに勤しんでいた。
王太子に手伝ってもらっての試験は、八月十五日に決まった。きっかり中旬であることに兄は苦笑しながらメンバーの選抜も急がなければ、と呟いた。
領地の視察をして時間ができたのが八月七日。応募してきたメンバーに連絡を取り、一泊の予定で五十一階から六十階までを走る。
リアムは毎回参加してくれていた。
一組目のパーティーは前衛二の構成であった。
実力を見る為に、兄は中衛から後衛寄りの動きで前衛二の戦い方を見ていた。
兄と比べてはいけないとは思いつつ、サラの目から見て前衛二人は力任せに進行し、敵によって戦い方を変えることはしないタイプだった。
補助は全て後衛がしなければならず、前衛は叩くだけ。
敵を見れば後先考えずに突っ込んで、ダメージを食らったら回復をもらうのが当たり前。
それでよくここまで来られたな、と思う程、自分本位の戦い方をする二人だった。
戦力はそれほど高くない。
受けるダメージ量は大きく、補助と回復は厚めにしなければすぐピンチになる。
兄が手を抜いて観察に回っていることを考慮しても、ボスに挑むのに壁役を任せるのは不安が勝る。
一日目、五十四階と五十五階の間の広間で野営となった時、兄はさりげない様子でたき火を囲む二人に近づき、エールを振る舞いながら話しかけていた。
「元々二人パーティーなのですか?お二人は息が合ってますよね」
褒めれば、酒も回って気分が良くなったのか、男二人は饒舌に話し出す。
「いや、元々は五人パーティーだったんだ。後衛が男女女の三人でね。学生時代からの付き合いだったんだが、後衛の二人が結婚してさ。すぐに妊娠しちまって。男の方が子爵家の次男で、結構裕福だったらしい。実家が子供の面倒見てくれるっていうから、冒険者はできてたんだが」
「残った後衛の女が別パーティーの冒険者と結婚しちまってなぁ」
「子供ができるのはめでたいことなんだが、後衛の女二人が妊娠と出産で離脱する期間が長くなって、男三人で活動してたんだが限界が来てな。臨時で後衛を二人パーティーに入れて、また五人で活動を始めたんだが、ずっと一緒にやってた連中とは勝手が違うから、慣れるまで大変だったなぁ」
「ああ、そうですよねぇ」
兄が相槌を打ち、男の一人がジョッキのエールを飲み干す。
「元々のメンバーだった女は出産を終えたら復帰してくる。最大七人パーティーで行動することもあった。まぁ俺達は後衛過多でも気にしなかったんだが、女共がギスギスし始めてよぉ」
「新しく入れたのが後衛の若い女二人パーティーだったんだよな」
「別パーティーの冒険者と結婚した女が抜けると言って抜けていった。もう一人の女は旦那と一緒だし残ってたんだが、三人目を妊娠して離脱してた時に旦那の方が若い女とデキちまった」
「修羅場ですね…」
「そうなんだよ。おまけに最悪なのが、旦那はその若い女と駆け落ちしやがったんだ」
「うわぁ」
「そうなると残った若い女一人じゃ、居心地悪いよな。その女も抜けていって、浮気と駆け落ちを知った女も冒険者どころじゃない、つって抜けて行っちまった」
「俺らは普通に平民の女と結婚して平凡に生きてるってのになぁ」
「大変な事情があったんですねぇ」
たき火を囲んでの兄と男達の会話を、サラとリアムはイスに座って食後の紅茶を飲みながら聞いていた。
「それからは後衛と組むことがあっても、その場限りで終わってしまうんだよな。固定パーティーを組もうって持ちかけても、上手くいかなくてさ」
「いい加減Aランクに上がりたいんだが、もう五年もここで足踏みさ」
「そうなんですか」
「試験受ける時にはぜひ、俺らとよろしく頼むよ」
「…他にも何パーティーか打診がありますので即答はできかねますが、機会があればぜひよろしくお願いしますね」
愛想良く返して、兄はこちらへと戻ってきた。
