これは報われない恋だ。

朝陽天満

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739、鳥が連れて行ってくれた先には

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 驚きとその焦燥にも似た想いと共に、そのあまりにも綺麗な羽根に一瞬目を奪われていると、いつの間にやら、手のひら大だった鳥の身体も一回り大きくなっていた。

 まん丸だった身体がすらりと成長し、足元によろよろと飛び込んできた時の面影はほぼなくなっていた。くりっとした黒い眼と青紫の羽根の色だけが小さい時と変わりなく、ピィィと鳴く声も、少し落ち着いた鳴き声になっていた。

 鳥は大きくなった身体で、トトト、と座っていた俺のすぐ近くに近付いてきた。

 そして、潜り込むように膝の上に乗って、携帯端末を持った手に、頭をすりつけてきた。昨夜と同じ仕草だった。



「すごいな……成長早い。もう、大丈夫ってこと? 元気になった?」



 端末を肩と顔で挟んで落ちないようにすると、俺は空いた手で鳥の頭を撫でた。

 手触りはするりとして気持ちいい。ぐいぐい来る力強さも変わりなくてちょっとだけ笑ってしまう。

 俺が零した笑い声が聞こえたのか、鳥は顔を上げて、ピィィと鳴いた。

 あれ、もしかして俺、今慰めてもらったのかな。

 そんな気分で、鳥を撫でる。

 鳥はしばらくぐいぐいと撫でてもらうために頭を擦りつけると、今度は俺の指をパクっとくちばしで咥えた。

 痛くはなかった。甘噛みの様なそれについつい笑う。

 鳥は俺の指を咥えたまま、非常食を持っている俺の手と、携帯端末を挟み込んでいる肩のあたりに視線を移す。

 指をパクパクとして、まるで早く食べろと言っているようなので、ごめんごめんと口に放り込む。

 モグモグしていると、今度は俺の膝から降りて、手をぐいぐいと引っ張り始めた。



「そっちに行けばいいの? 森には出れないよ」



 立ち上がったはいいけれど、指を咥えられてるままなので、中腰で進む。

 鳥は鐘突き堂に視線を巡らせると、そこを迂回して、本堂の裏手に向かった。

 裏手もすっかり水はなくなっていて、地面はしっかりと乾いていた。

 鳥は森にほど近い場所まで俺を連れて進むと、俺の指を離して、その場に生えていた草にくちばしを伸ばした。

 草を突いて毟って上を向いて呑み込むと、もう一度草をくちばしに挟む。

 鳥って草を食べるんだっけ。虫とかが主食じゃなかったっけ? 

 首をかしげていると、鳥は引きちぎった草を、俺の方に差し出した。

 軽く手を突かれて、驚いている間に手の平に千切った草を落としていく。

 それにしても、この草どこかで見たことある。雑草……ではないっぽいよな。ほうれん草っぽいけど、そういう野菜ではないのがわかる。

 でもどこで見たんだっけ……?

 喉に突っかかったように思い出せないその草を思い出そうと頭をフル回転させていると、鳥は早く食べろとでも言うように、草を持った手を突いてきた。

 くちばしをパクパクさせて、呑み込む真似をする鳥に、「食べろってこと?」と訊いてみると、鳥はピィィと鳴いた。



「でも、草を食べるって……」



 昨日は水の底に沈んでた草だよな……と躊躇っていると、急かすように葉を持った手を突きながらピイと鳴かれる。

 でもさっき鳥も食べたよな。毒草的な物なら食べないよな。幸い土とかもついてないし。

 あまりの催促に、俺は諦めてほんの少しだけパクっと葉を口に入れた。

 口の中で、苦みと青臭さが広がっていく。

 うわ、草だ。

 でもほんとこの味どこかで……。

 葉を凝視しながら考えていると、鳥がさらに手の上に草を乗せてきた。

 自分もしっかりと食べながら、俺に草をおすそ分けしてくれる鳥に、思わず笑い声が出た。

 手の上には山の様な千切られた草。

 そして、生えてる草も、結構ボロボロになっていて。

 一生懸命な鳥の動きを見て、なんだか元気が出てきた気がした。



「ピィ? ピィピピッピ」



 草を食べない俺を見上げて、鳥が何かを訴えている。

 早く食べてって言われてる気がするけど、だってこれ、苦いんだもん。

 ADOで最初に飲んだ一番値段の安いポーションを飲んだ時に感じた苦みとえぐみっぽいんだもん。あれが辛くて自分で作ったポーションのうまさにちょっと嬉しくなったんだよなあ。



「……ポーション?」



 ふと、何かが引っかかった。

 そういえば、この草、どこかで大量に見ていた気がする。

 この葉っぱは絶対にそこらへんに生えている雑草じゃなくて、一目見てわかる素材で。

 素材?

