どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!

宮田花壇

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第35話

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「あっ、ごめんなさい、フェルト姉さま。無理を言ってしまって。気にしないでください。別に鍋がなくても、美味しい料理は作れますから」

 つい考え込んでしまった私を、ライルが慌ててなだめる。
 しかし私は微笑み、彼の頭を軽く撫でた。

「そうね。でもそれとは別に、やっぱり鉄は必要よ。――約束するわ、近い将来きっと大量の鉄を手に入れる。いつかライルだけじゃなく、みんなの家に鉄の鍋と包丁が配れるぐらいにね」
「うわぁ、それは楽しみです! 鉄の包丁だなんて……これで僕もお肉を切るのに両手で押し込む必要がなくなります! まあ、本当は僕がもっと早く大きくなりたいんですけどね」

 てへへ、とライルが笑う。うん、かわいい。
 などと和んでいると、そこへリヒテル兄様がやってきた。

「やあ、二人して楽しそうだね」
「あ、リヒテル兄さま」

 片手を上げつつ近づいてきたリヒテル兄様に、ライルがパッと振り返る。

「これでフェルトが名実ともに次期国王だ。僕とグロウ兄さんを失望させないでくれよ」
「ええ、約束いたします」

 私たちは山羊のミルクが入った木のジョッキを軽くぶつけた。
 その後、ライルも交えて三人で国の未来を語る。

 ライルは本の虫で、知識の引き出しがやたら多い。私とリヒテル兄様の会話にも難なくついてくるし、ときどき思いがけない視点を差し込んできて、ハッとさせられる。柔らかい発想ができる子だ。
 ……でも、政治の場に出すのは難しい。
 年齢の問題が一番大きいし、ライルは優しすぎる。駆け引きの場では、その優しさが枷になる。
 それに、体のこともある。長時間の公務や外出は負担が大きい。
 グロウ兄様もリヒテル兄様も、きっと難色を示すだろう。シルフィーナ姉さんの件もある。王家に目をつける他国が、どんな形で狙ってくるか分からない。無用な注目を集めさせたくない。

 とはいえ、当のライルは自分を“座敷童”扱いするつもりはない。
 国の役に立ちたい――その思いで本を読み、知識を積み上げてきたのだ。単なる趣味だけじゃない。
 もしかしたら、もっと別の活躍の場があるのかもしれない。料理の腕だけじゃなく、知恵の使いどころとしての役割が。

「……ふぅ。たくさん話して、ちょっと疲れちゃいました。じゃあ、お二人とも、僕はそろそろお城に戻りますね」
「僕も戻ろう。仕事が残っている」

 しばらく語り合ったあと、ライルとリヒテル兄様が腰を上げた。

「今日は楽しかったよ。こうして三人で話せてよかった」
「私もよ。おかしいわよね。私もリヒテル兄様も、ライルと個別にはよく話していたのに、三人で向き合ったことはほとんどなかったなんて」
「今までお兄さまたちの仲がみんな悪すぎたんです! ずっとなんとか仲良くしてもらいたいなってがんばってた僕の身にもなってください!」

 ライルが頬をぷくっと膨らませる。
 実際そうだ。ライルは私といるとき、それとなくグロウ兄様やリヒテル兄様の話をしてくれた。きっと二人の兄にもそうしていたのだろう。
 実のところ私が二人を仲間にしようと思ったのも、ライルの影響が大きい。

 が、そうして立ち上がった拍子にライルがよろめいてしまう。

「あ」
「おっと」

 私とリヒテル兄様が同時に背中を支え、互いに顔を見合わせる。
 その様子がなんだか可笑しくて、二人で声をあげて笑った。
 今まで女性みたいにスベスベだと思っていたリヒテル兄様の指が、意外とペンだこで腫れていたのを私はこのとき初めて知った。

「ねえ、ライル、リヒテル兄様。悪いけど、帰るのはもう少し待ってくれないかしら。これから面白いものが見られるから」
「面白いもの? それはなんだい?」
「秘密よ。すぐにわかるわ」
「え~、なんですか」

 期待の眼差しを向けてくるライルに微笑を返し、私は立ち上がる。
 そして宴に集まった全員へ届くように声を張る。

「みんな、聞いてちょうだい! 実はグロウ兄様と我が騎士ギルバートの健闘を称えて、ちょっとした催しを用意したの。王城の旗、その向こうに注目して!」

 みんなの視線が一斉に旗の向こうへ移る。
 なんだなんだ? とざわつく兵士たち。
 ちょうど太陽が沈みかけていて、空は暗くなり始めている。
 ……もう少し、もう少しよ。
 せっかくなら完全に日が落ちてからでないと。

