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新たな一面を見れて
しおりを挟む次の日の朝はさらに冷え込んだ。太陽は懸命に輝いてはいたが、気温をあげるという面では役に立たなかった。風の強い日で、寮周りに植えられたリンデンの香りや薪を燃やす匂いに混じって、空気の中に雪の匂いが感じられた。
昨日はフィリオン様と話せたラッキーな日であったと共に、ヒューゴ・ファレルという学園一の最低な遊び人に付きまとわれた日でもあった。
どうか今日は何事もなく平穏に一日が終わりますようにと願いながら、寮の木製扉を開けて足を踏み出した。
まだ寮を出るにはだいぶ早い時間帯。いつもなら寒さにかまけて朝食にありつける時間ギリギリまで布団にくるまっているが、今日は早く起きて行く場所があった。
赤レンガの7つの棟を通りすぎ、石壁の外に出る。寮とは正反対に位置する森の奥、苔むした杉の根元に寄り添うように、その小屋は立っていた。
昼の光を嫌うかのように、丸い入口は月の形にくり抜かれ、縁には長年の風雨で磨かれた木の艶がある。板壁の隙間からは、乾いた羽毛と古い樹脂の匂いがほのかに漂い、静けさの中で小屋自体が呼吸しているようだった。
小屋の中は外部の朝からは遠ざかり、夜そのものだった。外の森が風にざわめいていても、厚い木壁がそれを柔らかな沈黙に変えている。
小屋の中央で存在感を放つ止まり木の上で、羽毛の奥に夜をしまい込むように眠る体を丸めたフクロウ。胸がわずかに上下し、そのたびに白と茶の羽がふるふると揺れている。
くちばしは胸元に埋まり、鋭さを忘れた姿は、ただの小さな命の温もりだった。
学園内で飼われているこのフクロウの名前はチロ。夜行性のフクロウは夜間、学園内の小さいけれど頼りになる静かな警備員としてひっそりと佇み、学園の平和を守っている。
訓練されたチロはこの森を通ってやって来る不審人物をいち早く察知し、小屋の壁に設置された赤いボタンを嘴で押す。すると瞬く間に警報が学園中に響き渡り、学園を夜の眠りから目覚めさせる役割があった。
そんなチロの世話係要員は俺を含めて7人。曜日で世話をする日が分けられており、小屋の入り口の棚に入れられた記録表を見てこの一週間のチロの様子を頭に入れた。
入学して間もなく、学年で一人選ばれるという世話係の募集に俺は一目散に名乗りを上げ、もう4年近くチロのさまざまな顔を見守ってきた。
たとえ勉強をする時間を削ることになっても世話係をしたかったのは、俺が大のフクロウ好きだからである以外に理由はない。
俺たちが寝ている間に彼は起きているため、目にするのは眠っている姿がほとんどだがその愛らしさは初めてチロと出会ってから何一つ変わっていない。
フクロウは食後にペリットと呼ばれる未消化物を吐き出す。糞と共にそれらを物音を立てないように静かに片付け、チロの羽毛に異変はないか注意深く観察する。
特に変わった様子がないことを確認して、俺は満足するまでチロの寝顔を堪能したのち、扉にかけられた南京錠をしっかりと閉め、そっと忍び足で小屋から離れた。
小屋の先には細い道が続き、ここを進めば山を下りられる。学園をぐるりと囲む石壁の外にあるこの小屋は学園の喧騒からも離れており、ひっそりとしていた。
その中を、もう何度も通って慣れた足取りで石壁へと近づく。石壁の一部は鉄製の扉になっており、門番が両脇に立っている。彼らに学生証を見せれば鉄の扉が開き、俺は容易く現実へと引き戻される。
「おはよう、ロラン。今日もチロの世話係、ご苦労だったね」
「フィリオン様…!なぜここに…」
「今日は君の曜日だったことを思い出してね。会えないかと思って待っていたんだ」
鉄の扉をくぐった先に待っていたのは、マロンクリーム色の柔らかな髪を風で揺らすフィリオン様。昨日に引き続き今日も会えるなんて、と単純な俺の心は弾んで喜ぶ。
垂れた瞳の下、目尻に寄り添う小さな涙黒子が、ふと影を落とし、その存在だけで俺の恋心をざわつかせる。泣いたわけでもないのに、どこか儚さを帯びた印は、彼の笑みに奥行きを与えていた。
