これは報われない恋だ。

朝陽天満

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738、元気になってよかった

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 カバンに入っていたカンテラ風のライトが暗い部屋の中で揺れる。

 一通りの道具を入れて来て、本当によかったと思う。

 でも、時間を追うごとに、鳥は力を失っていってる気がする。

 胸の上下がだんだんとゆっくりになってるのがわかる。

 水筒の水を蓋に入れて差し出しても深すぎるのか口もつけず、手の平に少しだけ注いで鳥の顔の前に持って行ったら少しだけ飲んだけど、すぐに零れてしまってなかなか上手くいかない。せめて水くらいは飲んで欲しい。

 ふと、目に留まったのはヴィデロさんが出してくれた水。

 葉っぱのコップに入った水は、そのままの状態で残っていた。あまり深くなく、しかも上手く作ってあるからか、今の所全く零れていないそれは、とても飲ませやすそうに見えた。

 お供えしたものだけど、目の前の命には代えられない。

 俺は鳥を抱えたまま銅像の前に移動して、葉っぱを手に取った。

 鳥の前に水を持っていくと、鳥はゆっくりと頭を動かして、くちばしを水に差し込んだ。

 そして、顔を上げてくちばしをパクパクさせて、また水にくちばしをつける。

 飲んでるみたいだ、とホッとして、しばらくは水を飲む鳥の様子を見ていた。

 コップが空になると、鳥はようやく掠れることなく、ピ、と鳴き声を上げた。可愛らしい鳴き声だった。



「ちょっとは元気になったか? 俺の大好きな人が魔法で出してくれた水なんだ」



 ピピ、と鳥が鳴く。くちばしで葉っぱのコップをカプっと齧ると、もっととねだるように小さく振った。可愛い。

 葉っぱのコップに水筒から水を注いで差し出すと、今度は口をつけようとしない。

 もしかして、普通の水じゃなくて、ヴィデロさんが出した水が飲みたいのかな。

 魔法で出したやつ。





「ごめん、俺は魔法を使えないんだ。普通の水じゃダメなの? じゃあ、他には……非常食……は鳥にあげるのはダメだよなあ。人間用に成分調整してるやつだから」



 どうしよう、と思案しながら指で小さく頭を撫でると、鳥は、く、と目を瞑った。ぐい、と指に頭を押し付けてくる力強い動きに、さっきまでの弱弱しさはなくなっていて、ホッとする。

 気持ちよさそうにする鳥をしばらく撫でていると、鳥は目を瞑ったまま静かになった。寝たみたいだった。

 ライトの光を落として、薄暗くする。タオルを手にしたまま、俺は携帯端末を取り出した。

 そっと『こっちはだいじょうぶ』とひらがなでメッセージを打って、送信する。

 すると、少ししてから返信が来た。



『こちらは無事合流することが出来た。健吾一人がいない状況だ。それにしても、ここは衛星写真でしか見たことがなかったが、実際に足を踏み入れてみるとおかしな点が沢山あるな』



 ひらがな返事だと思って開いたメッセージは、そんな言葉で始まっていた。



『おかしいと思われる所は、まず、この内部の作り。神社ともお寺とも違うものだ。健吾が入っていると思われる本殿は、今は硬く閉じている。ヴィデロが足を踏み出した瞬間閉まったらしい。そして、外に健吾がいなかったから、そこいら一帯を探し回っていたらしい。が、健吾からの連絡がこの敷地内じゃないと受け取れないとわかってしばらくは何も出来なかったと歯噛みしていた』



 想像がつくな、と思って申し訳なくなる。

 ヴィデロさん、森の中を駆けまわってくれたのかな。こんなところではぐれるとは思わなかったから油断してたよね。

 はぁ、と出そうになる溜息を呑み込んで、続きの文章を読む。



『おかしいというのは、この国の様式の様なのに、床がなかったこと、隙間から見えたヴィデロの言うところの像が、とてもこちらの像の姿だとは思えないこと。どちらかというと、異文化の像に見える。そして、鐘突き堂なんだが、これもおかしい。音が鳴らないんだ。力任せに打ったのにだ。あれは鐘を突くのが目的じゃないのかもしれない。そして、母と共に開発した、なんちゃって魔力測定機器が面白いことになっている。希代の英雄がいるところと似たよう状態なんだ。色々と打開策を考えるから、もう少し待っていてくれ。危ないことはないか』



