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遊び人で最低な男との出会い
寒空の下を颯爽と歩く彼の背中を熱い眼差しで見つめる女子生徒を冷めた目で見下ろす俺は、さながら悪役のような顔をしていることだろう。
下劣な感情に支配されていく自分がありありと分かり、心底嫌になってくる。俺は俺を好きでいたいのに、どんどんこんな自分を嫌いになっていく。
好きな人を嫌いになるのと、自分を嫌いになるのとではどちらのほうが簡単なのだろうか。どちらのほうがマシなのだろうか。
このまま負の感情の洞穴に吸い込まれていくように落ち続けたら、俺はどうなってしまうのだろうか。もっと醜い自分の顔を鏡の中で見ることになるのだろうか。
今はまだ内の心に秘めることは出来ているが、もしそれすらも我慢できなくなり表に出るようになってしまったら。この感情の行く先が、誰かに身勝手にぶつけるようなことになってしまったら。彼に優しくされた誰かに嫉妬して、その誰かを傷付けるようなことがあったら。
そんなことが本当に起こりそうな予感があった。そんなことが本当に起こってしまったら、俺は俺を一生好きになんてなれない。だったら、いっそのこと……。
「この恋、捨てたいな…」
「それ、捨てようとすんの、やめてくんね?オレ、あんたがアイツを見る視線に興奮すっからさ」
誰に聞かせるでもなく思わず出てしまった独り言に返事が返ってきて、俺は思わず勢いをつけて振り返る。するとそこには、1人の男子生徒が立っていた。
夕焼けの色をした髪は油で後ろに撫で付けられ、側面は刈り上げられている。橙色に黒が混ざったような瞳の色は珍しい。背が高く、浅黒い肌。彫りの深い整った顔立ちはハンサムなのに、得体の知れないものを窺わせる。
前立てや袖口に装飾が施されている茶色のロング丈コート。深い緑色のベストが中に着用されており、金色のボタンが縦に並んでいる。コートとの色の対比が上品で、格式の高さを感じさせるが中のシャツはボタンが上から2つも外され、彼の太い鎖骨は剥き出しになっていた。
貴族の風貌なのに、どこか野性的な印象を受ける彼は切れ長の少しつり上がった目で俺を射貫くように見つめながら、こちらに近付いてきた。
「オレはヒューゴ・ファレル。基礎学年3年だ。名前くらいは知ってっか?」
「ヒューゴ・ファレル…あなたが遊び人で有名な…」
彼の名前を聞いてすぐにピンときた。1つ下の学年にとんでもなく遊び人の男がいるという噂は有名だった。
遊び人でもいいから一度抱かれたいだの、あの野蛮な目付きがたまらないだの、彼になら遊ばれてもいいだの、女子生徒たちが喚いていたのを聞いたことがある。
俺はフィリオン様に夢中だったからその男がどんな見た目でどんな身分なのかは全く興味がなかった。フィリオン様とは別の意味で学園中の女性の心を虜にしている彼が、一体俺に何の用だというのか。
「そう、男爵家次男なのに遊び人で有名なヒューゴってのはオレのこと。オレがあんたに言いたいことはひとつ。フィリオン・ポーマントを好きなのを、やめてくれるな」
「な、なんで…」
ぽつりと溢れただけの、誰に聞かせるわけでもなかったさっきの言葉を彼はしっかり耳で拾っていたらしい。
初対面の男に俺の苦い恋心がバレているのも疑問だが、それを捨てるなというのはさらに意味が分からなくて怪訝な顔で夕日のような色合いの彼を眺めた。
「オレはオレを好きにならねーヤツにしか興味がわかねぇ。あんたのアイツを見る目は俺をゾクゾクさせる。苦しくて苦しくてたまらねぇって目。嫉妬して感情ぐちゃぐちゃになって、好きの中に憎しみを抱いているその目が俺をたまらなく興奮させんだよ」
淀みない言葉でつらつらとそう述べた彼の言葉に、俺は彼の得体の知れない何かが何なのか、うっすらと分かってきた。
俺がいまだかつて出会ったことのない人種。いや、出会っているのかもしれないがみんなそれを綺麗に隠している。
それを一切隠す気がない変わった男。変態で身勝手で、最低な男。即座に彼を"嫌い"の箱に分別する。
「はぁ…?」
「この学園に入学させられてつまんねーなと思ってたところに、アイツを見るあんたを見つけた。あんたの目はこれまで恋してきたどんなヤツの目より最高だ。それ以来、オレはあんたの目を思い出しながら女どもを抱いてる」
「…明け透けな物言いですね」
「ククッ、その冷たい態度も気に入った。他のヤツを好きだったはずなのにオレが声をかけて少ししたらすぐにオレを好きになるようなヤツばっかでうんざりしてたんだ。あんたはその心配がない。オレを軽蔑してるのがその目に表れてる」
お前のような男を軽蔑するなというほうが無理だろ、と言い返したかったが相手は年下とはいえ貴族。無理やり唾と一緒に言葉を呑み込んだ。
「あんたがアイツを好きじゃなくなったらその目がもう見れなくなんだろ?オレからその目を奪うな。アイツを好きなままでいろ」
「俺が叶わない恋に苦しんでいる姿を見るのがお好きとは、とんだ悪趣味をお持ちなんですね」
「叶う叶わないはオレには関係ない。あんたが行動しないから叶ってないだけで、告白してみれば案外叶うかもしれねぇよ?」
「…簡単に言わないでもらえますか」
「その恋を捨てようとしてっから、助言してやろうと思ってな。なんならあんたの恋を叶えるために協力してやってもいい。その目を間近で見れてオレはラッキー、あんたも恋が叶ってラッキー。ウィンウィンな関係だと思わねぇか?」
うまいこと言っているように聞こえるが、全部自分の欲求を満たすためなのが明らかだ。こいつの欲求を満たすために俺が利用されるのはひどく癪に触る。
俺はこれ以上この最低男と無駄な会話をしたくなくて、廊下の窓を閉めてすたすたと歩き始めた。
「おいおい、まだ話は終わってねぇよ」
「俺はあなたに話すことは何もありません」
「てかその堅苦しい敬語やめね?一応オレのほうが年下なんだし」
「年下であろうとあなたは貴族で俺は平民です。家令科で学ぶ身として、貴族の方に敬語を外すわけにはいきません」
「その割にはだいぶ失礼な態度だと思うけどな。ま、オレは気にしねぇよ。あんた、やっぱ最高だし。オレの思ってた通り、頑固で頭でっかちなヤツで安心した」
「頑固で頭でっかちですみませんね。こんなつまらない俺を追いかけるくらいなら、美女の尻でも追っかけたらどうですか。お似合いですよ」
「貴族に向かって結構言うじゃねぇか。ますます気に入った」
最低限の敬語は崩さずとも、皮肉をたっぷりと込めた言葉を無造作に投げつけているのに、彼は飄々とした態度で意にも介さない。それがますます俺の神経を逆撫でした。
「ついて来ないで下さい!講義に遅れるので!」
「もうかなりギリギリだと思うけどな。間に合うといいな、ロランちゃん」
「…!失礼します!」
女性のような敬称でからかうように呼ばれ、俺は顔を赤くさせながら廊下を走って彼から逃げた。追ってくる気配がないことに安堵しながら、次は彼の言う通り講義に間に合うか焦り始め、必死に足を動かしたのだった。
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