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5.秘策の結末③
しおりを挟む張りのある黒髪がさらさらとなびき、赤の双眸が興味津々に自分に注がれ、リリエンは慌てた。
きゅっと唇を引き結び常に機嫌が悪そうなイメージはあるが、薄い唇に縁取られた口は本気で笑うと意外に大きく横に広がることをもう知っている。
この部屋に入ることを許されてから、エルドレッドは冷たくも厳しくもなかったが、単純に『邪魔しないなら追い出すのも面倒だし置いておく』程度の熱量だった。
リリエンも邪魔だけはしないように気を配りながら、当初の目的を忘れずたまに話しかけたりしていた。
そのおかげでエルドレッドの態度は軟化していったけれど、あくまで『邪魔をしなければ』が前提だ。
遠慮せずに話しかけるほうが表情の険が取れると、ぽんぽんと言い合うようにはなったけれど、それも『気を遣われるのも面倒』という理由だ。
――ったはずなんだけど……。
距離感の違いに戸惑ってしまう。
あの面倒くさがりの殿下が実践までするその心は?
妙な焦りで喉が乾きこくっと中途半端に喉を鳴らし、リリエンは口を開いた。
「……あっ。実践せずとも、殿下は十分素質があると思います」
エルドレッドの持つ身分や美しい顔立ちにそれほど深い関心は持っていないリリエンでも、興味を浮かべた笑みを向けられればその端整な顔に意識は向くし動揺する。
何しろ、今までにないほど距離が近い。これがいけない。
「ふうん? 素質ね。つまり、リリエンは俺を意識している?」
くいっと顎を持ち上げられ見つめられる。
こくこくと顎を掴まれたまま小さく頷くと、エルドレッドが悠々と笑みを浮かべた。
「それはよかった。なら、もっと意識しろよ」
リリエンは驚愕で目を見開いた。
――なんでそうなる????
「いや、なんで?」
内心の動揺のまま訊ねると、エルドレッドはリリエンの唇に親指を押し当て顔を近づけた。
「実践」
ぽそりと一言落とし、顔を近づけてくる。
ぎゃーっ、と内心大慌てしているのに身体はぴくりとも動いてくれなくて、リリエンはその美貌が近くのをただただ眺めるはめになった。
「あっ」
冴え冴えとした瞳の奥が熱に揺らめく。
指をどけたら触れてしまうところで耐えきれなくて声を漏らすと、触れる寸前でぱっと顔が離された。
「さすがにここまではな。ふっ。本当にされると思ったか?」
吐息の感触だけを残し、エルドレッドがにやにやしながらリリエンの頬をすぅっと優しく撫でた。
はくはくと驚きと羞恥で口を動かしていると、こつり額をくっつけてくる。
「な、な、なっ」
「可愛らしい反応だな。リリエン。これからよろしくな」
ろくな反応が出来ずに声を上げていると、エルドレッドが凄絶な笑みを浮かべた。
そうして、この日から実技? を含む実践が毎日行われることになった。
今まで、ふらっと訪れきっかり一時間気楽に過ごしていたのが一変。
毎度、リリエンはよれよれになりながら部屋を出て行くことになり、それもまた、くしくもリリエンが考えていたエルドレッドの噂払拭に一役を買っていた。
本日も際どい接触を終え、リリエンはぜえぜえ息を吐きながら、エルドレッドを見上げた。
「こ、これで終わりですね。エルドレッド殿下、女性に興味を持っていただけましたでしょうか?」
「そうだな」
リリエンはよしっと内心ガッツポーズをした。
ここまでしておいて、女性に興味ないと言われた日には干からびてしまって涙も出なかったであろう。
だけど、頑張った甲斐があって、色よい返事を聞けた。
リリエンの頭の中でチャリンチャリンと金の音がなる。ついでに、黄金の鐘も鳴った。
大量の本と濃い中身に、贈った自分を呪いたいと何度思っただろうか。
だけど、領地を思い、切り詰めた生活を考えると引くに引けず、本日無事に目を通し実践という名の羞恥も乗り越えた。
「本当ですか?」
その成果がしっかりと表れたことがわかったのだ。
リリエンはぱあっと表情を明るくさせ、ほこほこと笑顔を浮かべた。
それを見たエルドレッドが、するりとリリエンの薄紫ピンクの髪を一房取り口づける。
「ああ。成果は出ているな。これもリリエンのおかげだ」
近い距離も熱っぽい視線も気にならない。
散々、エルドレッドに慣らされてきたリリエンは、これくらいの仕草や距離は不意打ちを食らわなければ受止められるようになっていた。
そうだろう、そうだろうと、リリエンは報われたことに終始ご機嫌で、こちらも機嫌の良いエルドレッドと話をし、その日は今までで一番実りのある楽しい時間を過ごした。
そして、言質とったぞとリリエンはその足で皇后に成果を報告し、報酬を受け取るとすたこらと領地へと帰るのだった。
次の日、エルドレッドの執務室。
「人を弄びやがって。覚悟しろ、リリエン。俺の興味を引いたんだ。最後まで責任を取ってもらおうか」
いつもの時間になっても現れないリリエンを探し、その話を聞いたエルドレッドの不敵な笑い声が響いたのだった。
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