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5.秘策の結末④
しおりを挟むものすごく機嫌が悪くなったエルドレッドとは正反対に、領地に戻ったリリエンは良い仕事をしたと清々し気持ちで、前金で修繕済みの厩舎を眺めほこほこしていた。
キス寸前やそれ以上のあれやこれや、思い出せば羞恥ものだけれど一線は越えていない。
――もう二度とあんな恥ずかしいことはごめんだわ。
精神がごりごり削れ、神経が焼き切れるかと思うほどの負荷だ。
エルドレッドの雰囲気作りが上手すぎる。もともとの気質のためか、リードも自然でついつい流されてしまった。
勉強といえば勉強で、リリエンとしても知らないよりは知っていたら今後役立つかもれないしと経験の一つだと思う外ない。
その日、美しい朝日とともに目を覚ましたリリエンは、腕をぐっと上げて伸びをしカーテンを開けた。
今回の報酬はほぼほぼ修繕に充て、あっちこっち補強の跡だらけだった建物も今は順番に綺麗になっている。
少しずつ進んでいく過程に、リリエンはニマニマと頬を緩めた。
「この景色見ると気分いいわよね」
頑張った成果がわかりやすくあるのは良いことだ。
ついでにエルドレッドは元気にしているだろうかと思わないでもないけれど、あの皇子なら自ら望んだ道を突き進むだろう。
そこに皇后が望む女性もついてくれば万々歳だけれど、リリエンの仕事は興味を持ってもらえるまでなのでその後のことは知らない。
「よし、今日も頑張りますか」
ふふふんと身支度をして階下に下りると、そこには先ほどちらりと脳裏をかすめた人物が優雅に足を組んで座っていた。
「エ、エルドレッド殿下!? どうしてこんなところに?」
リリエンが声を上げると、リリエンを視界にとめたエルドレッドが立ち上がった。
皇子を相手にした両親はひたすら恐縮してじっと座っていたようだが、リリエンの顔を見てほっと息を吐き出した。
用のない私たちはこれでと、すたこらさっさと部屋から出て行く。
残されたリリエンは、数日ぶりのエルドレッドと顔を合わせた。
目の前にやってきたエルドレッドは口元に笑みをかたどり、リリエンの頬をむにゅっと長い指で挟む。
「リリエン。よくも好き勝手してくれたな」
反射的に誤魔化すようにへらりと気が抜けた笑顔を返してしまいそうになり、リリエンははっとして気も頬も引き締めた。
どうやらあのタイミングで領地に帰ったことが、気にくわなかったらしい。
きりきりと目くじらを立てたエルドレッドを目の前に、リリエンは瞬きを繰り返し、怒っているのかと眉尻を下げた。
「何か不都合がありましたでしょうか?」
今回の仕事、リリエンは最善を尽くした。自分のできる限りのことをした。
それに最後は、エルドレッドも随分ご機嫌で互いに楽しい時間を過ごせたはずだ。なのに、なんでこんなにご機嫌斜めなのだろうか。
うーんと悩ましげに瞼を伏せると、エルドレッドは大きな溜め息をついた。
「……全く何もわかっていなかったんだな。俺を金のために弄びやがって」
「ご、誤解です。何てことを言うのですか!?」
「だってそうだろう? 自分から押しかけてきておいて挨拶もなしに帰るとは薄情だな」
「それはほかの令嬢だって同じじゃないですか」
殿下目当てで突撃してきた女性たちと何が違うのだろうか?
彼女たちは皆追い出されてしまったけれど、追い出された者と追い出されなかった者の違いというだけで、最初からリリエンは目的も告げていた。
「いいや。違うね。お前は金をもらえばそのままとんずらするつもりだっただろう?」
実際、そうしたしなと皮肉げに口の端を引き上げ、エルドレッドはずいっと顔を寄せてくる。
「と、とんずら。先ほどからお言葉がよろしくありません」
「とんずらじゃないというならば、俺のもとにいるのだな」
「そ、それは……」
話せば吐息が触れるほどの近さに、数日ぶりの息遣いに、無理矢理押し込めて忘れようと思っていたあれやこれやが一気に駆け巡った。
ぶわりと顔を赤くしたリリエンを、エルドレッドが咎めながらも熱のこもった眼差しで射る。
「責任を取れといっただろう?」
「実践に付き合ったじゃないですか?」
「あれはリリエンのための慣らしだ」
――あれが?
唇が微かに触れ、少しでも動けばさらに触れてしまうと視線だけで訴えると、エルドレッドは見惚れるような笑みを刷いて、うっそりとささやいた。
「俺を惚れさせたんだ。最後まで責任持って俺と付き合ってくれるよな?」
告白に反応する前に、唇が重なる。
身体が浮きそうなほどぎゅっと抱きしめられ、背が仰け反った。
しばらく唇を触れ合わせていたがエルドレッドは顔を上げると、つま先立ちになったリリエンの目尻にキスを落とされた。
それから、頬や耳や、顔中に何度も軽く口づけられる。
「で、んか?」
キスを受けるたびに、好きだと言われているようで、むずむずする心を持て余したリリエンは、エルドレッドにされるがままキスを受け入れた。
「リリエン。好きだ」
告白も自信が溢れる力強いもので、生命力溢れた赤の双眸の美しさに見惚れていると、また形のいい唇が近づいてきた。
「もう一度、キスしてもいいか」
触れる寸前に問われる。
ここまで追いかけてきたことや、告白にぽおっとなったリリエンは小さく頷いた。
「んっ」
消極的な受諾に、エルドレッドは嬉しそうに口角を上げリリエンの唇を奪った。
何度かのキスの後、エルドレッドが手を絡ませながら訊ねてくる。
「さて、リリエン。責任持って一緒に帰るよな?」
「だから、そんなつもりではなかったんです!」
ついキスを受け入れてしまったし、告白も嬉しかったけれど……。
キスを受け入れるくらいだから異性として好きだとは思うが、それとこれとは別だ。
リリエンの心からの叫びが、ブリック家に木霊した。
三日後。皇后とタッグを組んだエルドレッドに再び連れ戻され、今度は攻守交代となり再びエルドレッドとの攻防戦が始まるのだった。
FIN.
いろいろ攻防戦を書きたくなる二人です。
お付き合い、そして、今作もハートやエール、本棚登録とありがとうございました(*´∀人)♪
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くっ(๑´>᎑<)~♡
ここで完結なのですねっ
これから…これからが楽しみです!
ここからの攻防戦も、彩里先生のタイミングの良い時に考えていただけると嬉しいなぁ(*ノ>ᴗ<)テヘッ✧
何はともあれ完結お疲れさまでした㊗️🥂✧
無事短編として完結です。
今作はだいぶ耐えました笑
嬉しいです✨
ご要望いただけるのなら、攻防戦あれこれ書いてみたい二人なので、一度寝かせることにはなりますができたら練ってみたいです♪
今作もお付き合いありがとうございますヾ(*≧∀≦*)ノ
Σ(゚□゚)あっ!!皇子違いスイマセン💦
今作、皇子なんですよね(*´꒳`ฅ
私も変換何度か間違いそうになりました💦
予告道り完結!! 👏(・_・)スバラシイ
出来れば、王子視点のお話しお願いします(≧∇≦)b
長くなってしまう私にしては予定通りの短編にできました笑
途中、いろいろ書きかけてはボツリ、その一つに皇子視点もあります(๑•ω•́ฅ✧
他作取り掛かり始めたので、一度寝かせて余裕できた時に楽しく加筆できたらなとは⤴︎
今作もお付き合いありがとうございます♪