俺の好きな人は誰にでも優しい。

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雲泥の差がある2人の男

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 冬の日ざしが天井に弱々しい光の帯をつくりだしている室内で講義を終えた俺の頭の中はさっき出会ったばかりのヒューゴ・ファレルのことでしめていた。
 片付けをしながら隣の席に座っていた情報通の友人に彼のことを知っているか尋ねると、ゴシップ好きな彼は丸眼鏡を指で持ち上げながら嬉々として語ってくれた。

 どうやらあの男、遊び人で有名は有名だが、それ以上に人の彼女を寝取ることで知られているらしい。彼氏のいない女からの誘いは全く受け入れず、食指が動くのはいつも彼氏がいる女ばかりだという。
 人のものにしか手を出さないため、彼女持ちの男からは危険人物として忌み嫌われているそうだ。
 しかし寝た女が彼のことを好きだから彼氏とは別れると言おうものならバッサリと切り捨て、二度と見向きもしない冷徹っぷりから数々の女を泣かせてきているようだ。
 本人も言ってた通り、誰かのものであり自分のことを好きにならない人間にしか興味がわかないという変わった嗜好の持ち主。とんでもない性癖を抱えているド変態野郎なのは間違いなさそうだ。

 講義室を出ていつものごとく図書室で勉強をするために足を動かしながら、ヒューゴ・ファレルとは関わらないようにしようと固く決意した。
 冷たい風が、外廊下を歩く俺の真正面から吹き付け、いつの間にか降り始めていた花びらのような粉雪がマントの前に貼りついては融けてゆく。
 体の内側からぶるりと震えるような寒さから逃げるように外廊下を渡りきり、7棟のうち中央にある一番大きな棟に入ると外の冷たい空気は遮断され、ホッと息をついた。

「おや、ロランじゃないか。久しぶりだね」
「…!フィリオン様…!」

 その先でまさかの想い人にバッタリと出くわす。つい今しがた震えていた体はあっという間に上がった体温で霧散し、風で乱れた髪の毛を慌てて手のひらで撫で付けた。

「雪が降り始めたようだね。ロランの髪についた雪がキラキラと輝いていて美しいよ」
「そ、そんなことありません。あ、ここ通られますよね。すみません、出入り口を塞いでしまっていました」
「いや、違うよ。ロランが外廊下を渡ってくるのが見えたからここまで来たんだ」
「え…」
「最近、なかなか会えなかったからね。元気かどうか気になっていたから顔が見れて嬉しいよ」

 思わせ振りなことを言われて頬に熱がたまるが、フィリオン様はただ優しさで気にかけてくれているだけだと自身に言い聞かせる。自惚れるな、自惚れるな俺。

「気にかけて頂いてありがとうございます。俺は風邪もひかず元気にやってます。フィリオン様も急に寒くなりましたが体調にお変わりはないですか?」
「私は寒さに強いから問題ないよ。ありがとう。家令科の講義はどうだい?順調かい?」
「学ぶことが多く大変ですが頑張っています。立派な家令になりたいので」
「ロランならどこに行っても恥ずかしくない家令になれると私は信じているよ」
「ありがとうございます!」

 嬉しさに動かされて反射的に微笑むと、フィリオン様もチョコレートが蕩けるような眼差しを向けてくれる。ドキン、と胸が高鳴り、俺は彼の瞳を直視し続けることができず、サッと視線を斜め下に落とした。

「これからさらに寒くなる季節だ。体調を崩さないよう、毎日あたたかくして寝るんだよ」
「ありがとうございます。フィリオン様も多くの方々に囲まれるでしょうから、風邪を移されないようお気をつけて」
「あぁ。また今度、ゆっくり話そう」
「はい!失礼します」

 ふわり、去り際に頭を軽く撫でられて、軽いお辞儀をした体勢のまましばらく床に足が縫い付けられたように固まった。
 少し前から、フィリオン様はこうして別れ際に俺の頭や頬を撫でて去っていくようになっていた。もちろん周囲に誰もいないときに限るが、そこにも俺が余計な嫉妬を買わないようにという彼の優しさを感じる。
 この触れ合いが一体どういう意味を持つのかをずっと考えているが、いつも緊張と恥ずかしさと嬉しさで思考が固まってしまってその先に進めない。
 彼にとっては何の意味もないのかもしれない。何となく気まぐれでやっていることなのかもしれない。それでも嬉しいと思う気持ちと同時に、これが続く限り負の感情はさらに増して、この恋を捨てたくても捨てられなくなるのだろうなと思っている。

