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737、神隠しに遭ったのは
携帯端末でヴィデロさんとやりとりしながら、雨が止むのを待った。
ヴィルさんもここに来るって言ってたけど、こんな雨の中どうやって来るんだろう。山道だから危なくないかな。
ヴィデロさんの所は雨が降ってないらしいけど。同じようなところに一人でいるらしい。いきなり俺が消えたから驚いたって。俺も同じって返したけれど、いまいち状況はつかめない。ヴィデロさん、まだ日本語の読み書きが全然出来ないらしいから。途中すごく長文の英語で返事が返って来たけれど、今度は俺の読解力がなかった。だって教科書英語じゃないんだもん。携帯端末の翻訳機能で訳したら、おかしな日本語になっていた。
でもやっぱりカタコトの状態でお互いの状況を詳しく知るのは難しくて、俺はがっくりと肩を落とした。英語、気合入れて勉強してるはずなのに、まだまだ全然だめだ。
携帯端末の充電は二人ともモバイルバッテリーを持ってるから大丈夫だけれども、それでもいつ戻れるかわからないから、ぽつぽつと少しずつやり取りをする。
ヴィデロさんも、どうやらメッセージをやり取りしていられる状況らしいので、何かと戦ったりとかは今の所ないみたいだ。ホッとした。
雨の降る空は暗く、まだ午後も早い時間のはずなのに、もう夕方なんじゃないかなっていう錯覚に陥る。
俺が出来ることは何だろう。俺も何か魔法を使えれば、ヴィデロさんの元に行けるのかな。
祈りの形に手を組んで、ヴィデロさんが唱えた詠唱を口にする。
「命の源を司る水の聖霊よ、その美しい澄んだ調べをここへ。ウォーター」
でもこっち出身の俺、体内魔力なるものはなかったらしい。何一つうんともすんとも言わない。
がっくりと肩を落として、携帯端末の画面を切り替える。
地図と、俺たちがいる場所を示した表示が画面に現れる。さっきまでは二つ表示されていたマークは、一つしかなかった。当たり前か。
ただじっと俺を見下ろす銅像を見上げて、俺はもう一度「ヴィデロさんを返してください」と呟いた。
しばらく振り続いた豪雨は、山の天気は変わりやすいという言葉の通り、唐突に止んだ。
本堂の外は、一面が水。石畳すら水に沈んでいた。
あれ、ここ石段を上って来たよね。何でこんなに水が溜まってるんだろう。森とかに逃げないのかな。
地面を覆った水は、さっきまでの暗さが嘘だったんじゃないかと思う程、太陽の光を反射してキラキラとしている。
ここで出たら靴が一瞬で濡れるけど。
躊躇ったのは一瞬だけで、俺は外に出た。足首まで水に沈み、歩きにくい。けれど、やっぱりヴィデロさんを探し回らずにはいられなかった。いないのは知ってるのに。
歩き回り、わかったことが一つ。
俺がいるここも、もしかしたらおかしいかもしれない、ということ。
石段から水が流れてないか気になって見に行ったところ、なぜか石段には流れて行かず、水は鳥居の中の所にだけとどまっていた。
まるで透明な水槽の中みたいだった。
ごくりと喉を鳴らして、鳥居をくぐる。
すると、いつの間にか、本堂の入り口前に戻っていた。
「え……?」
あまりにも不思議な現象に、俺はもう一度石段の所まで駆けていき、もう一度鳥居をくぐる。
「戻ってる……?」
グランデでもないのに、何でこんな不思議現象が起きてるんだろう。
俺が、この神社から外に出れないんじゃん。じゃあ、ヴィデロさんは? ヴィデロさんはどこにいるんだろう。
既にズボンは膝あたりまでびしょぬれで、靴は重い。
この水は本物で、でもこの敷地内にしかない。もしかして、雨もここにしか降ってない、とか。
今度は森に続く方に向かってみる。
やっぱり足元の水は森に流れていくことはなく、それどころか、森の木は葉に雫すらついていなかった。
「俺……?」
呆然と森を見つめながら呟く。
ヴィデロさんはメッセージでなんて言ってた?
