どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!

宮田花壇

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第37話

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 ギルが決闘で勝利してから、もう二か月。
 今夜は久々にゆっくりと書類を片づける時間が取れた。

 執務室にはギルもいる。
 訓練帰りらしく、鎧を脱いで軽装のまま報告書を覗きこんでいる。
 決闘が終わっても訓練は相変わらず続いている。
 実力でグロウ兄様を超えるまで、とのことらしい。もっとも、お兄様はお兄様で実力の近い訓練相手がいてくれて助かってるみたいだ。

「……国の動き、すごいね。どこもかしこも工事やらなんやらで慌ただしい」
「ええ。稲作も軌道に乗ってきたし、塩田の拡張も順調。トンネル工事も来月には終わる予定よ。あとは武器とか、軍備もちょっとずつ増強中よ」
「まるで戦の準備みたいだ」
「否定はしないわ。実際、いつかその日は来るもの」
「隣国か」
「ええ」

 私はペンを止め、窓の外に目をやった。
 冷え込み始めた夜風が、城壁の外から冬の匂いを運んでくる。

「ただ、今のところはまだ下準備の段階ね。なるべくあちらさんを刺激しないように、慎重に進めてる」
「どうやって?」
「例えば、必要もないのに塩を例年の半分だけ他国から購入してるの」
「半分? それって、むしろ弱ってるって思われるんじゃ……」
「それが狙いよ。わざと“国力が落ちてる”ように見せてるの。奪う価値がないと思ってくれているうちは、向こうだって侵攻してこないでしょ? とはいえ、いつまでも誤魔化せるわけじゃないけどね。人の口には戸が立てられないもの」

 嘘は嘘。いつかは必ず露見する。
 だけど構わない。それもこれも織り込み済み。
 隣国が真偽を確かめるために動く――私たちが欲しいのは、その“確認の時間”。 

「時間があれば準備ができる。いずれ隣国が攻めてきたとき、対抗策を講じるための――ね」
「なるほどね」

 ギルはうなずき、少しだけ眉をひそめた。

「侵攻、来ると思う?」
「ええ。リヒテル兄様の予測では、最速でも春。冬に戦うには兵も物資も足りないはず」
「雪が多い地域だからか」
「そう。南の平地でも、この時期の行軍は危険すぎる。だから、必然的に攻めるなら春以降になる」

 冬の行軍は、その他の季節と比べ物にならないほど過酷だ。南の平地は死の山脈のような危険地帯でないとはいえ、この地域は冬となると大雪が降る。
 そんな中での行軍は兵をいたずらに消耗させ、リスクも増大する。

「……でも、もし敵がそれでも強行したら?」
「突貫で攻めてくるなら、それはそれで好都合よ。グロウ兄様の軍なら返り討ちにできる」
「短期戦に持ち込めば、さすがにこっちが有利か」
「ええ。けど、たぶんそうはならない。だから当面は準備期間。春までにこちらがどれだけ体力を蓄えられるかが鍵になる」

 万全の準備をしてきた隣国を、それでも返り討ちにするだけの国力。
 それがアストリア王国における直近の目標。

「ただ、やっぱり一番の問題は武器ね」

 軍にはすでにギルと同じ『クロックアーマー』を用意し、日々の練兵に取り入れてもらっている。けれど、それだけではきっと足りない。
 兵力の少ない我が国の場合、一人で多数の敵を圧倒するだけの武力がなければ、自ずと数の差に呑み込まれる。

「武器か。材料の鉄は足りてる?」
「そこなのよ。設計図はもう完成してるけど、鉄が圧倒的に不足してる。試算すればするほど、やっぱり砂鉄を集めたり秘密裏に他国から買い付けたりする程度じゃ足りない」
「そっか」

 私の言葉に、ギルが深刻そうに渋い表情を浮かべる。

「でもね、安心してギル。実はこの間ライルと話していて、ようやく一つの解決策を思いついたの。トンネルが完成したら、すぐにでも取りかかるつもり」
「解決策?」
「ええ。少し危ない賭けだけど、上手くいけば鉄の問題は一気に片づくはずよ」
「……それって、また無茶なこと?」
「もちろん!」

 そこはかとなく不安を漂わせるギルに、私は自信満々で頷いた。


 ***


 こうしてお父様の部屋を訪れるのは、かれこれもう何度目になるだろう。

「フェルト王女、いつもご苦労さまです」
「ありがとう。今日も少しだけお邪魔するわね」
「はい、どうぞ」

 扉の前を警護する使用人と軽くあいさつを交わして進むと、奥の寝台にお父様がいた。
 やせ細った頬。白くなった髪。胸の上下だけが、かすかに命の証を示している。
 王様のものとは思えない簡素なベッドはまるでこの国の窮状を表すかのようだが、作りだけは以前に私が錬金術でしっかりと寝心地の良いものに仕立て上げた。

