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第二十二章 コーラル〜海の人形〜
第465話 補給
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「大変、お待たせ致しました……!」
多目的ホールに、一人の医師が息を切らせて駆け込んでくる。
馬のシルエットがデザインされたフェイスマスクを付けた、ドイツ感染病棟院長エミールだ。
「エミール院長! 無事でしたか!」
「おぬし、今まで何処におったのだ!」
「すみません、説明は後で! 薬を持ってきたのであります!」
自身の到着に直ぐさま反応してくれたエドワードとルイに、エミールは申し訳なさそうに頭を下げながらも、多目的ホールの出入り口、警備兵の奥にいる人物を焦った様子で手招きする。
ややあってホールに入ってきたのは、クロロホルム。と、紐でしっかりと固定された大きな台車であった。段ボール箱が高く積まれ、中にはすべて、医療キットがぎっしりと詰まっている。
中身は全て、医療キットだ。
「足りない物があれば申告を! 直ちに持ってきますゆえ!」
クロロホルムが運んでくれたそれを、警備兵が荷を切り離し、手分けしてホール内へと配給を始める。
青や白のパッケージが次々と運ばれ、悲鳴と呻きの飛び交う現場に、ほんの一瞬だけ安堵の色が差した。
しかしそんな中、焦った声を出したのはフリッツだ。
「クロロホルム、君ユストゥスの側に居たんじゃ……!?」
今回のクロロホルムの役割は、ユストゥスの警護。彼の指示で動き、彼を優先的に守る為にドイツにいる。
にも関わらずユストゥスから離れている事に、フリッツは動揺を隠せなかった。
ユストゥスに何かあったとは思いたくないが、万が一の可能性を捨て切れない。嫌な予感が脳裏を過ぎり、胸に不安が走った。
言及される事をわかっていたクロロホルムは、医療キットの一つを抱えながらフリッツの元に駆け寄り、言いずらそうに口を開く。
「ユストゥス先生に、パウルさんを探す指示を受けまして、その……」
「パウルくんを? パウルくんに何か、何かあったのかい……っ!?」
「……ええと」
「クロロホルム殿」
横から柔らかく差し挟んだのは、共に駆け寄ってきたエミールだった。
小声で、しかしはっきりと耳打ちする。
「今お伝えしては、フリッツ殿の平常心を欠いてしまうかと」
ここに来るまでに、エミールは鮮血に染まった白衣もシャツもズボンも着替えてきた。
単なる感染症対策だけではない。……自分含め、この場にいる者達に、余計な動揺を与えない為だ。
エミールは自身の心の乱れを察せられないよう、努めて冷静に、フリッツへこれまでの経緯を伝える。
「パウルは外の災害現場に向かいました。今はステージ6と交戦中であります。また出立の際に、パウルはクロロホルム殿に物資の運搬を命じたのであります。つまり当方の手伝いですね。彼の助力で迅速に薬を持って来る事ができました」
「そう、だったんですね」
「はい。それから、フリッツ殿。患者の延命措置、心から感謝いたします」
そこでエミールはフリッツへ深々と頭を下げる。
開放された冷却投下通路。フリッツの隣で冷弾銃を持つカルバミド。冷えた空気。白みがかったフローリングの色。
深手を負った負傷兵がコールドスリープ処置を受けたのだと、見てわかる状況だ。
「頭をあげてください、エミール院長。僕は貴方の判断を待たず、勝手な事をしたのだから」
「いいえ、いいえ。責任者である当方が不在の中、よく判断してくださいました」
感謝と謝罪を交えた後。
フリッツはずっと気になっていた事をエミールへ問いかける。
「ところで、柴三郎院長とロベルト院長の行方を知っていますか? 会場に姿がないのです」
「……えぇ、知っているであります」
「本当ですか!? お二人は避難は出来ましたか? それとも怪我を負ってしまいましたか? もしもコールドスリープが必要でしたら、僕は直ぐに対応を……!」
「大丈夫であります。ここではありませぬが、避難は済んでおりますゆえ」
「あぁ、それは良かった!」
明るく声を発して、胸を撫で下ろすフリッツ。
――今ほど、エミールはマスクを付けていて良かった、と思う事はなかっただろう。
彼は震える指先を背中に回し、堅く握り締める。
