俺の好きな人は誰にでも優しい。

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恋と夢を同時に失う可能性

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 先に料理を食べ終え、一息ついたところで彼と机を挟んで向き合う。暖炉のない空き部屋の空気は、意外にも窓から差し込む昼の光のおかげであたたかい。
 昼休憩の時間が終わる前に、俺は一昨日のフィリオン様とのやり取りを大まかに話した。彼に変な期待をしないよう、恋と夢は両立できないから恋心を捨てるつもりでいることを強く主張した。
 俺の話を机に肘をついた手に頬を預けた姿勢で聞いていたが、終わると片手で机をコツコツと指で叩きながらしばらく無言を押し通した男。
 その沈黙の居心地の悪さに耐えかね、俺は声色を変えて上半身を前に傾けながら口を開く。

「次はあなたの番です。フィリオン様が今年のパーティーに参加するのは婚約者をお決めになるつもりだからなんですか?あなたはどこでその情報を掴んだんですか?」
「…んー?情報源は明かせねぇな。まぁ、端的に言うとそれであってる。伯爵家の現当主、つまりアイツの父親からの命令らしいぜ。
 恋愛結婚が増えてきて貴族に婚約者がいないのは珍しくない時代になってきたとはいえ、安定を求めている現当主はアイツが学園を卒業後すぐにでも結婚させたいらしい」
「それでお見合いでもなく、学園内でふさわしい方を見つけろということですか…」
「そういうこった。この情報を我先に掴んだ侯爵家のご子息がダンスタイムのパートナーを申し込んだ。位が上の家系から誘われちゃ、アイツも断れなかったっつーわけ」

 今の学園に入学出来る年齢の王族がいないため、王族の生徒はいない。王族の次に爵位が高いのは公爵家だが、公爵子息は去年卒業していった。そのため、次に高位である侯爵令息が事実上、学園内で一番身分が高く次点でフィリオン様の伯爵家となる。

「じゃ、じゃあ…それはもう、フィリオン様の婚約者は侯爵令息に決まったも同然じゃ…」
「いーや?そうでもねぇみたいだぜ」

 飄々とした調子で否定の言葉を口にした男を、黙って見つめ返す。その表情には揺らぎがなく、まるで最初から答えは決まっていたかのようだった。
 だからこそ、視線を逸らさず、次に紡がれる言葉を待つ。

「現当主は男の婚約者だけは絶対にあり得ないと豪語してるらしい。必ず女性で、身分も容姿も知能もアイツに釣り合う人間を見つけろというお達しだとよ」
「…そんな女性、いるんですかね?」
「いねぇだろうな」

 この国は同性婚にも寛容な国だ。正妻に男性を置いて家や領地の仕事に専念させ、女性の側室や妾に子供を生ませて仕事には一切関わらせないという形式を取っている貴族も多い。
 高位貴族であればあるほどおさめる領地の数や大きさは増えていく。当主の仕事を共に横で支える正妻は男性のほうが効率が良いとされているのだ。
 しかしもちろん、同姓婚に嫌悪感を抱く人も少なくない。同性婚廃止を訴える活動をしている団体もあるくらいだ。伯爵家現当主は表沙汰にはしていないものの、同性婚に反対の立場なのだろう。

 しかしこの学園で現当主が望むような女性がいるかと言われると思い浮かばない。
 まず学園は圧倒的に男子生徒の数が多い。これは女性は社交場で交流を築くことが多いため、家でダンスやマナー、裁縫を学ばせたりその専門の学校に行かせる家系が多いためだ。
 学園内の男女比率は恐らく7:3くらいだろう。その3割の中であの優秀な頭脳と美しい容姿を持つフィリオン様に見合う女子生徒がいるとは思えない。いたとしたらとっくに噂になっているはずだ。

「ってなわけで、アイツが命令通りパーティーに参加したとて伯爵家現当主の望むご令嬢は見つからないと推測するだろ?そしたら何が起こると思う?」
「…学園の外で見つけるしかない、とか?」
「いい線だがちょっと惜しい。アイツはすでに貴族科の履修課程をすべて終えている。だから本来、いつ卒業したっていいわけだ。なのになぜかアイツはそれを実家に報告していない」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ、間違いねぇ。アイツには実家を欺いてでもまだ学園に残っていたい理由があるってことだ。んで、今回のパーティーで当主の望む婚約者が見つからなければ、アイツは学園の外に出される可能性が高い」
「…?どういうことですか?」

 一体どこからそんな重大な情報を入手しているのかも気になるが、それ以上にフィリオン様の複雑な事情を早く知りたい俺は首を傾げながらさらに前のめりになる。

「留学させられるっつーわけだ。この学園には留学制度はねぇが、学園側に話を持ちかけて留学させる理由はいくらでも作れる。留学先で同年代の身分も容姿も頭脳も釣り合う女性を探してこいと言われるだろうな」
「……ありそう」
「だろ?そうなったらあんたは愛しのフィリオン様とはおさらばってわけ。オレがあんたのアイツを見る目も見れなくなるわけ」
「でもそれなら俺としては逆に恋を捨てる良い機会かも…」
「だと言うだろうなと思ったがこれはどうだ。アイツが留学するとしたら、さぞかし優秀な国だ。そんな優秀な国の学校ならアイツの家令にふさわしい人間はごろごろいるだろうよ。離れている間にあんたは忘れられ、アイツの家令になる夢は叶わない」

 彼の指摘は、あまりにも目から鱗だった。一言で、積み上げてきた前提が音を立てて崩れ落ちる。
 理解が追いつくより先に、胸の奥が強く揺さぶられた。衝撃は痛みではなく、冷たい痺れとなって思考を縛りつける。

 恋と夢は両立できない。だから夢のために恋を捨てようとしているのに、その夢すらも叶わなかったら。夢も恋も捨てることになったら、俺は何を目標に頑張ればいいのか。
 今の俺が頑張れているのはフィリオン様の家令になるという夢があるからで、その夢が叶いそうなのに。彼から直接、家令に迎えたいと言ってもらえたのに。
 彼が留学してしまったら、彼は地味で平凡な俺のことなんて忘れてしまうだろう。
 夢のために恋心を犠牲にしようとしている今の俺を、どちらも失った未来の俺が滑稽だと笑う。そんな光景が頭に浮かんだ。

「い、嫌です…!フィリオン様の家令になるのは俺がいい…!恋人も正妻の座も俺には相応しくないしなれるわけがないけど、家令の座は誰にも譲りたくないです!もう彼からそういう話が出ているのに!今日にも返事をしようとしているんです!」
「だろうな。だがこのままだと、アイツは遅かれ早かれ遠くに行っちまうぜ。それを指咥えて見てるつもりか?」
「で、でも…!俺はどうすることも出来ません…!」
「俺にいい考えがある」

 そう言って彼は、不敵な笑みを浮かべた。
 その表情には自信と危うさが同居していて、思わず目を離せなくなる。胸の奥がざわめいた。
 信用していいのか、それとも身を委ねるべきでないのか。それでも、その笑みの裏にある何かを、期待せずにはいられなかった。


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