殿下、そんなつもりではなかったんです!

橋本彩里(Ayari)

文字の大きさ
7 / 8

5.秘策の結末③

しおりを挟む
 
 張りのある黒髪がさらさらとなびき、赤の双眸が興味津々に自分に注がれ、リリエンは慌てた。
 きゅっと唇を引き結び常に機嫌が悪そうなイメージはあるが、薄い唇に縁取られた口は本気で笑うと意外に大きく横に広がることをもう知っている。

 この部屋に入ることを許されてから、エルドレッドは冷たくも厳しくもなかったが、単純に『邪魔しないなら追い出すのも面倒だし置いておく』程度の熱量だった。
 リリエンも邪魔だけはしないように気を配りながら、当初の目的を忘れずたまに話しかけたりしていた。

 そのおかげでエルドレッドの態度は軟化していったけれど、あくまで『邪魔をしなければ』が前提だ。
 遠慮せずに話しかけるほうが表情の険が取れると、ぽんぽんと言い合うようにはなったけれど、それも『気を遣われるのも面倒』という理由だ。

 ――ったはずなんだけど……。

 距離感の違いに戸惑ってしまう。
 あの面倒くさがりの殿下が実践までするその心は?
 妙な焦りで喉が乾きこくっと中途半端に喉を鳴らし、リリエンは口を開いた。

「……あっ。実践せずとも、殿下は十分素質があると思います」

 エルドレッドの持つ身分や美しい顔立ちにそれほど深い関心は持っていないリリエンでも、興味を浮かべた笑みを向けられればその端整な顔に意識は向くし動揺する。
 何しろ、今までにないほど距離が近い。これがいけない。

「ふうん? 素質ね。つまり、リリエンは俺を意識している?」

 くいっと顎を持ち上げられ見つめられる。
 こくこくと顎を掴まれたまま小さく頷くと、エルドレッドが悠々と笑みを浮かべた。

「それはよかった。なら、もっと意識しろよ」

 リリエンは驚愕で目を見開いた。

 ――なんでそうなる????

「いや、なんで?」

 内心の動揺のまま訊ねると、エルドレッドはリリエンの唇に親指を押し当て顔を近づけた。

「実践」

 ぽそりと一言落とし、顔を近づけてくる。
 ぎゃーっ、と内心大慌てしているのに身体はぴくりとも動いてくれなくて、リリエンはその美貌が近くのをただただ眺めるはめになった。

「あっ」

 冴え冴えとした瞳の奥が熱に揺らめく。
 指をどけたら触れてしまうところで耐えきれなくて声を漏らすと、触れる寸前でぱっと顔が離された。

「さすがにここまではな。ふっ。本当にされると思ったか?」

 吐息の感触だけを残し、エルドレッドがにやにやしながらリリエンの頬をすぅっと優しく撫でた。
 はくはくと驚きと羞恥で口を動かしていると、こつり額をくっつけてくる。

「な、な、なっ」
「可愛らしい反応だな。リリエン。これからよろしくな」

 ろくな反応が出来ずに声を上げていると、エルドレッドが凄絶な笑みを浮かべた。

 そうして、この日から実技? を含む実践が毎日行われることになった。
 今まで、ふらっと訪れきっかり一時間気楽に過ごしていたのが一変。
 毎度、リリエンはよれよれになりながら部屋を出て行くことになり、それもまた、くしくもリリエンが考えていたエルドレッドの噂払拭に一役を買っていた。

 本日も際どい接触を終え、リリエンはぜえぜえ息を吐きながら、エルドレッドを見上げた。

「こ、これで終わりですね。エルドレッド殿下、女性に興味を持っていただけましたでしょうか?」
「そうだな」

 リリエンはよしっと内心ガッツポーズをした。
 ここまでしておいて、女性に興味ないと言われた日には干からびてしまって涙も出なかったであろう。

 だけど、頑張った甲斐があって、色よい返事を聞けた。
 リリエンの頭の中でチャリンチャリンと金の音がなる。ついでに、黄金の鐘も鳴った。

 大量の本と濃い中身に、贈った自分を呪いたいと何度思っただろうか。
 だけど、領地を思い、切り詰めた生活を考えると引くに引けず、本日無事に目を通し実践という名の羞恥も乗り越えた。

「本当ですか?」

 その成果がしっかりと表れたことがわかったのだ。
 リリエンはぱあっと表情を明るくさせ、ほこほこと笑顔を浮かべた。
 それを見たエルドレッドが、するりとリリエンの薄紫ピンクの髪を一房取り口づける。

「ああ。成果は出ているな。これもリリエンのおかげだ」

 近い距離も熱っぽい視線も気にならない。
 散々、エルドレッドに慣らされてきたリリエンは、これくらいの仕草や距離は不意打ちを食らわなければ受止められるようになっていた。

 そうだろう、そうだろうと、リリエンは報われたことに終始ご機嫌で、こちらも機嫌の良いエルドレッドと話をし、その日は今までで一番実りのある楽しい時間を過ごした。
 そして、言質とったぞとリリエンはその足で皇后に成果を報告し、報酬を受け取るとすたこらと領地へと帰るのだった。

 次の日、エルドレッドの執務室。

「人を弄びやがって。覚悟しろ、リリエン。俺の興味を引いたんだ。最後まで責任を取ってもらおうか」

 いつもの時間になっても現れないリリエンを探し、その話を聞いたエルドレッドの不敵な笑い声が響いたのだった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

妹の初恋は私の婚約者

あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、第一王子から婚約破棄を宣言されたカミーユ。王子が選んだのは、カミーユの妹ジョフロアだった。だが、ジョフロアには王子との婚約が許されない秘密があった。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」 婚約者として五年間尽くしたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。 他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。 彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。 ――その役割が、突然奪われるまでは。 公の場で告げられた一方的な婚約破棄。 理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。 ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。 だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。 些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。 それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。 一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。 求められたのは、身分でも立場でもない。 彼女自身の能力だった。 婚約破棄から始まる、 静かで冷静な逆転劇。 王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、 やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。 -

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...