「もうすぐ、次期国王になることを国中に周知します」

 私は椅子を引き寄せ、静かにその手を握った。
 父が倒れてから、もう長い時間が経つ。
 原因はいまだ不明。私はこれまでに何度も錬金術で薬を試作してきた。
 症状の進行を抑えることはできても、根本から癒すことはできない。

「……お父様。この国は、変わりはじめましたわ。私とグロウ兄様、リヒテル兄様、そしてライル。みんなで一緒に、国を良くしようと頑張っています」

 もし目が覚めていたら、きっとホッとしていただろう。
 お父様は倒れる前からライルと同じく私と二人の兄の関係を心配し、なんとか取り持とうとしてくれていた。

「いつかシルフィーナ姉さんも必ず取り戻します。そしたらお父様もいっしょに、家族みんなでライルの作ってくれたタルトでお祝いをしましょう。それに花火も。……きっと、楽しいです」

 叶うかどうかわからない願い。
 けど、いつかそんな日が来ると信じている。
 その後も私はしばしの間、国の現状などを語って聞かせた。
 やがて薬瓶を取り出し、注射器に慎重に移す。

「少しでも、楽になりますように」

 針を打ち、深く息を吐いた。
 この作業は、週に一度の私の日課。
 病状の確認と、経過の報告、そして薬の投与。
 たとえ返事がなくても、父と過ごすこの時間だけは欠かしたことがない。

「それじゃあ、私はそろそろ行くわ」

 使用人たちにそう告げて扉の外に出ると、冬の空気がひやりと頬をなでた。
 今日は――ついにトンネルの開通日。
 長く続いた工事がようやく終わり、海への道が開かれる。
 お父様に伝えたかった。
 この国が、また一歩豊かになることを。


 ***


 二か月前に掘り始めたトンネルが、ついに完成した。
 貫通したのはもう少し前だったが、そこから補強と空調、舗装、排水、そして魔力灯の設置などの諸々の作業があり、今日ようやくお披露目の日を迎えたのだ。

 全長十五キロ。大型馬車でも余裕ですれ違えるほどの広さ。
 壁に並ぶ魔力灯は、死の山脈から漏れ出る大気中の濃い魔力を吸収して、半永久的に光を灯す。
 炎でも油でもなく、魔力の循環だけで明かりが維持される仕組み。
 我ながら実に上出来だと思う。

 完成を祝うため、入り口にはグロウ兄様とリヒテル兄様、そして川沿いの村から来た二十人ほどの漁師たちが集まっていた。

「いやぁフェルトから話は聞いていたし、途中の進捗も見ていたけど……実際に完成したものを見ると、圧巻だな」
「ああ、まさか死の山脈の中を通すなんてな。スケールが違いすぎる。こいつなら安全に山を越えて……いや、ぶち抜いて海まで行けるってわけか」

 リヒテル兄様とグロウ兄様が呆れ半分、感嘆半分といった声で大穴を見つめる。

「あ、あのう……王女さま方。本当に、この洞窟の向こうに海なんてあるんですか?」

 年配の漁師が、帽子を脱ぎながらおずおずと尋ねた。
 無理もない。彼らの多くは生まれてから一度も海を見たことがない。
 これまでは川や湖で漁をして暮らしていたが、近年の食料不足で魚の数は激減。生活は限界だった。

「あるわよ。見渡すかぎりの広い海よ。魚も、信じられないほどたくさんいるの」
「そいつは俺も保証するぜ。なんせ向こうにいる連中は、魚が獲り放題で喰うもんに困んねえくらいだしな」

 向こうにいる連中――とは、塩田を開拓した兵士たちのこと。
 これまでは月に一度のペースで、グロウ兄様の軍が塩田作業員の交代と塩の運搬をしていた。

 ちなみにその際に魚介類も持ち帰れればよかったのだが、残念ながらそれは無理だった。
 山を越えるには馬車を使えず、兵士が一度に背負える荷物には限界がある。塩を運ぶだけで手いっぱい。
 そのため民からすれば塩は届くものの、それが海からと言われてもピンとこない状況が続いていた。

 でも、もう違う。
 トンネルができた今、誰でも安全に海へ行ける。護衛すら要らない。
 これからは漁師たちが毎日でも漁に出られる。
 飢えに怯える日々は、今日を境に終わるのだ。

「さあ、みんな乗り込んで。そろそろ出発するわよ!」

 私は錬金術で作った馬車の土台を叩いた。
 ……いや、正確には馬車ではない。
 似ているが少し違う、私の秘密兵器だ。

「あの、フェルト王女。乗るのはいいんですが、馬はどこに……?」

 漁師のひとりが不安げに尋ねてくる。
 私はニヤリと笑った。
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