「お兄様、お疲れ様」
紅茶を出して労う。
兄は礼を言ってティーカップを手に取った。
「それにしても、よくエールなんて持ってましたね、リアムさん。お好きなんですか?」
彼らに酒を振る舞うよう勧めたのはリアムだった。
リアムは首を傾げ、迷うように頷いた。
「エールはあまり。ワインは人並みに嗜みますが。…色々な冒険者パーティーに入るようになって、話を聞きたい時やこちらの詮索をされたくない時に酒を振る舞うと、便利だな、っていうことに気づいたのですよ」
にこやかに微笑む男には、苦労が見えた。
「詮索されるんですか?」
「BランクやCランクに入ることが多いのですが、やはりこの装備は目立つようで。かといってわざわざ低ランク用の装備など今更着たくありませんし…悩ましい所です」
「なるほど。確かにリアムさんの装備は、見るからに高ランクですよね」
「うんうん。Sランクでも通用しそうです」
「そうでしょうか…お二人とそれほど変わりはないと思うのですが。でも後衛で装備に金をかけている冒険者は、それほど多くない印象ですね。固定パーティーなら前衛に金と装備を回しているのかもしれませんが…平等でないのなら微妙な気持ちになるな…と、思うこともよくあります。それぞれ事情はあるのでしょうけれどね」
苦笑混じりのリアムの気持ちは、サラにも良く理解できた。
「私も一人でパーティーに参加することはよくあったので、わかります。ボスの戦利品は前衛優先、と言って、分配ルールを勝手に変更されることもありました。帯剣していると、後衛が持っていても使わないんだから貸せ、と言われたり。付呪具を身につけていると、前衛の方が有効に活用できるんだから貸してあげて、と言われたり。…後衛が装備に気を使うのはおかしいのだろうか、と思うことはたびたびありました。…でもどう考えても、自分の身を守る為の装備なのだから、気を使い、金をかけて当然だと思い直しましたが」
「…サラさん、苦労をされてきたのですねぇ…」
「サラ、そんな話は聞いてないぞ…?」
リアムが痛みを堪えるような顔をし、兄は真っ青になっていた。
「過去の話だよ。今はお兄様やリアムさんがいるし、分配ルールは正確だし、何も不満ないよ?」
「…うん、…そうだな、うん…」
額に手を当て考え込む兄と、ため息をつくリアムが対照的であった。
「何か困ったことがあれば、言って下さいね」
「ありがとうございます、リアムさん」
やがて大きなため息をついて、兄は顔を上げた。
「…とにかく、彼らの戦い方の理由はわかったな。明日一日、頑張ろう」
「はい」
「そうですね」
未だたき火を囲んでいる二人に就寝の挨拶をして、三人はテントの中に入って休むことにしたのだった。
翌日、六十階まで無事に到達し、戦利品の分配をしてから解散した。
当日兄と王太子殿下が本気で戦ってくれれば、道中はもっと早く進めるだろうけれども、彼らと組んでボスに挑みたいかと問われれば、微妙な結果となったのだった。
そして戦利品処理に一日休日を取って次の日、後衛二のパーティーと組むことになった。
二十代半ばと思われる女二人組であり、隙なく整えられた髪型、時間をかけたであろうばっちりと決まったメイクの、美しいと言えなくもない二人であった。
一人は豊かに波打つ赤髪を、サイドで大輪の薔薇をあしらった髪留めでまとめ、真っ赤な口紅を引いている。見せつけるように胸の谷間が大胆に開いた真紅のドレスは膝丈ではあったが、正面に大きくスリットが入っている為太股が露わであった。膝上の黒のブーツはヒールが高く、歩くたびにカツカツと音がした。
コートは膝下まであるが、透けた生地を使用しており、太い黒のベルトでドレスとともに胸下で止めていた。
付呪具ではないチョーカーは黒革と真紅の薔薇をあしらっており、黄金の細いチェーンが胸の谷間まで伸びていた。
