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「やっぱり一緒に育てるのは難しい……っていうの?」
「そうでは……、いや、そうだな。難しいのだと思う」
父と母の言い争うような声が聞こえる。声を抑えているようだったが、冷静な父に対して母の声は激高しているようだった。
ここはどこだろう──。
両親の声と鼻の奥につんと香る消毒液の匂い。ベッドは少しだけ固い気がするが気のせいかな……、亜季はそんな事を考えて眠りに落ちた。
再び目覚めた亜季の目に映ったのは、白い天井と無機質な蛍光灯の明かりだった。
(ここは……)
自室ではない。
首だけで辺りを見回すと、こじゃれたデザインのサイドチェストと小さなソファとローテーブルの応接セットが見える。そこだけ見るとまるでホテルの一室のようだった。
だが、そこがホテルの部屋ではないことは、亜季の腕に繋がれた点滴と、異質に白く光る蛍光灯が物語っている。
(病院?)
起き上がろうとして、体に全く力が入らないことに気づく。
ここが病院なら、ナースコール設備があるのではと考え、ベッドの周りを首だけで探してみるが、見つからない。
(どうして……病院に……)
亜季は何があったのか思い出そうとしたその時、ノックの音がして扉が開かれる。
「あ、亜季坊ちゃま! 目を覚まされましたか」
「はい」と答えようとしたが、喉ががさがさで声が出ない。
「よかった……」
安堵を見せるいつもの家政婦に、表情で疑問を投げかける。一体なんで病院に……。
父と母の声を聴いた気がしたが、いないのだろうか。
そもそもいまは何時だろう。
「三日……三日も寝ていらしたのですよ」
亜季は家政婦が言っていることが理解できなかった。なぜ自分が病院で三日も寝込むことになったのか。
そう考えると、そういえば風邪を引いたのか熱があった。こじらせて肺炎にでもなったのだろう。
だが、暖かな寝具にくるまれて、空調もしっかりした部屋にいて肺炎になどなるものだろうか──。
そこで亜季は三日前になにがあったのか、委細を思い出した。
自分が発情期になったことを。
「あ、あ、いやだ……いやだああ!!」
「坊ちゃま! あ、落ち着いてくださいまし」
「いや、いや!」
家政婦は亜季をなだめようと一歩踏み込んでたたらを踏んで、医者を呼びに外へと駆け出していく。
初めての発情期は十分すぎるほど、亜季にトラウマを植え付けた。
自分は誰彼かまわずに誘惑し、性交を行う「汚らわしいオメガ」なのだと──。
それからまた数日を病院で過ごした。亜季の誕生日はそうしているうちに過ぎてしまった。晴臣から贈られていた「プレゼントは?」というメッセージを思い出す。
その晴臣にもあの日の亜季の痴態を見られていたことを考えれば、誕生日プレゼントどころではない。
病院に入院している間、あんなに自分を愛してくれていた家族は一度も見舞いに来ることはなかった。
亜季もそれはそうだと思う。
兄弟であんな行為に耽ってしまったのだ。誰がそんな「汚らわしいオメガ」を家族だと思えるというのだろう。
実際のところはわからない。院内にいることもあり、携帯電話はなかった。だが、メールや電話が入っているとも思えなかった。亜季が自分の携帯を持っていないことは家族だって知っている。そこにわざわざメールや着信を残す人はいない。
