毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第464話 スナイパー

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「当たった! 当たりましたよ、マイク上官っ!」
「見ればわかる」

 上空に浮かぶ、黒塗りのリムジン車。
 否、国連軍所有のVIP用装甲車両。
 その窓からライフルの銃口を露出させ、ガーネットステージ6のこめかみを見事に狙撃したビリーは、興奮気味にマイクに報告をする。
 しかしマイクは窓からガーネットを一瞥するに留め、運転席のハンドルを操作し淡々と降下を始めた。

「あれ!? 降りるんですか!? ターゲットまだ倒れていませんよ!?」
「こんな射線がバレバレな狙撃、一度目の不意打ちしか通用する訳がないだろう!」

 今回、狙撃に用いたのは毒弾が装填された軍用ライフル。ライフル弾はサイズに比例し威力や飛距離も高くなり、また含毒量も増やせる。
 それでも、菌糸の壁や触手を射抜く事は難しい。穴を空けること自体はできるだろうが、その奥にいるステージ6という本命に辿り着く前に防がれるか、軌道をそらされるかで終わってしまう。
 ウミヘビの扱う抽射器とは使い勝手も威力も効果も、天と地程の差があるのだ。

(だが、届いた!)

 ステージ6にとっての明確な脅威はウミヘビ。次点でクスシ。
 その意識の外からならば、曝け出された頭部弱点を狙い撃てるのではないかと、機を窺っていた甲斐があったというもの。
 毒弾を撃ち込まれたガーネットの身体は、まだ保っている。軍用毒弾では即死させられなかったようだ。しかし動きは止まった。側にはウミヘビ硫黄もいる。深追いをする必要はない。

(アメリカで叶わなかった処分を、ドイツここで果たせた! クララ院長へ感謝しなくては……!)

 今回クララのSPを請け負った2人は本来、彼女の側を離れて行動するなど御法度だ。
 だがこれは、クララ本人の強い要望によるものだった。

 ◆

 燐の信号弾による災害発生の報せを受けた後。

「お二人は災害鎮圧のノウハウをお持ちなのでしょう? 特にマイクさんは、《暁の悲劇》を経験しています。でしたらわたくしの側ではなく、災害現場こそ、お力を発揮できるのではありませんか?」

 多目的ホールの壇上に無事到達したクララは、傍らに控える2人にそう語りかけた。

「そう言う訳にはいきません。私達のお役目はクララ院長の安全を確保する事です。ご心配なさらずとも、災害対応は警備部隊が……」
「わたくしの安全を確保する事がお役目なのでしたら、なおのこと」

 クララは震える手をぎゅっと握りしめながら、真っ直ぐ2人を見据えて言う。

生物災害バイオハザードの一刻も早い鎮圧こそ、わたくしの安全に繋がりますわ」
「クララ院長、しかし」
「マイクさん、ビリーさん。どうか」

 そこでクララはゆっくりと頭を下げ、

「どうか少しでも被害が減るよう、お願い致しますわ」

 ただ愚直に、痛切に、願ってきた。

「クララ院長! 顔を上げてください!」
「これはわたくしの我儘です。この事でお二人が責められる事がないよう、手は打っておきますわ。……わたくし、また悲劇が、起きて欲しくないのです」

 都市一つが菌床に呑まれ、多くの命が散った《暁の悲劇》。そこに繋がる道を僅かでも防げるのならばと、クララは切望しているのだ。
 彼女はあの災厄を、ただ記録として知っているだけではない。人の痛みを、深く、深く受け止めている。
 そしてマイクは、悲劇の只中にいた者。
 炎と菌糸、絶叫と絶望に包まれた、あの惨劇を身をもって知っている。

「そのぉ、幾らお願いされても流石に……」
「……わかりました」
「マイク上官っ!?」

 だからこそ、クララの願いは胸に深く突き刺さり、その想いに背を向けられる程、非情にはなれなかった。
 とはいえ、警護の空白を作る訳にはいかない。
 マイクはは驚愕しているビリーに背を向け周囲を見渡し、多目的ホールの警備を担当していた兵士数名を呼び寄せると、クララの護衛を引き継ぐよう命じた。

「そこのウミヘビ。クロロメタンと言ったか」

 更にマイクはホールに居たウミヘビの内の片方、フリッツの背に隠れていない方のクロロメタンへ声をかけ、

「万が一、ホールに感染者が現れた場合、クララ院長の安全を最優先で確保してくれ」

 と、要請した。

「マイクさん? 勝手な命令はよしておくれ。せめてクスシである僕を通して欲しい」

 そのやり取りに、フリッツがすかさず口を挟む。明らかに困惑と不満の混ざった声音で。

「お前を通したらこの要望を聞いてくれるのか?」

 マイクはフリッツをちらりと一瞥し、低く問い返した。

「……いや、聞かないね。勿論、有事の際は人命救助を優先させるよ? でも順位は付けられない。そこは僕の判断で、危険性の高そうな人から……」
「クララとはそこの、星の乙女で合っているか?」

 不意にクロロメタンが、フリッツの台詞を遮ったうえで言葉を発した。クララへ真っ直ぐ視線を向けて。
 彼の視線には、毒も情もない。ガラス玉のような、無機質な光が宿っている。

「クロロメタン? 確かに彼女がクララ院長だけれど、任務に私情は持ち込まないように。ここでは、僕の指示が絶対だよ」
「心得ている。あくまで確認よ、確認」

 釘を刺すように言うフリッツを軽く流すクロロメタン。
 独特な雰囲気を纏う彼の内面を、マイクが読み解く事はできなかった。
 だが少なくとも、クララの顔と名を結びつけさせる事はできた。今は、それで十分だ。
 そこでマイクはクララの方へ振り返り、

「必ず戻ります。少しだけ、お待ちください」

 そう言って、ビリーを伴い多目的ホールを後にした。

 ◆

(残る脅威は《植物型》と傀儡、そして最後のステージ6! とはいえ、目下の問題は……!)

 菌糸で作られた“頭部のない天使”による蹂躙、さらにジエチルエーテル由来の爆発で発生した火災。
 それらの影響で、庭園の警備兵達は完全に混乱状態に陥っていた。隊列は乱れ、誤射まで起こっている。指揮命令系統は崩壊寸前。
 その混沌を装甲車の窓から俯瞰したマイクは、怒気を孕んだ声で唸った。

「何だあの隊列の乱れは! 部隊長は一体、何をしているんだ!?」
「あの様子を見るに、脱落しちゃったんじゃないですかね~?」
「馬鹿が! その程度のイレギュラーで醜態を晒すなんて……! もういい! が直接、指揮を取る!! お前もついて来い、ビリー!」
「ラ、ラジャーッ!」

 怒声と共に、ハンドルを急旋回。
 装甲車は高度を下げ、煙と悲鳴の渦巻く地上へと向かっていく――!

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