自分に絶対の自信があるのだろうな、と思う格好である。
もう一人は青髪であったが、傷んでいる。元は黒髪であったのだろう根本が覗いており、染めていることが窺えた。こちらもまた真っ赤な口紅をしており、白いドレスはもう一人の女とデザインは同じで色違いのものと思われた。
こちらのコートは黒であったが同じように透けており、ベルトとブーツは真紅であった。
チョーカーは白革に真紅の薔薇、黄金のチェーンは同じであった。
双子なのかな、と一瞬思うが、顔は似ていない。
仲の良い友人同士なのだろうと思うが、冒険者として見ると異様に目立つ格好であった。
二人はお揃いの指輪をしており、それらは付呪具であると思われた。
所持品はなく、サラ達と同じように手ぶらである。
つまり、マジックバッグを持っているのだろう。
「どうぞよろしくぅ~。キャァ~!二人もいい男がいるぅー!」
「やだーこっちのカレシ、まだ若いよぉ?かーわいぃ~」
「…どうぞよろしく」
兄が明らかに無表情だった。
リアムもまた、無表情だった。
「よろしくお願いします」
サラが言えば、女二人はちらりと見た後、視線を逸らした。
あからさまな様子にサラは苦笑が漏れそうになるのを堪えた。
兄とリアムは女達の態度を見て、なおさら表情を失っていた。
「ねぇ、早く行きましょお?」
「五十一階からよねぇ。きゃぁ~久しぶりぃ。楽しみ~」
兄の手に腕を絡めようと女が近づくが、兄はすっと距離を取った。
「…すいませんが急用を思い出しましたので、解散します。お疲れ様でした」
兄がサラの背に手を回し、広場を後にしようと歩き出す。
リアムも無言でそれに従った。
「ちょ、ちょっと何ぃ?急用って何よぉ!」
「えーっ解散なんてひどいぃ!何?何があるのぉ?」
兄の言葉の裏にある意味を理解しなかった女達が、ついて来る。
サラとリアムは反応しなかったが、兄はパーティーリーダーとして振り返った。
「募集内容をご覧になって応募して下さったと思ったのですが」
「え、もちろん!六十階のボスに挑戦するんでしょお?」
「今日は私達との相性を見たくて呼んだんでしょ?キャッやだぁ相性だなんて意味深っ」
兄とリアムの目が死んでいくのがわかる。
サラははらはらしながら見守った。
「試験を受ける対象者はサラです。サラと仲良くやれないパーティーでは意味がありませんので。解散します」
兄が言えば、女達は揃ってサラを見、兄を見た。
「この子、カノジョなのぉ?」
「なんなの?男侍らせて感じわる~」
「妹ですが?」
「えっ妹?やだ~ぁ!早く言ってよぉ!妹ちゃんなら仲良くできるわ!任せて!」
「よろしくね!妹ちゃん!」
「……」
変わり身の早さに、サラ達は呆れた。
「ねっ問題ないでしょ?行きましょうよぉ。私達優秀よ!」
「……」
兄とリアムは顔を見合わせた。
確実に、後で後悔するだろう、という共通の想いがそこにはあった。
サラを見下ろし、サラに判断を委ねる。
サラは兄とリアムを見て、にこりと微笑んだ。
そして女達に向き直る。
「泊まりになりますし、食事も各自で用意することになりますし、せっかくの綺麗なお洋服が汚れてしまうかもしれません。明日で六十階まで到達予定なので走ることもあると思いますが…構いませんか?」
首を傾げて、年上の女に嫌われない無邪気さと気遣いを混ぜて問う。
年下の女に気遣われて気を良くした女達は鷹揚に頷く。
「大丈夫よぉ妹ちゃん。私達マジックバッグ持ってるの。ちゃんとテントも着替えも、食事もあるから心配しないで」
「走るのも平気よ。このブーツ、お気に入りで走ったりしても大丈夫なの」
「安心しました。綺麗を保つ秘訣があるんですね」
サラのさりげない媚に、女達はますます機嫌が良くなる。
