冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)

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嫌われているようなので出て行きます③

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 それから私の行動は早かった。
 もともと一か月後に出て行く予定でいたので、タイラーには話を通して時期を早めてもらい三日後には荷物もまとめ終えた。
 小柄な自分でも持てるくらいの大きめの鞄を二つ。

 平民としてでも着られる、華美ではない衣装などを詰め込むだけ。
 それでも、ここに来なければ決して着ることのできない贅沢な衣装ばかりだけれど、まったくないのも困るし愛着がある。

 それと、宝石などの類いは置いていくことにした。
 侯爵やクリフォードから貰った誕生日プレゼントは分不相応だし、盗難に遭って後悔するのも嫌だったので机の上に置き持っていかないつもりだ。

 そもそも二年間だけだとわかっていたのでなるべく荷物は増やさないようにしていた。
 侯爵は母にも血の繋がらない私にも非常に甘く、いろいろ買い与えようとしてくれた。侯爵にとっては微々たる金額なのかもしれないけれど、連れ子でありいつかは出て行く身の私はそれに甘えるのは気が引けた。

 毎晩寝るふかふかのベッドを始め、ここでの贅沢に慣れすぎて以前の生活に戻れなくなるのも怖かったというのもある。
 母の娘だからといって我が物顔で振る舞うなんてことができる性格でもないし、むしろ私にお金をかけてもらうのは申し訳なかったくらいなので、卑屈と捉えられない程度に生活に必要な物は甘えさせてもらい必要以上の贅沢はしないように心がけていた。

 義兄の言葉を聞いてから一週間経った本日、荷物を持つと私は最後に部屋を見回した。
 この私に当てがわれた部屋だけでも、母と二人で暮らしていた家の広さがある。

 当初広すぎて落ち着かないと思っていたけれど、優しい白と柔らかなピンクを基調とした部屋の大きな窓の向こうは庭園があり、この二年で色とりどりの花々を見させてもらった。
 その景色を見ているだけで、贅沢さと心の安らぎを感じて、いつの間にかこの部屋が落ち着く場所となった。

 私がこの部屋を使うことになったことや壁紙の色もクリフォードの提案(使用人がこっそり教えてくれた)だそうで、そういうところ! と冷たくされても憎めないし、じゃあと嫌われているようだからと完全に義兄のことを割り切れなくなる要因であった。

 ――ほんと、ずるいというか。できれば仲良くなりたかった。

 そう思わずにはいられない。
 何度冷たくされても、仲良くなりたいと思う要素がちりばめられていた二年間。
 それでも決定的に嫌われたと知った今は感謝こそすれ期待はなく、もう会うこともないだろうと寂しさのみとなってしまった。

 現在、母と侯爵は二日前から仕事で王都のタウンハウスにいるため、今日出て行くことは直接話していない。
 話せば引き留められることは目に見えていて、手紙を書いた。約束の二年よりは少し早いけれど、成人すればという話であるし不義理ではないだろう。

 むしろ、次期侯爵となるクリフォードに嫌われている私は出て行くほうがここにとってはよい。
 母とは縁を切るわけでもないので、二人には感謝の手紙とともに改めて連絡するとしたためた。

 なんとなく使用人たちに気づかれないようにこそこそしているのは、義兄に知られ反応を見るのが怖かったのもあった。
 出て行くのにもあの冷ややかな視線を向けられると思うと、せいせいしたという顔をされると思うと、嫌われているとわかっていても気持ちがへこんでしまう。

 当初から屋敷では居心地がいいように配慮されていたし、使用人たちにぞんざいな扱いを受けたことはないので、それは侯爵、そして義兄のおかげだということはわかっている。
 恵まれた環境だった。

 そんなことを日々感じていたから、冷たくされても私は最後まで嫌いになれなかった。だから、もうすぐお別れとなること、誕生日だったこと、プレゼントに嬉しかったことも含め、あの言葉にショックを受けたのだ。
 最後まで打ち解けられず、嫌われたままであったけれどここでの生活は贅沢で夢のようだった。

「ありがとうございました」

 私は部屋に向かって深々と一礼し扉を開けた。
 寂しくもありやり残したことがあるような後ろ髪を引かれる気分だったけど、いつまでも感傷的なのはいけないと一歩踏み出した、――と同時に視界を阻まれてたたらを踏んだ。


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