 危険なことはありません、と打ち、横に置いておいた葉っぱのコップが目に入る。

 『そういえば保護した鳥はヴィデロさんが出してくれた水を飲んで、ちょっと元気になりました。おかわり欲しいって言われた気がしたけど、俺には水は出せません』と追加で打って送信する。

 鳥は今度こそ、健やかな寝息を立てていた。

 携帯端末の指し示す時間は夜。

 ヴィデロさんの携帯端末からヴィルさんが連絡をくれたことで、俺もホッとして壁に頭をつけた。





 耳元でピピピという鳥の鳴き声が聞こえて、俺はハッと目を開けた。

 昨日はあのまま寝ちゃったんだ。

 腕の中のタオルで包んでいた鳥は、俺の肩に乗って耳元でずっと呼び掛けていたらしい。



「おはよう。ごめんね寝ちゃった。調子はどう?」



 指を差し出しながらそう訊くと、鳥は指にちょこんと乗って、ピ、と声を上げた。

 そして、羽根をばっと広げると、すぐ近くにあった葉っぱのコップの横に降り立った。

 それを咥えて、もう一度俺を見上げる。

 鳥はコップを咥えたまま、ととと、と足を使って、本堂の出入り口に向かった。

 慌てて立ち上がって、鳥の後をついていく。

 外は既に明るくなっているけれど、空気のひんやり具合がまだ早朝なんだということを教えてくれる。

 鳥は外に出ると、コップをその場にぽとっと落とした。そして、まるで休憩でもするようにその場に落ち着いてしまう。そして、目の前のコップをじっと見つめている。

 何をしているのか気になって、俺も一緒になってじっとコップを見ていると、コップから水がひとりでに溢れて来た。



「え……?」



 驚いていると、鳥は嬉しそうに近付いて行って、溢れてきた水を飲み始めた。

 もしかして、見えないヴィデロさんが水を入れてくれてるのかな。

 携帯端末を取り出して、そこで充電が切れていることに気付く。

 置いていたままだった荷物の中からモバイルバッテリを取り出して繋いだところで、くう、と小さく俺のお腹が鳴った。

 そういえば昨日はお昼以降何も食べてなかったよ。

 鳥がまだ外で水を飲んでいたので、俺も外に出て、近くの石畳に座って、カバンの中から携帯食を取り出す。

 ヴィデロさんはちゃんと食べてるかな、と思いながら口を開けたところで、携帯端末が鳴り出した。

 ヴィデロさんの端末の番号からの着信だった。

 手に携帯食を持ったまま、片手で操作して、通話にする。



「もしもし」



 声を出しても、状態は昨日と同じような雑音のみ。

 でも上の方に表示されている通知が、沢山のメッセージと着信を表してることから、めちゃくちゃ心配をかけてしまったみたいだった。



「ごめん、昨日、あのまま寝ちゃったんだ。こっちは大丈夫だよ。ヴィデロさんは? 聞こえてる? こっちは雑音しか聞こえないんだ。お水ありがとう。今鳥がめちゃくちゃ飲んでるよ。すっごく元気になってる。元気に……え?」



 聞こえてるとは思わなかったけれど、繋がってるのが嬉しくてついつい端末に向かって話していた俺は、目の前の光景が信じられなくて、言葉を止めた。

 水を飲み終えて満足した鳥がこっちを振り返り、ばっと羽根を広げたんだけど。

 その羽根が、青く光って、大きくなったんだ。

 それがまるで、ヴィデロさんの背中に現れるあの羽根そっくりで。



 猛烈に、ヴィデロさんの顔が見たい、という気持ちが沸き上がった。



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