唇がわずかに弧を描く。大げさではない、けれど確かにこちらへ向けられた微笑みだ。光を受けた睫毛が影を揺らし、その隙間から覗く眼差しは、いつものごとく優しさを宿していた。
「こんな寒い中お待ち頂くほど、なにか急用でもあったんですか?」
「いいや、急用ってほどでもないよ。まだ講義までは時間あるだろう?少し一緒に散歩をしないかい?」
「え…?でも…」
「ここは学園の端だ。誰かに見られる心配はないよ。少し寒いだろうけど、私が風避けになるよ」
「そんなことフィリオン様にさせられません!俺は嬉しいですが…その、本当にご一緒してもよろしいのですか?」
「もちろん。誘いを受けれてくれたら嬉しい」
「…!ぜひお供させて下さい!」
「良かった、ありがとう」
彼が微笑むと、世界の音が一段、高くなったような気がした。
いつもより強めの風が俺たちの間を通り抜けるが、外側の寒さを内側の熱さが緩和させてくれる。こんな誘いを彼から受けるのは初めてで、ドキドキとうるさい心臓は周囲に聞こえそうなほど大きな音で鼓動を打っていた。
フィリオン様と並んで歩くと彼の肩は俺の目線にくる。170㎝の俺に大して彼は186㎝と高く、肩幅も俺よりずっと広い。柔和な雰囲気とその男らしい体格のギャップがたまらなかった。
「昨日はあのあと、図書室で勉強したのかい?」
「そうなんです。あれ、なんでそれを…」
「実は人伝にきいてね。君が……ヒューゴ・ファレルと共に図書室にいたと」
彼の声が、こもったように低くなった気がした、強めの風に音がさらわれたのだろうかと思いながら、俺は夕焼け色の彼を思い出して顔をひきつらせながらも口を開く。
「もうフィリオン様のお耳に入るほど彼は有名なんですね…」
「ということは、事実なんだね?」
「はい」
「なぜ彼と一緒にいたんだい?君と彼は接点などないはずだが」
「えーっとそれは……」
まさか俺があなたを好きだから彼に興味を持たれましただなんて口が裂けても言えない。
なんて説明するべきか悩み、視線を少し先の地面に落としながら瞳を泳がせる俺を、ゆったりと歩きながらも彼がじっと見下ろしているのを感じた。
「そのぉ…なんか、よく分からないんですけど昨日、突然話しかけられて…」
「口説かれでもしたかい?」
「まさか!ん…?いや、違います、はい、それは違いますね。うーん…なんて言ったらいいのか分からないんですけど、なぜか気に入られたっぽくて…勝手に図書室まで着いてきたんです」
「……へぇ。彼がどういう人物か、君は知っているかい?」
「一応噂は聞きました」
「あの下品な男は他人のものにしか興味がわかないことで有名だが…君は付き合っている恋人など、いなかったはずだよね?」
「はい、いません」
「ではなぜロランに興味を持ったのか、不思議でならない」
「あ、はは…本当にそうですよね…」
俺のあなたを見る目が最高にそそるらしいです、とはやっぱり口が裂けても言えなくて、乾いた笑みを溢すに留まった。
「彼と何を話したんだい?」
「ずっと勉強してたので特には何も。ただ子供が玩具を見つけたようにからかって楽しんでいるだけなのですぐに飽きると思いますよ」
「…だといいけどね」
そう小さく溢した彼に、小さな違和感を覚える。いつもなら、彼はどんな言葉をかけるにしても先に微笑む人だった。視線が合えば穏やかに目を細め、何気ない一言で場の空気を和らげる。
けれど今日は、その余裕が影を潜めている。整った横顔は変わらないのに、眉間にわずかな皺が寄り、唇は結ばれたまま、感情を内側に押し込めているようだった。
不機嫌、というほどのものではない。ただ、返事が短い。視線が長く留まらない。優しさが消えたのではなく、表に出る道を探しあぐねているように見えた。
普段の彼なら淀みなく言葉を続けてくれるのに、初めて不自然な沈黙がおりる。その沈黙さえ、美しいと思ってしまうのは盲目すぎるだろうか。
いつも穏やかな人が抱える翳りは、彼の人間らしさを際立たせる。彼の様子を心配すると同時に彼の新しい一面を垣間見た気がして、心が浮き足だった。
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