爪が掌に食い込み、皮膚がひりつく感覚が、かろうじて取り繕いを保たせてくれる。
「全くであります」
そしてエミールは作り慣れた声音で、静かに、穏やかに頷いたのだった。
◇
「クールじゃぬぇな」
燃え上がる庭園の中心で、ジエチルエーテルは吐き捨てるように言った。
爆発のほぼ中心地に居た為に彼の右腕右脚は吹っ飛び、右半身の皮膚が焼けただれ、筋肉組織が剥き出しになっている。
尤もこの程度の外傷、放っておけばウミヘビの再生能力で治る。しかしその間、青い血の飛散を許す事になってしまうのを懸念したジエチルエーテルは、迷わず冷弾銃を用い右半身を凍らせていた。
そして燃える人工芝の上に身体を横たわらせ、迫る炎の熱さに苛立っていた。
「ジ、ジ、ジエチルエーテル……!」
そこに爆風で庭園の端まで吹き飛ばされていたアンモニアが、焦った様子でジエチルエーテルの元へ駆け付けた。
「だ、だ、」
「大丈夫だ。慌てんな」
満身創痍にも関わらず、アンモニアよりも冷静に喋るジエチルエーテル。
「で、で、でも、ど、ど、どうすれば……!? か、か、火事も、酷いし……!」
「そりゃあ、クールにするしかぬぇだろ」
ジエチルエーテルは仰向けのまま左手を持ち上げ、手中にある冷弾銃を指先でくるくる回して言う。
「俺の毒素は反応性が高いが持続性はぬぇ。軽く熱奪えば消火できる」
「ね、ね、熱を奪うって……! そ、そ、そんな簡単に……っ!」
「“こう”すりゃ、出来るだろ」
ふと、ジエチルエーテルは冷弾銃を真下に向ける。そして躊躇なく発砲した。
パァンッ!
乾いた音と共に放たれた冷弾は、ジエチルエーテルの脇腹すれすれに地面へ撃ち込まれる。瞬く間に氷が広がり、人工芝を凍てつかせていく。そして氷は周囲の熱を吸い、白く霜を噴きながら隆起した。
それを背中の支えとし上体を起こしたジエチルエーテルは、そのまま冷弾の発砲を続ける。
燃え残った人工芝の他、頭のない天使や感染者、散らばった警備兵の残骸。血を吸う菌床。
片端から撃ち、凍結させ、氷像を作れば――自ずと周囲の気温は下がり、炎の勢いは弱っていく。
「おい、アンモニア。俺だけ働かせる気じゃぬぇだろうな?」
「えっ!? あっ! ご、ご、ごめん……っ!」
呆気に取られていたアンモニアは、ジエチルエーテルの声にびくりと肩を跳ねさせながらも、自身も冷弾銃を構え、周辺全ての冷却を始めた。
多目的ホールに、一人の医師が息を切らせて駆け込んでくる。
馬のシルエットがデザインされたフェイスマスクを付けた、ドイツ感染病棟院長エミールだ。
「エミール院長! 無事でしたか!」
「おぬし、今まで何処におったのだ!」
「すみません、説明は後で! 薬を持ってきたのであります!」
自身の到着に直ぐさま反応してくれたエドワードとルイに、エミールは申し訳なさそうに頭を下げながらも、多目的ホールの出入り口、警備兵の奥にいる人物を焦った様子で手招きする。
ややあってホールに入ってきたのは、クロロホルム。と、紐でしっかりと固定された大きな台車であった。段ボール箱が高く積まれ、中にはすべて、医療キットがぎっしりと詰まっている。
中身は全て、医療キットだ。
「足りない物があれば申告を! 直ちに持ってきますゆえ!」
クロロホルムが運んでくれたそれを、警備兵が荷を切り離し、手分けしてホール内へと配給を始める。
青や白のパッケージが次々と運ばれ、悲鳴と呻きの飛び交う現場に、ほんの一瞬だけ安堵の色が差した。
しかしそんな中、焦った声を出したのはフリッツだ。
「クロロホルム、君ユストゥスの側に居たんじゃ……!?」
今回のクロロホルムの役割は、ユストゥスの警護。彼の指示で動き、彼を優先的に守る為にドイツにいる。
にも関わらずユストゥスから離れている事に、フリッツは動揺を隠せなかった。
ユストゥスに何かあったとは思いたくないが、万が一の可能性を捨て切れない。嫌な予感が脳裏を過ぎり、胸に不安が走った。
言及される事をわかっていたクロロホルムは、医療キットの一つを抱えながらフリッツの元に駆け寄り、言いずらそうに口を開く。
「ユストゥス先生に、パウルさんを探す指示を受けまして、その……」
「パウルくんを? パウルくんに何か、何かあったのかい……っ!?」
「……ええと」
「クロロホルム殿」
横から柔らかく差し挟んだのは、共に駆け寄ってきたエミールだった。