 首を傾げながら、まだ鳥が食べていない葉っぱを一枚手に取って、折り取った。



「……薬草?」



 どこからどう見ても薬草だった。

 グランデに自生している姿そのままの。見た目はホウレンソウに似ているけれど、決定的に味が違う、薬草。



「まさか」



 あのポーションの原料がこんな所に生えてるはずない。

 そう考えて、そういえば、と思い出す。

 ここは、日本であって日本じゃないかもしれないんだった。

 だったら、ここに薬草があってもおかしくない、のかな。

 わけが分からなかった。

 この青紫の鳥は、一回り大きくなってしゅっとしてから、ルリビタキとかいう鳥にしか見えないけれど、もしかしたら違う種類なのかもしれない。大きくなり方があんまりにも唐突だったし。



「鳥……?」

「ピィピ」



 声を掛けると、俺の言葉を理解しているとでも言うように、俺を見上げて鳴き声を上げた。



「ねえ鳥、ここ、どこだか知ってる?」

「ピィピィィ、ピピィ」



 何かを答えてくれてるけれど、やっぱり何を言ってるのかはわからない。

 でも、なんか知ってるのかな。

 っていうか、俺、ヴィデロさんの元に帰れるんだろうか。



 現実の常識とまるで違う世界の中、俺が少しだけ不安に感じていると、鳥がまたしても俺の手に草を千切って乗せた。



「もしこれが薬草だったら、これを食べて元気になれよって言ってる?」

「ピ!」

「流石にこのまま食べても苦くて食べきれないんだけど、ありがと」

「ピピ」



 たくさん千切られた草をどうしようかと考えながらそう言うと、鳥は足元に落ちていた小さな小石をこつんと俺に蹴って来た。

 それに足を乗せて、転がす。なかなか器用に石を転がすその姿に、和む。



「器用だな、鳥。その動き可愛い。石で擂ればいいって? ちょっと楽しそう。俺ね、ADOっていうところで、薬師やってるんだよ。実際には作ったことないけど。あ、そういえば何かの時にって携帯コンロとか小さい鍋とかカバンに入ってた。水もまだ残ってるから、ヴィデロさんたちを待つ間、調薬でもして待ってようか。楽しそうだし」

「ピィィィピピ!」



 冗談でそんなことを言った瞬間、鳥が嬉しそうに羽根をはばたかせた。え、待って。ほんとにここで調薬する流れ?

 ログインしてない状態で調薬って、あれだよね。恐ろしい物体が出来上がって終わるやつだよね。

 鳥は嬉しそうに葉っぱを俺に千切ってよこす。

 そこまで千切っちゃうと葉脈に沿って擂れないから、苦くなっちゃうよ、とやっぱり冗談で言うと、鳥は慌てたように茎からまるまる一つの葉を取り始めた。うん、本気でこの鳥は俺の言葉が通じてる。

 昨日からおかしなことばかりが起き続けていて、俺はもうなるようになれ、と鳥と共に素材採取に勤しんだ。

 葉っぱのコップが置いてある場所まで戻ると、鳥は俺の膝の上に落ち着いた。

 俺は、レジャーシートを敷いたその上で、折り畳み式簡易まな板を取り出し、携帯コンロと小型鍋を取り出した。



 鳥を膝の上に乗せて、鳥が一生懸命取ってくれた葉っぱをゴリゴリと石で擂り潰していく。ホントならすり鉢とか使うんだけど持ってないし、薬師ってジョブがあるわけじゃないから、ほぼお遊びみたいなものだ。でもずっとレベルを上げてきた動きは、ログアウトしてもだいぶ身についていたみたいで、草を擂る手つきは我ながら堂に入っていた。

 擂った葉をかき集めて小鍋に入れて、水を注ぎこむ。一番簡単で、一番効果の低い、最低ランクのポーションの作り方だ。

 携帯コンロに火をつけて、鍋を沸騰させる。お玉を使って出てくる灰汁のような物を掬って、水に緑色がついたら火を止めた。

 これを濾して出来上がりの簡単ポーション。楽しい。

 本当はこれに他にも素材を入れて効果を高めたり味を調えたりするんだけど。

 カバンの中からハンカチを取り出して、それをろ紙代わりにして、葉っぱで出来た空のコップに優しく絞る。 

 熱いそれを冷まして、俺は鳥にそれを見せた。



「なんちゃってポーション出来たよ。本当に回復するとは思わないけれど。本当に飲んだらお腹壊しそう」



 楽しくて寂しい気持ちはまぎれたけれど、と伝えると、鳥は躊躇うことなくなんちゃってポーションにくちばしを突っ込んだ。そして、止める間もなく呑み込む。



「わ、ほんとに飲んじゃダメだよ!」



 慌てて止めようとすると、鳥は邪魔するなとばかりに、俺の膝の上で羽根を広げ、飲み続けた。



「わ、ぷ、羽根が」



 バサバサされて手を出せないでいるうちに、鳥は半分ほど飲んでしまった。

 満足げに一声鳴いて、羽根をさらにはばたかせる。

 そして、俺の膝の上から空に飛び立った。





 俺の頭上を旋回する鳥。

 昨日のあのボロボロさは既になく、優雅に空を飛ぶ立派な鳥になっていた。

 ずっと歩いていたのを見てたせいか、鳥が飛ぶとは思わなかった俺は、不意打ちで飛び回る鳥をただ茫然と見ていて。

 その顔はとても嬉しそうで、元気そうで。

 鳥の誇らしい顔を見ていて、ようやく、俺はじわじわと鳥が元気になったことを嬉しいと思った。



 
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