「やだ妹ちゃん、かわいい~。いくらでも聞いて~!教えてあげるわ!」
「ありがとうございます」
サラは兄とリアムを見上げて、笑う。
「では行きましょう、お兄様、リアムさん」
「……あぁ…」
「……」
サラに任せたことを後悔する二人だったが、後の祭りであった。
後衛女二人はとにかく働くよりもおしゃべりが優先の、見た目通りの人物だった。
五十一階から進み始めると、女二人は回復しかしないと言い始める。
「だって私達、回復が得意なのぉ」
「今までパーティー組んだ人達皆、回復してくれたらいいって」
「…そうですか」
それは役に立たないから、回復だけしてろ、という消極的な諦めの結果であろうと思ったが口には出さない。
女二人に回復を任せたものの、おしゃべりを始めて早々に回復が疎かになり始めた。
サラとリアムで回復も回しつつ、女二人はいないものとして先へと進む。
先に釘を刺しておいた為、走っても文句も言わずについて来る。
仕事は適当だった。
普段から三人で回っているので、六十階までは問題ない。
むしろ、兄もリアムも早く終わらせたいのか本気で敵を倒しにかかっていた。
リアムと並んで走っている時、後ろの女に聞こえないようサラに話しかけてきた。
「…どうしてあの二人をパーティーに入れたのですか?」
「一つは兄が募集主だということです。条件を満たして応募しているのに、ダンジョンを攻略する前に解散するのは悪評に繋がります」
「なるほど、確かに…。他にもあるのですか?」
「もう一つは、兄はああいうタイプの冒険者と組んだ経験ってないんじゃないかと思って。ずっと固定ですし、あまり他パーティーの参加経験もなさそうですし」
「…ははぁ…サラさんの方がその点は経験豊富そうですね」
「まぁ、そうですね。兄にとっていい経験になればいいかなって」
「わかりました。そういうことでしたら」
「何かあれば、兄を助けて下さいね」
「もちろんですよ」
王太子に手伝ってもらっての試験は、八月十五日に決まった。きっかり中旬であることに兄は苦笑しながらメンバーの選抜も急がなければ、と呟いた。
領地の視察をして時間ができたのが八月七日。応募してきたメンバーに連絡を取り、一泊の予定で五十一階から六十階までを走る。
リアムは毎回参加してくれていた。
一組目のパーティーは前衛二の構成であった。
実力を見る為に、兄は中衛から後衛寄りの動きで前衛二の戦い方を見ていた。
兄と比べてはいけないとは思いつつ、サラの目から見て前衛二人は力任せに進行し、敵によって戦い方を変えることはしないタイプだった。
補助は全て後衛がしなければならず、前衛は叩くだけ。
敵を見れば後先考えずに突っ込んで、ダメージを食らったら回復をもらうのが当たり前。
それでよくここまで来られたな、と思う程、自分本位の戦い方をする二人だった。
戦力はそれほど高くない。
受けるダメージ量は大きく、補助と回復は厚めにしなければすぐピンチになる。
兄が手を抜いて観察に回っていることを考慮しても、ボスに挑むのに壁役を任せるのは不安が勝る。
一日目、五十四階と五十五階の間の広間で野営となった時、兄はさりげない様子でたき火を囲む二人に近づき、エールを振る舞いながら話しかけていた。
「元々二人パーティーなのですか?お二人は息が合ってますよね」
褒めれば、酒も回って気分が良くなったのか、男二人は饒舌に話し出す。
「いや、元々は五人パーティーだったんだ。後衛が男女女の三人でね。学生時代からの付き合いだったんだが、後衛の二人が結婚してさ。すぐに妊娠しちまって。男の方が子爵家の次男で、結構裕福だったらしい。実家が子供の面倒見てくれるっていうから、冒険者はできてたんだが」
「残った後衛の女が別パーティーの冒険者と結婚しちまってなぁ」