 俺が渡って来た外廊下を背筋を伸ばして颯爽と歩いていく彼の背中をぽーっと見つめながら、重くて悩ましげなため息が思わず溢れた。

「うーわ、その目、最高にそそる」
「!?」

 突如横から憎たらしい声が聞こえてきて、ぐるりんと顔だけで振り向く。そこには思った通り、階段の手すりに肘をつき、片方の口角を持ち上げて意地の悪そうな笑みを浮かべた夕焼け色の彼がいた。
 切れ長のつり上がった目の中に愉悦を滲ませた瞳があり、俺を射貫く。尖った犬歯が薄い唇の隙間から見え隠れしていて居心地の悪さを覚えた。

「何なんですか、あなた。まさか俺のこと、ストーカーでもしてるんですか?」
「当たらずとも遠からずってところだな。捨てたい、なんてぼやいていたが、その様子じゃ捨てれそうにもなくて安心したわ。あんたにはアイツを好きなままでいてもらわねーとな。オレの楽しみがなくなっちまう」
「あなたの玩具になった覚えはありません!俺はこれから図書室に行くので失礼します!」
「おっ、奇遇だな。オレも図書室に行こうと思ってたんだぜ。着いていくわ」
「はぁ?あなたが図書室に何の用事があるっていうんですか?どう見ても縁がなさそうに見えますけど」

 シャツのボタンをしっかり締めていない、いかにも不良な彼が本を読む姿も真面目に勉強する姿も想像がつかない。どう見ても騎士科に進みそうな見た目をしているし、勉強より体を動かすほうが好きそうだ。
 俺で遊ぶための口実だろうとじっとりとした視線を向けて追い払おうとするが、彼はわざとらしく肩をすくめて嘆き始めた。

「おいおい、これでもオレは来年には医学科に進む男だぜ?さすがに勉強くらいするっつーの。何ならあんたより頭良いからな」
「医学科!?あなたが!?」
「おう」

 驚きすぎてすっ頓狂な声が階段下で響く。どこからどう見ても騎士になりそうな見た目の男が白衣に腕を通そうとしているなんて信じられず、間抜けにもポカンと口を開けて彼の顔をまじまじと凝視する。
 彼はそんな反応をされることに慣れているのか、俺の反応を見て面白がっているのか、にやにやとしていた。

「嘘ですよね…?」
「こんな嘘ついてどうすんだよ。マジだっつーの。オレは医学科に進んで医師になんだよ。それが男爵家次男としてのオレの役目」
「ほぇ…」
「くくっ、やっぱりあんた、反応も表情もすんげーおもろいな。もっと早く声かけときゃ良かったわ」
「…いつから俺のことを知ってたんですか?」
「入学してからわりとすぐだな。フィリオン・ポーマントを見つめるあんたの熱い視線にまんまと捕まっちまった」
「そんなに前から…っていうか、俺の視線ってそんなに分かりやすいですか!?え、まさかフィリオン様にもバレていたりして…」

 必死に隠し続けてきたと思っていた俺の思いがフィリオン様に知られていられたらと思うと恥ずかしいやらショックやらで死ぬ。あわあわと唇を震わせて青くなる俺をまた笑いながら、彼は言った。

「安心しろ、オレにしか分かってねぇと思うぞ。オレはオレに向けられている好意の視線は反吐が出るほど気持ち悪いから無視するが、他人を死ぬほど好きだと語っている視線には敏感なんだよ。ついつい目で追っちまうくらいにな」
「…あなたの噂、聞きました。人の彼女ばかり寝取ってるって。とんでもなく最悪な性癖をお持ちなんですね」
「抱くなら彼氏持ちの女にしか勃たねぇってだけだ。彼氏のいない女を抱くとすーぐ惚れられてキモいからな。まぁ、彼氏持ちでも数回抱くと惚れられる傾向にあると分かってからは一回抱いた女は二度と抱かねぇようにしてっけど」

 クズだ。正真正銘のクズ男が目の前にいる。これほどまでにクズ成分の強い人間は初めて見た。いっそ清々しいまでのクズである。クズの中のクズである。
 俺が死んだ魚のような目で見たからか、彼はまた喉の奥で嗤ったような声を出した。なぜかとても満足そうに見えるのが、また気味悪かった。

「ほら、図書室行くんだろ?さっさと行こうぜ」
「俺は一人で行くので。あなたとは行きません」
「んじゃ、勝手に着いてくからあんたは気にすんな」

 こんなクズと同じ空気を吸っていたら俺までクズ人間に成り下がりそうで、俺はくるりと背を向けて図書室へと足を向ける。
 その後ろを彼が着いてくる気配を背中で感じながらもひたすら足早に進むしかなかった。相手にしたら敗けだと思ったから。
 絶対に分かりあえない、混ぜようとしても混じることのない、とんでもない化け物に気に入られてしまったと内心ため息をつきながら、少し冷える廊下を突き進んだ。


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