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笑顔にしてくれる人
しおりを挟む氷水に冷やしたタオルで目を冷やしながら、温かみのあるオレンジのソファに座って食事が用意されるのを待つ。全体的に室内が杏色で纏められているのは、ベアトリス様の瞳が杏色だったからだろうか。
壁にかけられた絵画をぼんやりと見つめながら、少し冷静になった頭でこれからのことを考える。重大なことをしでかした事に気付いたからだ。
「騎士団にはきっと、僕が命令違反したことが伝わってるよね…きっと処罰があるだろうなぁ。もしかしたら退団させられるかも…」
「騎士団に残りたい理由が今もあるのか?お前が騎士団に入るために努力したのもあいつの側にいたかったからだろ?今はもう側にいる方が辛いんじゃないのか」
「それは確かにそうだけど…せっかく努力して入って、さらに努力して残り続けた騎士団を簡単に辞めるのも過去の自分に申し訳ない気がしてさ」
「ロナ、過去じゃなくて未来を見ろ。これからもあいつのいる騎士団に残り続けるのは未来の自分を苦しめることになる。それは未来のロナに失礼じゃないか?」
正論をぶつけられ、何も言い返すことができない。僕よりも未来の僕を大切にしようとしてくれているカーティス様にも、このままでは失礼だと思い直す。
「もし本当にウォーレンとアーバント様の結婚が成立しているなら……僕は騎士団を退団した方がいいのかもしれない」
「ロナはどうしたい?これからどこで何をしたい?」
「…それはまだ分からない。まだ何も考えがまとまってないしまとめられそうにないんだ。そう言えば、僕が脱走した報告を団長から受けたって言ってたけどティスも式に参列していたの?」
「いや、俺は式には参列してない。ちょうど教会の近くにある競馬場でシッパを走らせていたんだ。ビリンガムに来てから思いっきり走り回れなくて窮屈な思いをさせてたからな」
「そうだったんだ」
「そんで、騎士団の何名かが俺の近くで俺に無断で護衛をしていたようでさ。団長も俺が近くにいることを把握していたからロナと子供の時からの付き合いだと知る彼から報告が来たってわけだ」
ふと、何で騎士団長は騎士団員ではなくわざわざカーティス様に僕の後を追わせたのだろうと疑問がわく。しかしそれもすぐに、僕とウォーレンの関係を知る数少ない人物であり、団長なりの気遣いだったのかもしれないと思った。
「お、食事の用意が出来たようだ。運ばせるから、一旦タオルと氷水はそっちの机に移動させてくれ」
「分かった」
目に当てていたタオルを外すと、空気が瞼に当たってスッキリとした感覚が全体に広がっていく。少し瞼が軽くなったのを実感しながら、言われた通りにタオルと氷水を移動させた。
使用人が二人入ってきて、ソファの前に置かれた机に食事を用意してくれる。魚のソテーがメインディッシュの美味しそうな料理を前に、ずっと何も食べていなかった腹の虫が小さく鳴った。
準備が終わり、使用人が出るとソファに座って二人向かい合いながら食事を始める。少し食べづらいが、この部屋には食事を置ける机がこれしかないため仕方がない。食事を進めながら、話の続きをする。
「ティスも式に参列してなくてあの後すぐに僕を追ってきたなら、式がどんな風に終わって今は騎士団がどうしているかも知らないよね?」
「そうだな。ただロナは俺の元にいることだけは団長に伝えてあるから大丈夫だと思うぞ。団長の様子を聞く限りロナとウォーレンの関係を知っているようだし、ロナがあの光景を見たなら傷心中なのも理解しているはずだ」
「そっか…それならまだもう少しここにいてもいい?」
「いつまででもいてくれ。何なら、休暇届を出したっていい。あいつと顔を合わすのも、これからどうしたいか決めてからだって遅くないだろ」
本心では僕とラディス国に行きたいはずのカーティス様は、求婚の返事を急かしたりせず、僕の意思を尊重してくれる。僕がゆっくり自分で納得のいく答えを出せるように、環境を整えてくれているんだと伝わる。
彼から伝わる温かい気遣いは陽だまりのような愛情に溢れていて。乾いた地面に雨が降ったときみたいに、ものすごく深いところにさあっと沁みてきた。
「どうしたロナ、また泣きそうな顔をしてる。俺が何か泣かせるようなことを言ってしまったか?ごめん!何がダメだった?」
「…ふふっ、違うよ。ティスの心遣いに感動していただけ。本当にありがとね。君がそばにいてくれなかったら、今頃どうなっていたか分からなかった」
「……俺は、心からロナを愛しているから。愛する人の心を守るために全力を尽くすのは男として当たり前だ。弱っているロナにつけ込んでいるように感じるかもしれないけど、俺は欲しいものは欲しいと手を伸ばして掴んだら絶対に離さない。そうしなければ幸せは逃げてしまう。ラディス国の男たちにそう学んだんだ」
彼の口からたびたび聞かされるラディス国の話は、正直言って興味をそそられるものばかりだ。
王族の集まりでは別だが、基本的に肉は手で骨を掴んで豪快に食べるだとか、上半身裸で狩りをする男たちがほとんどだとか、太鼓を叩いて夜な夜な酒を飲みながら踊る文化があるだとか。
品行方正と堅苦しさがイコールで結ばれるビリンガム王国とは正反対の太陽のような国は、話を聞くだけで生命に溢れていて自由で楽しそうな国だった。
「ラディス国のこと、もっといろいろ知りたくなっちゃった。教えてくれる?」
「…!もちろんだ!何でも聞いてくれ!ロナに話したい話は尽きないからな。火の輪をくぐったり綱渡りする刺激的な芸を披露する集団とかもいてさ…」
食事をしながら、カーティス様から紡がれるラディス国の話にうんうんと耳を傾ける。言葉だけなのに情景が思い浮かんで、はちみつ色の瞳が生き生きと煌めくのを眺めながら、とっても楽しい気持ちになる。
僕はいつの間にか、あんなに落ち込んでいたのと同じ日に、声をあげて笑っていた。
僕は好きな人と一緒にいられるならそれだけでどこにいたって幸せだと思っていたけれど。
もしかしたら僕を笑顔にしてくれる人と一緒に楽しい場所で生きるほうが、幸せなのかもしれないと。
そう、思い始めていた。
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