「子供ができるのはめでたいことなんだが、後衛の女二人が妊娠と出産で離脱する期間が長くなって、男三人で活動してたんだが限界が来てな。臨時で後衛を二人パーティーに入れて、また五人で活動を始めたんだが、ずっと一緒にやってた連中とは勝手が違うから、慣れるまで大変だったなぁ」
「ああ、そうですよねぇ」
兄が相槌を打ち、男の一人がジョッキのエールを飲み干す。
「元々のメンバーだった女は出産を終えたら復帰してくる。最大七人パーティーで行動することもあった。まぁ俺達は後衛過多でも気にしなかったんだが、女共がギスギスし始めてよぉ」
「新しく入れたのが後衛の若い女二人パーティーだったんだよな」
「別パーティーの冒険者と結婚した女が抜けると言って抜けていった。もう一人の女は旦那と一緒だし残ってたんだが、三人目を妊娠して離脱してた時に旦那の方が若い女とデキちまった」
「修羅場ですね…」
「そうなんだよ。おまけに最悪なのが、旦那はその若い女と駆け落ちしやがったんだ」
「うわぁ」
「そうなると残った若い女一人じゃ、居心地悪いよな。その女も抜けていって、浮気と駆け落ちを知った女も冒険者どころじゃない、つって抜けて行っちまった」
「俺らは普通に平民の女と結婚して平凡に生きてるってのになぁ」
「大変な事情があったんですねぇ」
たき火を囲んでの兄と男達の会話を、サラとリアムはイスに座って食後の紅茶を飲みながら聞いていた。
「それからは後衛と組むことがあっても、その場限りで終わってしまうんだよな。固定パーティーを組もうって持ちかけても、上手くいかなくてさ」
「いい加減Aランクに上がりたいんだが、もう五年もここで足踏みさ」
「そうなんですか」
「試験受ける時にはぜひ、俺らとよろしく頼むよ」
「…他にも何パーティーか打診がありますので即答はできかねますが、機会があればぜひよろしくお願いしますね」
愛想良く返して、兄はこちらへと戻ってきた。
「お兄様、お疲れ様」
紅茶を出して労う。
兄は礼を言ってティーカップを手に取った。
「それにしても、よくエールなんて持ってましたね、リアムさん。お好きなんですか?」
彼らに酒を振る舞うよう勧めたのはリアムだった。
リアムは首を傾げ、迷うように頷いた。
「エールはあまり。ワインは人並みに嗜みますが。…色々な冒険者パーティーに入るようになって、話を聞きたい時やこちらの詮索をされたくない時に酒を振る舞うと、便利だな、っていうことに気づいたのですよ」
にこやかに微笑む男には、苦労が見えた。
「詮索されるんですか?」
「BランクやCランクに入ることが多いのですが、やはりこの装備は目立つようで。かといってわざわざ低ランク用の装備など今更着たくありませんし…悩ましい所です」
「なるほど。確かにリアムさんの装備は、見るからに高ランクですよね」
「うんうん。Sランクでも通用しそうです」
「そうでしょうか…お二人とそれほど変わりはないと思うのですが。でも後衛で装備に金をかけている冒険者は、それほど多くない印象ですね。固定パーティーなら前衛に金と装備を回しているのかもしれませんが…平等でないのなら微妙な気持ちになるな…と、思うこともよくあります。それぞれ事情はあるのでしょうけれどね」
苦笑混じりのリアムの気持ちは、サラにも良く理解できた。
「私も一人でパーティーに参加することはよくあったので、わかります。ボスの戦利品は前衛優先、と言って、分配ルールを勝手に変更されることもありました。帯剣していると、後衛が持っていても使わないんだから貸せ、と言われたり。付呪具を身につけていると、前衛の方が有効に活用できるんだから貸してあげて、と言われたり。…後衛が装備に気を使うのはおかしいのだろうか、と思うことはたびたびありました。…でもどう考えても、自分の身を守る為の装備なのだから、気を使い、金をかけて当然だと思い直しましたが」
