俺の好きな人は誰にでも優しい。

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あり得ない提案

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 沈黙の中を歩いていると、ひんやりとした感触が頬を霞めて空を仰いだ。するとふわふわした雪片が、後から後から落ちてくる。
 まるで雲の上で無数の天使が激しく身をゆすりながら踊っていて、その背中の翼から次々と羽毛がこぼれ落ちてきたみたいだった。雪は灰色に曇った空一面に強風に煽られて舞っていた。

「散歩をするには今日の天候は不向きだったようだ。棟内に戻ろうか。雪まで降るほど寒い中、付き合わせてしまって悪かったね」
「いいえ、とんでもありません!フィリオン様とこうしてお話出来る時間はかけがえのないものですから。散歩のお誘いも本当に嬉しかったです!」
「ありがとう、そう言ってくれて。ロランは私の癒しだ。昨日から少し胃がムカムカとしていたんだが、君と話したら治ってしまったようだ」
「えぇ!?そ、それは何かの間違いで何かあったらいけませんから医務室で診察を受けてください!フィリオン様が頑丈な体の持ち主であることは存じてますが念には念を、ですから」
「ふふ、そうだね。ロランがそう言うならそうするよ」

 先ほどの翳りが嘘のように氷が静かに解けるような笑みを浮かべるフィリオン様を見上げる。空から落ちてきた雪は、音もなく彼の髪に触れた。
 マロンクリーム色の髪の上にほどけるように舞い降りた白は、すぐには溶けず、細い一本一本の間に居場所を見つける。息をするたびわずかに揺れる髪に、雪はまだこの世界に留まろうとするかのようだった。

 彼の髪に留まっているのなら、俺の丸みを帯びた頭にも白が滲んでいるだろう。グレーだからあまり目立たないかもしれないが、きっと俺のは彼のようにたいして美しく輝きもしないんだろうなと嘆息混じりの白い息を吐いた。

「風邪をひくまえに別々に戻ろう。ロランが先にお行き。私はもう少し舞ってる雪を眺めてから戻るよ」
「分かりました。フィリオン様も寒さにお強いとはいえ、早く戻られて下さいね」
「そうするよ」
「それでは失礼致します!」

 フィリオン様が褒めて下さる得意のお辞儀をぺこりとして、俺は踵を返し彼に背中を向けて足を踏み出す。しかしその足は再び彼の声で引き留められた。

「……ロラン」
「はい?どうされましたか?」

 振り返った先で佇む彼は、あまりにも美しかった。雪が似合う方だなと思いながら、再び名前を呼ばれた理由を問う。彼は代名詞の柔らかな笑みを潜め、少し強張った表情で唇を動かした。

「ヒューゴ・ファレルにはあまり近付かないように。彼の悪い噂が君に飛び火するようなことがあったら嫌だからね」

 柔らかな言葉遣いとは裏腹に、声の奥には揺るがない芯があった。選択肢があるように見せかけて、実際には一つしか残されていないように思えた。
 拒めば傷つけることになる、従えば穏やかに終わる。そんな静かな圧が、呼吸の間に忍び込んでいるような気がしてならなかった。
 これもきっと彼の優しさなのだと理解して、胸が切なく高鳴る。今日も彼は俺を心から心配しているような表情と声色で、俺に優しさを刻み付ける。
 答えなど最初から決まっていた。彼がカラスは雪と同じ色だと言えば、俺も自信をもって肯定するような恋心を抱いているのだから。

「もちろんです!フィリオン様にご迷惑をおかけするようなことは絶対に致しませんのでご安心下さい!」

 笑顔ではっきりと答えると、彼は曖昧な笑みを浮かべたように見えた。雪で視界が霞んだからそう見えただけで、いつもの笑みだろうと判断した俺は再度お辞儀をしてから、かけ足で雪の中を走った。

***

 朝の雪は止み、薄曇りの空に濁ったような陽光が差している午後。お昼休憩を取るためにピートと共に食堂へと足を向けていた俺を、横から伸びてきた腕が歩みを止めた。
 驚いて腕の先を見れば、そこには今朝フィリオン様が忠告をするほどに危険視されている人物、ヒューゴ・ファレルが立っていた。
 俺は言葉を交わす前から肩が少し落ち、息が浅くなる。これから始まる時間を思うだけで、心がひとつ、疲労を選んでしまう。吐きたくなるため息を呑み込みながら、視線だけで腕を離すよう、抗議して見せた。