それでも会いに来ないということが答え合わせだと思った。
このまま回復しても家に帰って、どのような顔をして家族と会えばいいのか亜季にはわからない。両親を、兄弟を恋しく思うことはあったが、会ったときにどのような表情を浮かべられるかを想像するだけで恐ろしかった。
だが、亜季の悩みは無駄な心配となる。
退院する日、家族は誰一人として迎えに来てはくれなかった。
それどころか……。
「亜季坊ちゃま、参りましょう」
その日はいつもの家政婦が退院の諸手続きに、と訪れていた。
乾燥した秋晴れの抜けるような青い空、陽の光はぽかぽかと温かいが亜季の心は吹き付ける冬を感じさせる風のような冷たい。
乗せられたタクシーの中で告げられた言葉に、亜季は絶望する。
「このまま、学校の寮へと参りますね」
迎えに来なかっただけでなく、全寮制のオメガだけの学校に転校させられていた。
必要なものは全て家から学校に送ってあると。ただ、寮に持ち込めるものは限りがあるので、服や生活に必要なもののみとのことだった。
一度も家に帰ることも、家族に会うこともなく、遠い山奥の隔離されたオメガ専用の学校に入れられた。
完全に厄介払いだった。
「旦那様も奥様も亜季坊ちゃまを大変心配されて……」
心配などしているのか、本当に。
「最善の道を探されて苦渋のご選択をなさったのですよ」
そんなわけない。
最善だったのかもしれない。それは確かにそう思う。
また同じ屋根の下に暮らして、兄弟で何かあってはアルファの兄弟たちの経歴に傷がつく。
亜季の両親はそれぞれがそれぞれに起こした会社と代々家が経営している会社といくつかの事業を行っていた。両親は大変忙しく、長兄の晴臣は成人しておりその事業に携わっていた。次男の冬紀も大学生の身でありながら、インターンとしてすでに会社の業務を手伝っていた。
そんな兄弟たちと、兄弟間で何かがあったら、まあ既にあったのだが、それが世間に知られれば、事業にとっても家族にとっても大きな醜聞になることは間違いない。
亜季は家族の事情を考え、両親の決定を理解しようとしたし、理解は出来た。だが、それに心がついていくかは別の問題だった。
「厄介払い……か」
聞こえないほど小さい声でつぶやいたつもりだったが、すぐ隣に座っている家政婦には聞こえてしまったようで、「そんなことは!」と声をあげる。
「ないって言いきれる?」
「ございません!」
力強く言い切る家政婦を冷ややかな表情で横目で見る。
亜季はそんな社交辞令を素直に受け入れられるような心境ではなかった。
「そうでは……、いや、そうだな。難しいのだと思う」
父と母の言い争うような声が聞こえる。声を抑えているようだったが、冷静な父に対して母の声は激高しているようだった。
ここはどこだろう──。
両親の声と鼻の奥につんと香る消毒液の匂い。ベッドは少しだけ固い気がするが気のせいかな……、亜季はそんな事を考えて眠りに落ちた。
再び目覚めた亜季の目に映ったのは、白い天井と無機質な蛍光灯の明かりだった。
(ここは……)
自室ではない。
首だけで辺りを見回すと、こじゃれたデザインのサイドチェストと小さなソファとローテーブルの応接セットが見える。そこだけ見るとまるでホテルの一室のようだった。
だが、そこがホテルの部屋ではないことは、亜季の腕に繋がれた点滴と、異質に白く光る蛍光灯が物語っている。
(病院?)