「…サラさん、苦労をされてきたのですねぇ…」
「サラ、そんな話は聞いてないぞ…?」
リアムが痛みを堪えるような顔をし、兄は真っ青になっていた。
「過去の話だよ。今はお兄様やリアムさんがいるし、分配ルールは正確だし、何も不満ないよ?」
「…うん、…そうだな、うん…」
額に手を当て考え込む兄と、ため息をつくリアムが対照的であった。
「何か困ったことがあれば、言って下さいね」
「ありがとうございます、リアムさん」
やがて大きなため息をついて、兄は顔を上げた。
「…とにかく、彼らの戦い方の理由はわかったな。明日一日、頑張ろう」
「はい」
「そうですね」
未だたき火を囲んでいる二人に就寝の挨拶をして、三人はテントの中に入って休むことにしたのだった。
翌日、六十階まで無事に到達し、戦利品の分配をしてから解散した。
当日兄と王太子殿下が本気で戦ってくれれば、道中はもっと早く進めるだろうけれども、彼らと組んでボスに挑みたいかと問われれば、微妙な結果となったのだった。
そして戦利品処理に一日休日を取って次の日、後衛二のパーティーと組むことになった。
二十代半ばと思われる女二人組であり、隙なく整えられた髪型、時間をかけたであろうばっちりと決まったメイクの、美しいと言えなくもない二人であった。
一人は豊かに波打つ赤髪を、サイドで大輪の薔薇をあしらった髪留めでまとめ、真っ赤な口紅を引いている。見せつけるように胸の谷間が大胆に開いた真紅のドレスは膝丈ではあったが、正面に大きくスリットが入っている為太股が露わであった。膝上の黒のブーツはヒールが高く、歩くたびにカツカツと音がした。
コートは膝下まであるが、透けた生地を使用しており、太い黒のベルトでドレスとともに胸下で止めていた。
付呪具ではないチョーカーは黒革と真紅の薔薇をあしらっており、黄金の細いチェーンが胸の谷間まで伸びていた。
自分に絶対の自信があるのだろうな、と思う格好である。
もう一人は青髪であったが、傷んでいる。元は黒髪であったのだろう根本が覗いており、染めていることが窺えた。こちらもまた真っ赤な口紅をしており、白いドレスはもう一人の女とデザインは同じで色違いのものと思われた。
こちらのコートは黒であったが同じように透けており、ベルトとブーツは真紅であった。
チョーカーは白革に真紅の薔薇、黄金のチェーンは同じであった。
双子なのかな、と一瞬思うが、顔は似ていない。
仲の良い友人同士なのだろうと思うが、冒険者として見ると異様に目立つ格好であった。
二人はお揃いの指輪をしており、それらは付呪具であると思われた。
所持品はなく、サラ達と同じように手ぶらである。
つまり、マジックバッグを持っているのだろう。
「どうぞよろしくぅ~。キャァ~!二人もいい男がいるぅー!」
「やだーこっちのカレシ、まだ若いよぉ?かーわいぃ~」
「…どうぞよろしく」
兄が明らかに無表情だった。
リアムもまた、無表情だった。
「よろしくお願いします」
サラが言えば、女二人はちらりと見た後、視線を逸らした。
あからさまな様子にサラは苦笑が漏れそうになるのを堪えた。
兄とリアムは女達の態度を見て、なおさら表情を失っていた。
「ねぇ、早く行きましょお?」
「五十一階からよねぇ。きゃぁ~久しぶりぃ。楽しみ~」
兄の手に腕を絡めようと女が近づくが、兄はすっと距離を取った。
「…すいませんが急用を思い出しましたので、解散します。お疲れ様でした」
兄がサラの背に手を回し、広場を後にしようと歩き出す。
リアムも無言でそれに従った。
「ちょ、ちょっと何ぃ?急用って何よぉ!」
「えーっ解散なんてひどいぃ!何?何があるのぉ?」
兄の言葉の裏にある意味を理解しなかった女達が、ついて来る。
