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紫と衝動
45.男爵家の娘
しおりを挟むよくわからない勢いで入ったのがよかったのか、細い目をしたスーツを着た男を見ても緊張せず、私はすっと冷静になれた。
しっかり見極めようと目の前の男に集中する。
「ようこそお越しくださいました。さっそくですがどのような奴隷をご所望でしょうか?」
「十代半ばくらいの若い人がいいです。できれば、主人に従順であるほうがいい」
「当店の魔法契約はしっかりしておりますので、契約者に歯向かうことは決してできないためご安心ください。性別は男女どちらがいいでしょうか?」
「特に気にしません」
マリアンヌはとにかく美しい者、自慢できる者、自分を引き立てる者、役に立つ者をそばに置きたがる。
ベアティを連れてきたのは護衛の意味もあるが、実際に私の近くにいる若い男性が見目麗しければ理解されやすいと思ったからだ。
男性に限定すべきかとは思ったが、見るだけならどちらも見ておけばいいだろう。
ここでマリアンヌが奴隷を購入したかどうかを訊ねると怪しまれるし教えてもらえないだろうが、なんらかの力を行使し、それがいまだ有効であれば私にはわかる。
黒い靄の正体がはっきりし、元凶の一人はマリアンヌであるとわかった以上、彼女を追い詰めるための要因を探るには私が実際出向くしかない。
そのため、心配する周囲を説得してこうしてやってきたのだ。
しばらくすると、奴隷商人が十人ほどの奴隷を連れてくる。
彼らは清潔に保たれており、健康体そのものでほっと安堵した。
綺麗な場所で合法的に扱われた奴隷。少なくとも表向きは国の基準をしっかり守っているようだ。
「どうでしょうか?」
「一人ずつじっくり見ても?」
すでに気になった私と同じ年頃の女性が一人いたが、一直線に彼女のもとに行くと怪しまれそうなのでそう訊ねると、奴隷商人はもちろんだと頷いた。
ベアティとともに、彼らの前に立つ。
反抗的な目をしている者、諦めている者、何も感じていない者、縋るように見てくる者、様々な視線にさらされながら、件の女性の前に立った。
できるだけ表情を変えないようにしていたが、まじまじと見つめ、死に戻り前に見知った人物であることを確認し眉を寄せる。
「彼女はどこかで見たことがあるような気がします」
そう伝えると、彼女は小さく目を見開き、ついで視線を逸らしてきゅっと口を引き結んだ。
こげ茶色の髪にそばかすが散った彼女は、本来は快活に笑う明るい女性だ。だが、その姿は卑屈にそして何かを恥じ、私が知る彼女とは正反対の複雑な感情を表していた。
「様々な理由で奴隷になりますからね。知り合いがといったことは全くないとは言い切れませんよ」
「そうですか」
奴隷商人の言葉に頷き、再度彼女を見た。
あまりにも私の知る彼女の表情と違ったので、本当に彼女だろうかと最初は疑うほどだったが間違いない。
今回は貴族との交流をなるべく避けてきたため、男爵家の令嬢である彼女と接点はなかったが、私が七歳の時に倒れた茶会に彼女も参加していた。
死に戻り前、私たちはその時から交流していた。
だから、私は学園で彼女に会うのを楽しみにしていた。学園に入れば、彼女とまた親しくなれるとそう疑っていなかった。
その彼女、ロレッタがどうして奴隷になっているのか。
しかも、ロレッタは回復スキル持ちであり、この国でこのような扱いを受けるような人物ではない
マリアンヌの活躍が目立っていたが、ロレッタの持ち前の性格から彼女は惜しみなくその力を行使し、身分関係なく人々の力になっていた。
マリアンヌがパフォーマンスで大々的に力を見せびらかす一方で、その陰に隠れて人々を救ってきたのはロレッタだ。
彼女の境遇は決して良いとはいえなかったが、それについて誰かを恨むこともせず、周囲を気遣える彼女を私はとても尊敬していた。
なのに、どうしてこのような場所で出会ったのか。
ロレッタと視線が合わない。
まるで恥じているような姿に、かつてどんな時でも自信が漲っていた彼女とは違う。
あいにく私がマリアンヌに囚われてしまい、彼女は彼女で忙しくて、学園での交流は盛んではなかったけれど、彼女だけはずっと変わらなかった。
じっと見つめ、なぜこれほどまでに恥じているのか、彼女の生い立ちや性格を改めて考えはっとする。
――もしかして、回復スキルを失った?
ロレッタには兄弟姉妹が多くいた。だから、彼女は家族のためにとスキルを使って貢献し、彼女のおかげで男爵家は維持できていたといっても過言ではない。
しかも彼女の両親は傲慢で、ロレッタの能力を利用しているところがあった。
家を継ぐ長男ばかり可愛がり散々蔑んできたのに、ロレッタがスキル持ちだとわかると露骨に態度を変えた。
ロレッタがそれでいいとしていたし、家族の問題に土足で入るわけにもいかず見守っていたが、私はそのことに納得はしていなかった。
そんな彼女の両親ならロレッタが使い物にならないとなれば、奴隷として金の足しに売ったとしても不思議ではない。
「スキルは持っていないのでしょうか?」
「ここの奴隷たちは持っていないですね。そもそもスキル持ちは高額で取引されますし、扱いはもう一つ上になります。それにスキル持ちは奴隷になること自体稀ですから」
「そうですね……」
やはりそうだ。
彼女はスキル持ちではなくなり、家族に捨てられ奴隷にさせられた。
その事実に、頭を強く殴られたような衝撃を覚えた。
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