起き上がろうとして、体に全く力が入らないことに気づく。
ここが病院なら、ナースコール設備があるのではと考え、ベッドの周りを首だけで探してみるが、見つからない。
(どうして……病院に……)
亜季は何があったのか思い出そうとしたその時、ノックの音がして扉が開かれる。
「あ、亜季坊ちゃま! 目を覚まされましたか」
「はい」と答えようとしたが、喉ががさがさで声が出ない。
「よかった……」
安堵を見せるいつもの家政婦に、表情で疑問を投げかける。一体なんで病院に……。
父と母の声を聴いた気がしたが、いないのだろうか。
そもそもいまは何時だろう。
「三日……三日も寝ていらしたのですよ」
亜季は家政婦が言っていることが理解できなかった。なぜ自分が病院で三日も寝込むことになったのか。
そう考えると、そういえば風邪を引いたのか熱があった。こじらせて肺炎にでもなったのだろう。
だが、暖かな寝具にくるまれて、空調もしっかりした部屋にいて肺炎になどなるものだろうか──。
そこで亜季は三日前になにがあったのか、委細を思い出した。
自分が発情期になったことを。
「あ、あ、いやだ……いやだああ!!」
「坊ちゃま! あ、落ち着いてくださいまし」
「いや、いや!」
家政婦は亜季をなだめようと一歩踏み込んでたたらを踏んで、医者を呼びに外へと駆け出していく。
初めての発情期は十分すぎるほど、亜季にトラウマを植え付けた。
自分は誰彼かまわずに誘惑し、性交を行う「汚らわしいオメガ」なのだと──。
それからまた数日を病院で過ごした。亜季の誕生日はそうしているうちに過ぎてしまった。晴臣から贈られていた「プレゼントは?」というメッセージを思い出す。
その晴臣にもあの日の亜季の痴態を見られていたことを考えれば、誕生日プレゼントどころではない。
病院に入院している間、あんなに自分を愛してくれていた家族は一度も見舞いに来ることはなかった。
亜季もそれはそうだと思う。
兄弟であんな行為に耽ってしまったのだ。誰がそんな「汚らわしいオメガ」を家族だと思えるというのだろう。
実際のところはわからない。院内にいることもあり、携帯電話はなかった。だが、メールや電話が入っているとも思えなかった。亜季が自分の携帯を持っていないことは家族だって知っている。そこにわざわざメールや着信を残す人はいない。
それでも会いに来ないということが答え合わせだと思った。
このまま回復しても家に帰って、どのような顔をして家族と会えばいいのか亜季にはわからない。両親を、兄弟を恋しく思うことはあったが、会ったときにどのような表情を浮かべられるかを想像するだけで恐ろしかった。
だが、亜季の悩みは無駄な心配となる。
退院する日、家族は誰一人として迎えに来てはくれなかった。
それどころか……。
「亜季坊ちゃま、参りましょう」
その日はいつもの家政婦が退院の諸手続きに、と訪れていた。
乾燥した秋晴れの抜けるような青い空、陽の光はぽかぽかと温かいが亜季の心は吹き付ける冬を感じさせる風のような冷たい。
乗せられたタクシーの中で告げられた言葉に、亜季は絶望する。
「このまま、学校の寮へと参りますね」
迎えに来なかっただけでなく、全寮制のオメガだけの学校に転校させられていた。
必要なものは全て家から学校に送ってあると。ただ、寮に持ち込めるものは限りがあるので、服や生活に必要なもののみとのことだった。
一度も家に帰ることも、家族に会うこともなく、遠い山奥の隔離されたオメガ専用の学校に入れられた。
完全に厄介払いだった。
「旦那様も奥様も亜季坊ちゃまを大変心配されて……」
心配などしているのか、本当に。
「最善の道を探されて苦渋のご選択をなさったのですよ」
そんなわけない。
最善だったのかもしれない。それは確かにそう思う。
また同じ屋根の下に暮らして、兄弟で何かあってはアルファの兄弟たちの経歴に傷がつく。
亜季の両親はそれぞれがそれぞれに起こした会社と代々家が経営している会社といくつかの事業を行っていた。両親は大変忙しく、長兄の晴臣は成人しておりその事業に携わっていた。次男の冬紀も大学生の身でありながら、インターンとしてすでに会社の業務を手伝っていた。
そんな兄弟たちと、兄弟間で何かがあったら、まあ既にあったのだが、それが世間に知られれば、事業にとっても家族にとっても大きな醜聞になることは間違いない。
亜季は家族の事情を考え、両親の決定を理解しようとしたし、理解は出来た。だが、それに心がついていくかは別の問題だった。
「厄介払い……か」
聞こえないほど小さい声でつぶやいたつもりだったが、すぐ隣に座っている家政婦には聞こえてしまったようで、「そんなことは!」と声をあげる。
「ないって言いきれる?」
「ございません!」
力強く言い切る家政婦を冷ややかな表情で横目で見る。
亜季はそんな社交辞令を素直に受け入れられるような心境ではなかった。
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