サラとリアムは反応しなかったが、兄はパーティーリーダーとして振り返った。
「募集内容をご覧になって応募して下さったと思ったのですが」
「え、もちろん!六十階のボスに挑戦するんでしょお?」
「今日は私達との相性を見たくて呼んだんでしょ?キャッやだぁ相性だなんて意味深っ」
兄とリアムの目が死んでいくのがわかる。
サラははらはらしながら見守った。
「試験を受ける対象者はサラです。サラと仲良くやれないパーティーでは意味がありませんので。解散します」
兄が言えば、女達は揃ってサラを見、兄を見た。
「この子、カノジョなのぉ?」
「なんなの?男侍らせて感じわる~」
「妹ですが?」
「えっ妹?やだ~ぁ!早く言ってよぉ!妹ちゃんなら仲良くできるわ!任せて!」
「よろしくね!妹ちゃん!」
「……」
変わり身の早さに、サラ達は呆れた。
「ねっ問題ないでしょ?行きましょうよぉ。私達優秀よ!」
「……」
兄とリアムは顔を見合わせた。
確実に、後で後悔するだろう、という共通の想いがそこにはあった。
サラを見下ろし、サラに判断を委ねる。
サラは兄とリアムを見て、にこりと微笑んだ。
そして女達に向き直る。
「泊まりになりますし、食事も各自で用意することになりますし、せっかくの綺麗なお洋服が汚れてしまうかもしれません。明日で六十階まで到達予定なので走ることもあると思いますが…構いませんか?」
首を傾げて、年上の女に嫌われない無邪気さと気遣いを混ぜて問う。
年下の女に気遣われて気を良くした女達は鷹揚に頷く。
「大丈夫よぉ妹ちゃん。私達マジックバッグ持ってるの。ちゃんとテントも着替えも、食事もあるから心配しないで」
「走るのも平気よ。このブーツ、お気に入りで走ったりしても大丈夫なの」
「安心しました。綺麗を保つ秘訣があるんですね」
サラのさりげない媚に、女達はますます機嫌が良くなる。
「やだ妹ちゃん、かわいい~。いくらでも聞いて~!教えてあげるわ!」
「ありがとうございます」
サラは兄とリアムを見上げて、笑う。
「では行きましょう、お兄様、リアムさん」
「……あぁ…」
「……」
サラに任せたことを後悔する二人だったが、後の祭りであった。
後衛女二人はとにかく働くよりもおしゃべりが優先の、見た目通りの人物だった。
五十一階から進み始めると、女二人は回復しかしないと言い始める。
「だって私達、回復が得意なのぉ」
「今までパーティー組んだ人達皆、回復してくれたらいいって」
「…そうですか」
それは役に立たないから、回復だけしてろ、という消極的な諦めの結果であろうと思ったが口には出さない。
女二人に回復を任せたものの、おしゃべりを始めて早々に回復が疎かになり始めた。
サラとリアムで回復も回しつつ、女二人はいないものとして先へと進む。
先に釘を刺しておいた為、走っても文句も言わずについて来る。
仕事は適当だった。
普段から三人で回っているので、六十階までは問題ない。
むしろ、兄もリアムも早く終わらせたいのか本気で敵を倒しにかかっていた。
リアムと並んで走っている時、後ろの女に聞こえないようサラに話しかけてきた。
「…どうしてあの二人をパーティーに入れたのですか?」
「一つは兄が募集主だということです。条件を満たして応募しているのに、ダンジョンを攻略する前に解散するのは悪評に繋がります」
「なるほど、確かに…。他にもあるのですか?」
「もう一つは、兄はああいうタイプの冒険者と組んだ経験ってないんじゃないかと思って。ずっと固定ですし、あまり他パーティーの参加経験もなさそうですし」
「…ははぁ…サラさんの方がその点は経験豊富そうですね」
「まぁ、そうですね。兄にとっていい経験になればいいかなって」
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