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取引成立
しおりを挟む医学科に進むことといい、突拍子もない提案といい、この料理の腕前といい、ヒューゴ・ファレルには驚かされてばかりいる自分が悔しい。
料理には恨みも罪もないので早く食べて話を適当に聞き流そう。そして今後一切、彼とは顔を合わせないようにしようと思ったところで。
「んで、一昨日はアイツとどんな話したんだ?キスくらいしたか?セックスまでしてたら大したもんだけどな」
「キッ!?セッ!?」
今しがた飲み込んだチキンが逆流してきそうな勢いで驚く。ただの音のはずなのに、胸の奥がざわりと波立ち、鼓動がやけに大きく響く。視線の置き場が分からなくなり、意味もなく喉を鳴らしてしまった。
顔が熱を帯びていくのが自分でもはっきりと分かる。聞こえていないふりをしたかったが、動揺は体の隅々まで行き渡り、どうにも隠しきれなかった。
「くくっ、その反応じゃあまだ手は出されてねぇみたいだな」
「なっ、なっ、なっ…!フィ、フィリオン様を下品なあなたと同じ基準ではからないで下さい!彼はそんなことしませんし、そういう欲があったとしてもその相手は決して俺になるはずがありません!」
「ったく、あんたは自分を卑下しすぎだ。オレはあんたを抱こうと思えば抱けるけどな。アイツに助けを求めながらアイツを好きだと訴える目をするあんたを組みしいたらさぞかし気持ちいいだろうなぁ?」
「~~っ!!!」
明け透けな物言いをされて怒声を浴びせてやりたいのに喉が詰まり、息だけが浅くなる。顔が火を噴きそうなほど熱くなり、視界の端がじりじりと滲んだ。
逃げ出したいほどの羞恥と、込み上げる怒りが絡み合い、どうにもほどけない。拳を握りしめてもその感情は収まらず、ただ荒れ狂うばかりだった。
「バカなことを言わないで下さい!あなたがとんだ悪趣味な性癖をお持ちなのは結構ですが、俺やフィリオン様を巻き込もうとするのはやめて頂きたい!」
「あ~…アイツを思って怒り狂うあんたの顔も最高だな?すんげーそそる。抱こうと思えば抱けるっつったけど、抱きたくなってきたわ」
「なっ!?ち、近付いたら箸で目を潰しますよ!?」
貞操の危機を感じ、椅子から素早く立ち上がり、一歩後ろに下がる。持っていた箸を顔の前で盾にするように掲げ、最低なクズ男をキッと睨み付けた。
「くくくっ、そりゃ痛そうだからやめとくわ。大人しそうな顔して案外やるな、あんた」
「俺はやるときはやるので!そこをお忘れなく!冗談はほどほどに!」
「へいへい。しっかし、まさかアイツがあんたの部屋に行くほど近い仲だったとは驚いたぜ。オレの協力がなくてもくっつくかと思ったが、どうもオレの勘があんたはさらに恋を捨てようとしてるって騒ぐんだよ。当たってっか?」
「…野生の感というやつですか」
「ビンゴみてーだな。で、その理由は?」
否定も肯定もしていないのに俺の顔色と声音だけで結論付けた男。俺は彼を侮っていたのかもしれない。この男は冴え渡る勘とは別に、人を見る目があり、分析する能力も高いのかもしれない。
フィリオン様が目の前の男を危険人物と言った意味が垣間見え、俺は箸を持つ手に力を入れた。
「これ以上はあなたと話しません」
「おいおい、そりゃねーだろ?オレのことが怖くなったか?何でも見透かされそうな気がしたんだろ。アイツにオレに近付くなと言われてるっつーのもあるだろうけどな。アイツがオレとどんな関係なのかも知りたくねぇのか?」
「フィリオン様が話さないのなら俺には知る必要のないことなので聞きません」
「盲目なこって。あんたの知らないアイツの話を聞きたくねぇか?例えば……今まで一度も参加しなかったのに今年の年越しパーティーには参加する理由、とか」
ぴく、とこめかみが動く。彼の言葉を聞き流そうとしているのに、耳が引っ張られるようにして彼の声を拾おうとしている。
とても気になっていたその理由をこの男が知っているのだと思うと、心が揺れる。フィリオン様の忠告と好きな人のことなら何でも知りたいという欲望が天秤にかけられる。
「もしそのパーティーで、アイツが婚約者候補を探すつもりだとしたら?あんたはどうする?」
その言葉が決定打となって、天秤は後者に大きく傾いた。
「婚、約者…?」
「この先は取引だ。オレが今の続きを話すかわりに、あんたは一昨日アイツと話したことを話す。どうだ?情報は情報で買うべきだと思わないか?」
「あなた…何が目的なんですか?」
「それは最初から言ってんだろ?オレはあんたとアイツをくっつけたい。両思いになったあんたがどんな目をするのか、見てぇんだよ。片思いで胸を焦がす目はこの2年半、見てきてっからな。そろそろ新たな開拓地が見たいってわけ」
軽い口ぶりでそうのたまう彼の言葉が嘘か本当か、今の俺では分からない。
人は表向きの行為と内側で考えていることは全然違う。違っているのが普通だ。俺だってそうなのだから。
しかし彼が本当にただの悪趣味な性癖を持つ変態なのだとしたら、俺にとって彼は利用価値がある。
最終的には恋心を捨ててフィリオン様の家令になるとしても、仕える主人のことを一つでも多く知っておいて損はない。
目の前の男を喜ばせるような結果にはならないと断言できるが、悪い取引ではない気がしてきた。
「…俺たちの会話は他言無用だと約束するのなら」
「取引成立だな」
そう言って目の前の男は見慣れつつある、片方の口角をくいっと上げて笑った。
声は軽いのに、その目は表情を映さない。値踏みするように、こちらの反応を一つも逃すまいと光っている。胸の奥に、嫌な重みが落ちた。
この笑顔は合意の証ではない。逃げ道が塞がれた合図だ。そう理解したときには、もう後戻りはできなかった。
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