返信されたメッセージを読み直す。
無事か。俺は大丈夫。雨は降ってない。どこにいる。心配だ。健吾がいない。
全てほぼ一言だけれども、これはもしかして、俺がいなくなったから心配してる方だったりしたら。
俺、もしかしてヴィデロさんの元に戻れなくなっちゃった、とか……?
未だ水が足元を覆っている敷地内。実は逆だったということに気付いた俺は、呆然とその場で立ち尽くした。
でも、じゃあヴィデロさんはちゃんと普通に下山できる場所にいるのかもしれない、と思い至った俺は、ようやく安堵の息を吐いた。
よし、と気合を入れる。
こうしてはいられない、と今度は森の方に足を踏み出してみた。
すると、反対側の敷地内に戻って来た。
うん、こうしてみるとすっごくおかしい、この場所。
どこかに鳥居の外に出れる場所はないかとグルグルしてみたけれど、どこもダメだった。
無理なことがわかると、今度はどっと疲れが沸いてきた。かといって、外には座り込む場所はない。何せ浅いプール状態。
溜め息を吐いて、俺は本堂の中に戻って来た。ここだけは雨漏りすることもなく、水が入り込むこともなかったから。
「もう一回ここで休憩させてください」
一応銅像に断りを入れてから、俺はへたり込むように地面にお尻をつけた。無意味に走り回ってしまったからへとへとになっていた。
荷物から水筒を取り出して、少しだけ飲む。一緒にご飯を食べてからどれくらい時間が経ったんだろう。
携帯端末を取り出して画面を見ると、既に帰りのバスの時間をとっくに過ぎていた。
時間を意識し始めると、外は日が暮れて一気に暗くなって来た。
夜にはヴィルさんがここに来るって言ってたけれど、ヴィルさんはなんとかしてくれるのかな。とはいえ、来たところで会えない気がするけど。
もう一度ヴィルさんと連絡を取ろうと携帯端末をいじるけれど、一方通行なのか、通話出来なかった。
少しは状況がかわったかな、ともう一度外の様子を見ようと立ち上がり、入り口から顔をのぞかせる。
一気に日が暮れたせいか、地面が水なせいか、普段よりさらに闇が増した気がした。
ぞく、と背中を怖さが駆け上がり、慌てて顔を引っ込めようとした瞬間、足元に何かが飛び込んできた。
よろよろ、ぽて、という感じで足元に転がってきたのは、濡れそぼって羽根がボロボロになった鳥だった。
「え、何、え……生き物、いたの……?」
いきなり足元で力尽きた鳥を慌てて拾い上げる。
温かいし身体が震えているからまだ生きてるのはわかるけれど、瀕死なことには変わりない。
荷物を漁って慌ててタオルを出して、濡れた羽根を拭きながら包み込む。
鳥はしっかりと目を開けていて、でも逃げることなくじっと俺を見ていた。
ぴ、と出す鳴き声も掠れていて力がない。
鳥の手当てなんて知らない俺は、どうしよう、とタオルで包んだ鳥を胸に抱えて、携帯端末を取り出した。
どうすればいいか調べてみても、温めて暗くして、落ち着いたら放すくらいしか書かれていない。あとは病院に連れて行くって、無理。ここから出れないもん。
タオルの上から鳥を撫でながら、俺は溜め息と共に携帯端末を消した。
最初は薄汚れた色だった鳥は、タオルで身体を拭くと、綺麗な青紫色になった。
身体の水気をとったからか、震えていた身体は落ち着きを取り戻し、鳥はじっと胸を上下しながら俺を見上げていた。可愛い。
「お前も迷い込んじゃったのか? 俺もなんだ。きっとそのうち迎えが来てくれると思うけど、それまで我慢な。水とか飲むか?」
タオルごと抱き締めながら鳥に声を掛けると、まるで俺が言ってることがわかるかのように、ぴ、と鳥は掠れた鳴き声を出した。
水筒を取り出すと、鳥はもう一度、ぴ、と鳴いた。
「どうやって飲ませればいいんだろう。何か布に含んで……っていうのは鳥では無理か」
撫でながらどうすればいい? と鳥に聞くと、鳥はもう一度、ぴ、と鳴いた。これ、返事貰ってるんだよな。タイミング的に絶対返事だよな。でもごめん、俺、君の言葉わからない。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。