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夢と恋心は両立出来ない
しおりを挟む学園主催の年越しパーティーとは、俺たちのいるこの学園が人里離れた山奥にあり、年末年始も地元や実家に帰らず寮で過ごす生徒が過半数を占めることから、学園に残ってもお祝い事の楽しさを味わえるようにと毎年開かれている行事だ。
もちろん寮に残っているからと言って強制参加などではなく、ゆっくり過ごしたい人は出席しなくても良いとされている。
しかしほとんどの生徒が普段とは顔を変える学園の雰囲気を味わい、羽目を外したいがために参加していた。
俺も帰ってこいと催促の手紙を送ってくる兄たちを無視して3年連続で寮に残り、年越しパーティーに参加して日常の窮屈さからしばし解放されるその日を楽しんだ。
実家に帰れば兄たちの過剰なスキンシップや新作の服を試着させられる日々が待っていて、勉強や課題どころではなくなるのが目に見えて分かっているからだ。
しかしそんな中、毎年寮に残っているにも関わらず、フィリオン様は年越しパーティーに出席したことが一度もない。
パーティーの目玉はもちろん年越しのカウントダウンだが、その前にもう一つの目玉であるダンスタイムがある。
社交ダンスを踊るその時間は、パーティー当日までにパートナーを組んだ者同士で優雅にダンスホールの中を踊る。
早い人だとパーティーの1ヶ月前、ちょうど今頃からパートナーのお誘いをして練習をするペアもいるくらい生徒たちも気合いが入る催しだ。
好きな人とパートナーを組んで踊れば固い絆で結ばれるだの、結婚出来るだの、よくありがちなジンクスがこの学園にも受け継がれているため、好きな人がいる生徒は特に燃えているのだ。
この学園一のモテ男と言えばもちろんフィリオン様である。そんな彼とダンスを踊りたい女子生徒はおろか、俺みたいに男子生徒でも彼と踊ることを夢見る者はとても多い。
しかしそんな彼は一度も年越しパーティーに参加せず、毎年溢れ出るダンスの申し込みを「今年も参加しないからごめんね」と優しく丁寧に断り続けているという。
参加しない理由を彼は誰にも語ったことがないらしく、噂だけが独り歩きしている。彼は22時には絶対に就寝するからとか、パーティー嫌いらしいとか、秘密の恋人と過ごしているからとか、叩けばあることないこと出てくる。
俺もずっと彼が年越しパーティーに参加しない理由が気になっているとはいえ、直接本人に尋ねる勇気などない。
一度、ダンスの申し込みを例に漏れず断られた女子生徒が直接フィリオン様にその理由を尋ね、やんわりと躱されているのを見たことがある。
話を濁す彼の言葉には、無垢なものを傷付けまいとするような優しさがこもっていたが、それ以上聞いてくれるなという微かな抵抗感も滲んでいた。
誰しも人に触れられたくないことのひとつやふたつ、あるだろう。彼にとって、年越しパーティーはそれに該当するのだ。
しかしさっきのヒューゴ・ファレルの言葉が事実ならば、どんな風の吹き回しか、初めて年越しパーティーにフィリオン様が参加するらしい。
しかし彼の情報が正しいのか、そもそもどうしてそのことを知れたのか、疑問が残る。本当にその話が事実ならば彼の提案した、俺からダンスのパートナーを申し込むなど断られるに決まっている。
だってもし本当にパーティーに参加するとして俺とダンスを踊ってくれる気があるのなら、今朝会ったときに一言なにかあったはずだからだ。
確かに今朝の彼は普段と少し雰囲気が違ったが、パーティーの話題は一切出ていなかったし、参加するにしても俺とパートナーになってくれるわけがない。
そもそも俺はダンスタイムのときは毎年ホールの端っこでローストビーフや魚をパイ生地で包んだ料理をたらふく腹に詰め込んでいるため、踊ったことがない。ダンスの練習とやらをしたこともない。
立派な家令を目指す者としてその日限定で学園に呼ばれる給仕係の動きを目で追って学ぶことが出来る機会をダンスなどで無駄にしてたまるものか。
そう強がってみるものの気分は落ち込む一方だ。高い天井と重厚な石壁に囲まれた、ひんやりとした空気が漂っている廊下を歩きながらため息を吐く。
もし本当の本当にフィリオン様が年越しパーティーに参加するのなら、第三者の口からではなく彼本人の口から聞きたかったなと思ってしまうのは贅沢だろうか。今朝会ったばかりだから尚のことそう思ってしまうのかもしれない。
俺だって好きな人と踊れるなら踊りたいし、夢のような時間を過ごせるのなら過ごしたい。しかしそんな絵空事、高嶺の花である彼と道端の雑草のような俺とでは叶うはずもない。
初めてフィリオン様が着飾った姿を間近でお目にかかれるのならば、それはとても幸運なことだと思う。
しかしもし彼が誰かのパートナーとしてダンスを踊るのならば、そんな光景からは目を逸らしたくなるだろう。そんな光景を見てしまったら、業火に焼かれるような、毒の雨に叩かれるような苦しみを味わうことになるのだろう。
こんなことでは彼の家令になりたいだなんて胸を張って言えない。もし彼の家令になることが出来たのなら、そんな光景を目にすることにも慣れなければその役目は絶対に務まらないからだ。
彼のそばで彼の役に立ちたいから彼の家の家令になりたい。しかしそれにはどうしたって、この恋心が邪魔になるのだ。遅かれ早かれ、捨てなければいけない恋心なのだ。
廊下は、まるで時が止まったかのように静まり返っている。高く設けられた窓から差し込む光はわずかに床を照らし、その先の闇へと続く長い空間を際立たせている。
食欲が一気に失せてしまった俺は、気付けば食堂から遠ざかるように別の方向へと足を向けていた。目的地も定まらない中、足音は石の床に吸い込まれるように響かず、まるで幽霊になったかのように静かに進む。
この足音のように、俺の恋心も石の床に吸い込まれてくれやしないだろうかと愚かなことを考えながら、長い長い廊下を歩いた。
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