「よし、今よ」

 私は手元のスイッチに指をかけ、魔力を流す。
 ――カチリ。
 錬金術式が作動し、隠していた発射台が起動。
 魔力の光が走り、大玉が夜空へと打ち上がった。

 轟音。
 空に広がる、赤みがかった桜色の光。
 ぱっと開いた花弁が夜空を染め、淡い光の粉が舞い散る。
 他にも色とりどりの花が咲いた。

「これは、我が騎士ギルバートをイメージした“天に咲く炎の花”――花火よ。彼の勝利を祝うためにこっそり作っておいたの。みんな、気に入ってもらえた?」

 返事はすぐになかった。
 誰もが頭上の光景に圧倒され、口を開けたまま空を見上げている。
 中には腰を抜かす者や、両手を合わせて祈るように見つめる者もいた。
 が、やがて我に返ったように叫び始める。

「うおおおおおおおおおお!!」
「爆発だ! 空が爆発してるぞ!」
「フェルト王女、なんですかこれは!」
「どっかーって空が光って……あーもう、なんかわからんがめっちゃキレイだ!」

 歓喜と驚嘆に沸く兵士たち。

「はは、こいつぁマジですげぇ! ったく、こんなもんまで作れんのかよ!」
「天に咲く炎の花……か。美しい……」
「すごいです、お姉さま! すごいすごい!」

 兄弟たちも笑顔で見上げる。
 広場は歓声の渦に包まれた。
 誰もが子どものように目を輝かせ、夜空を仰ぐ。
 空を彩る光の花が、貧しさも不安も一瞬だけ消し去っていく。

「いいなぁ」

 これが私の見たかったもの。
 花火じゃなく、みんなの屈託のない笑顔。

 花火なんて突き詰めればただの娯楽だ。
 同じ材料と手間があれば、もっと実利のある兵器だって作れた。
 そっちの方が国のためになるという意見もあるだろう。

 でも私は信じてる――この“無駄”こそが、きっと人を支える。
 役に立つだけじゃない、笑って生きるための余白。
 今夜の空を見上げる顔を見ていると、そう思える。

「フェルト」
「ギル……」
「すごいね、これが花火か。とてもきれいだよ」

 いつの間にかそっと近づいてきたギルが隣に腰かける。

「作るの、けっこう大変だったんじゃない?」
「そうね。だからみんなに喜んでもらえて、ほっとしたわ」
「ああ。僕もこの光景はきっと一生忘れない」
「私もよ」

 二人で並んで空を見上げる。

「でもね、私にとっては騎士として戦うギルの姿も、この花火と同じくらい綺麗に見えるの」

 閃光みたいな踏み込み。真紅の髪と刃。舞うみたいに滑らかな体さばき。
 全部、胸に焼きついている。
 自ら戦う力のない私にとって、それはとても輝いて見える。

「ありがとう。……ただ、足りない。君にそう言ってもらえるだけの実力が、今の俺にはまだない。だから――今いちど、誓うよ」

 ギルは小さく息を吐き、腰の剣を抜いた。
 花火の光が刃に乗る。

「俺は強くなる。もっと、もっと。あの花火以上の輝きを、君に見せられるように」
「……ええ。待ってるわ」

 迷いのない宣誓の言葉。
 この誓いはいつか近い未来に必ず届く。
 理由はないけど、素直にそう信じられた。

「それにしても、本当にきれいだね。この景色、できることなら僕らだけじゃなくて他の民のみんなにも見せてあげたいな」
「そうね。気軽に作れるものじゃないけど、いつか特別な日にみんなで……というのもいいわね」

 特別な日――そう口にした瞬間、ひらめきが走る。

「あ、そうだわ。稲がちゃんと獲れたら、“収穫祭”をしましょう」
「収穫祭?」
「ええ。初めてこの地で実ったお米を祝って、お酒も振る舞う。海の幸も山ほど用意して、国中でお祭り騒ぎ。夜になったら、たくさんの花火を打ち上げるの」
「……まるで夢みたいな話だな。本当に、できるのか?」
「やってみせるわ」

 数か月後の景色を思い描く。
 その頃には稲が豊かに実り、海までトンネルが開通し、塩も魚も自由に得られるだろう。
 冬越しの食料不足も解消され、余った分を祭りに回せるはず。

「そっか。楽しみだよ」
「ええ。生きるだけじゃ足りないわ。私たちには幸せが必要。私は収穫祭で、それをみんなに伝える」

 また新しい目標ができた。
 やがて花火は打ち尽くされ、宴もお開きのムードが漂う。
 どこかみんな名残惜しそう。
 でも、私の心はすでに次の楽しみに向いていた。

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