「よぉ、待ってたぜ」
「…今日もストーカーですか?こういうのは迷惑なのでやめて下さい。俺はあなたの玩具ではありません」
「そんなん分かってるっつーの。ただあんたに良い提案を持ってきてやったんだよ。聞かなかったら損するぜ?」
「損してもいいです。あなたには近寄らないと決めたので」
「どーせ、アイツにオレに近寄るなとでも言われたんだろ。そのアイツのことで協力してやる、とオレは言ったはずだが?」

 協力、という単語にささやかな期待が胸に宿ってしまう己の浅はかさを呪いつつ、俺はもう一度きっぱり断ろうと口を開こうとして、後ろから肩をつつかれてギクリとした。

「ロラン、いつの間にヒューゴ・ファレルと知り合いになったんだ?目立ってるから俺は先に行くぞ!」

 こそこそと背後でそう話したピートは、本当に修道士を目指しているのかと疑うほどの非情っぷりで困っている俺という友人を置き去りにしてそそくさと去っていく。
 小さくなっていく背中を冷えていく心で見送り、その延長戦でふと周りを見ると廊下のど真ん中で突っ立っている俺たちを遠巻きに見ている何人かの生徒たちの視線に気づく。
 注目されることが大の苦手な俺は慌てて彼の腕をひったくるようにして掴み、近くの空き部屋へと入った。
    扉を閉めるなり怒鳴り付けたい欲望を必死に抑えようとしたが、その努力はかなわず俺はヒューゴ・ファレルに詰めよった。

「もう!何なんですかあなたは!これ以上俺に構わないで下さい!」
「それは無理。あんた、このままだと恋捨てちまうだろ?あの目を捨てさせたくねぇからな」
「だから俺はあなたの玩具ではないと何度言えば…!」
「あいあい、悪かったよ。謝るからそう怒んな。オレに向けて怒る顔はそそらねーからアイツを思い浮かべてみろって」
「なっ!?フィリオン様を利用しようとしないで下さい!」
「おっ、そうそうその意気!」

 飄々とした態度で俺の怒りを躱され、さらに怒りの炎が燃え上がりそうになるのを必死に深呼吸をして落ち着かせる。相手は貴族、相手は貴族と心の中で繰り返す。
 今朝のフィリオン様の声と表情と優しさを思い出すと自然と目の前にいる憎たらしい男にも少しばかりは優しくしなければと思えてくるのだから不思議だ。

「落ち着いたか?アイツのことを思い出したんだろ。分かりやすいヤツだな、あんた」
「これ以上の会話は時間の無駄なので失礼します」
「待て待て待て。一応俺の提案だけは聞いておけよ。聞いてから提案をのむかのまないか、決めれば良い。聞かずに決めるのと聞いて決めるのとでは全然違うだろ?」
「…話だけなら聞いてあげます。簡潔に、さっさと話し終えて下さい!」

 男の言う提案とやらを聞かないかぎり離してもらえなさそうだと判断した俺は、とりあえず耳を傾ける姿勢を取る。
 彼はしてやったりとでも言うような顔で片方の口角をくいっと上げると、犬歯を覗かせながら話し始めた。

「オレはあんたとアイツが両思いになるよう、協力してやるって言っただろ?その第一歩として、あんたに良いことを教えてやる」
「良いこと?」

 眉を寄せて聞き返すと、彼は自信に満ち溢れた表情でくわっと口を大きく開いた。鳥が空から魚を捕食するような光景が脳裏を過った。

「毎年開かれる学園内の年越しパーティーをアイツはずっと欠席していたらしいが……なんと今年は出席するみたいだぜ。そこでアイツを、パーティーの目玉であるダンスタイムのパートナーになってくれとあんたから誘え」
「絶対無理!解散!」
「はぁ!?おい!」

 勢いよく扉を開けて一目散に走り出す。後ろから彼の呼ぶ声が追いかけてくるが、声は遠ざかっていくのを聞くに体は追いかけてきていない。
 それを確認して、俺は走っていた足を緩め、廊下をとぼとぼと歩いた。なんてバカな提案をするんだ、と思いながら。


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