小声で、しかしはっきりと耳打ちする。
「今お伝えしては、フリッツ殿の平常心を欠いてしまうかと」
ここに来るまでに、エミールは鮮血に染まった白衣もシャツもズボンも着替えてきた。
単なる感染症対策だけではない。……自分含め、この場にいる者達に、余計な動揺を与えない為だ。
エミールは自身の心の乱れを察せられないよう、努めて冷静に、フリッツへこれまでの経緯を伝える。
「パウルは外の災害現場に向かいました。今はステージ6と交戦中であります。また出立の際に、パウルはクロロホルム殿に物資の運搬を命じたのであります。つまり当方の手伝いですね。彼の助力で迅速に薬を持って来る事ができました」
「そう、だったんですね」
「はい。それから、フリッツ殿。患者の延命措置、心から感謝いたします」
そこでエミールはフリッツへ深々と頭を下げる。
開放された冷却投下通路。フリッツの隣で冷弾銃を持つカルバミド。冷えた空気。白みがかったフローリングの色。
深手を負った負傷兵がコールドスリープ処置を受けたのだと、見てわかる状況だ。
「頭をあげてください、エミール院長。僕は貴方の判断を待たず、勝手な事をしたのだから」
「いいえ、いいえ。責任者である当方が不在の中、よく判断してくださいました」
感謝と謝罪を交えた後。
フリッツはずっと気になっていた事をエミールへ問いかける。
「ところで、柴三郎院長とロベルト院長の行方を知っていますか? 会場に姿がないのです」
「……えぇ、知っているであります」
「本当ですか!? お二人は避難は出来ましたか? それとも怪我を負ってしまいましたか? もしもコールドスリープが必要でしたら、僕は直ぐに対応を……!」
「大丈夫であります。ここではありませぬが、避難は済んでおりますゆえ」
「あぁ、それは良かった!」
明るく声を発して、胸を撫で下ろすフリッツ。
――今ほど、エミールはマスクを付けていて良かった、と思う事はなかっただろう。
彼は震える指先を背中に回し、堅く握り締める。
爪が掌に食い込み、皮膚がひりつく感覚が、かろうじて取り繕いを保たせてくれる。
「全くであります」
そしてエミールは作り慣れた声音で、静かに、穏やかに頷いたのだった。
◇
「クールじゃぬぇな」
燃え上がる庭園の中心で、ジエチルエーテルは吐き捨てるように言った。
爆発のほぼ中心地に居た為に彼の右腕右脚は吹っ飛び、右半身の皮膚が焼けただれ、筋肉組織が剥き出しになっている。
尤もこの程度の外傷、放っておけばウミヘビの再生能力で治る。しかしその間、青い血の飛散を許す事になってしまうのを懸念したジエチルエーテルは、迷わず冷弾銃を用い右半身を凍らせていた。
そして燃える人工芝の上に身体を横たわらせ、迫る炎の熱さに苛立っていた。
「ジ、ジ、ジエチルエーテル……!」
そこに爆風で庭園の端まで吹き飛ばされていたアンモニアが、焦った様子でジエチルエーテルの元へ駆け付けた。
「だ、だ、」
「大丈夫だ。慌てんな」
満身創痍にも関わらず、アンモニアよりも冷静に喋るジエチルエーテル。
「で、で、でも、ど、ど、どうすれば……!? か、か、火事も、酷いし……!」
「そりゃあ、クールにするしかぬぇだろ」
ジエチルエーテルは仰向けのまま左手を持ち上げ、手中にある冷弾銃を指先でくるくる回して言う。
「俺の毒素は反応性が高いが持続性はぬぇ。軽く熱奪えば消火できる」
「ね、ね、熱を奪うって……! そ、そ、そんな簡単に……っ!」
「“こう”すりゃ、出来るだろ」
ふと、ジエチルエーテルは冷弾銃を真下に向ける。そして躊躇なく発砲した。
パァンッ!
乾いた音と共に放たれた冷弾は、ジエチルエーテルの脇腹すれすれに地面へ撃ち込まれる。瞬く間に氷が広がり、人工芝を凍てつかせていく。そして氷は周囲の熱を吸い、白く霜を噴きながら隆起した。
それを背中の支えとし上体を起こしたジエチルエーテルは、そのまま冷弾の発砲を続ける。
燃え残った人工芝の他、頭のない天使や感染者、散らばった警備兵の残骸。血を吸う菌床。
片端から撃ち、凍結させ、氷像を作れば――自ずと周囲の気温は下がり、炎の勢いは弱っていく。
「おい、アンモニア。俺だけ働かせる気じゃぬぇだろうな?」
「えっ!? あっ! ご、ご、ごめん……っ!」
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