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第二十二章 コーラル〜海の人形〜
第463話 堕天
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クロロメタンが負傷兵とはいえ一般人へ毒素を注いだ直後、慌ただしく白衣の裾を翻して駆け寄ってきたのはフリッツだった。
「クロロメタン! 許可なしに毒素を使うのは……っ!」
「しかしだ、薬が足らぬのだろう?」
「……っ!」
あっけらかんと言ってのけるクロロメタンに、フリッツは押し黙ってしまう。
事実だ。想定以上の負傷者が出てしまった事により、物資も人手も足りていない。補給も、外から絶え間なく聞こえてくる轟音からして、望めないだろう。
――ドカンッ!!
追い討ちをかけるように、雷鳴のような爆発音が外から鳴り響き、ホールを揺らした。
これから更に、負傷者は増える。そう確信できるイレギュラー。
フリッツは、覚悟を決めた。
「クロロメタン。相手は勿論、自分自身の中毒も気を付けるんだよ」
「承知」
「検傷分類が赤の人は壇上手前まで運んで欲しい! 僕がどうにかする!」
フリッツは声を張り上げ、命を救う為の指示を飛ばす。
程なくして担架で運ばれ壇上の手前に並べられた、虫の息といっていい負傷兵達。
彼らを前にしたフリッツは、すぐ後ろで控えていたカルバミドに声を掛ける。
「カルバミド、お願い……!」
「はいっ!」
呼ばれたカルバミドは白衣の下に小さな手を入れると、懐から小型の“冷弾銃”を、取り出した。
――学会会場となった、ここ多目的ホールが災害現場となる可能性も、クスシ及び国連軍は想定していた。
故に、あるのだ、ここにも。壇上の下が奈落へ繋がるように。
凍結室へ導く、冷却投下通路が。
(カルバミドに患者を凍結して貰って生命活動を抑制させた後、コールドスリープ処置をさせる!)
そしてアンモニアの兄弟であるカルバミドも、冷弾を扱える。
クロロメタンや、外に居るジエチルエーテルや兄アンモニアのように瞬間冷凍はできないが、毒性の低さからステージ5未満を中毒に陥らせる事なく凍結する事が可能。
(事前に青い血を冷弾に仕組んでも、ウミヘビは自分の血しかコントロールができない。単独での凍結は可能にはなったけれど、冷弾を扱えるウミヘビの数は依然として変わらない。……カルバミドは主戦力の子に何かあった時の、補闕として連れて来たけれど……)
これで、一人でも多くの人間を救う。
ぐいと、フリッツは首の後ろの髪を掻き上げ、頸を曝け出す。そしてそこからオキクラゲ型アイギスを分離した。
凍結した患者を、凍結室へ送り届ける為に。
フリッツとカルバミドの救助活動……。いや、延命措置が、始まる。
◇
(自爆するだなんて、愚かで惨めな連中だ)
天に立ち昇る黒い煙。広がる炎。飛び散る肉片に鮮血。
血と火の海が混ざった庭園の惨状を横目で見ながら、ガーネットはほくそ笑む。
(ヘマタイトは壊されてしまったが、なかなか頭のない天使をくれた)
青い血がもたらした爆発で肉塊となった人間の血は、地面に張り巡らされた菌床へ広がり、吸収されていく。
そしてガーネットの養分となっていく。
(あぁ、みなぎる。もっと、もっと、もっと。吸い尽くそう)
バカッ!
直後、ガーネットの下顎が大きく抉れた。
眼前に接近した硫黄の手によって破壊されたのだ。本当は頭部の破壊を狙っていた攻撃だったろうが、紙一重でかわした形になる。
そして頭部の脳……《核》さえ守れば、顎が砕かれ顔の下半分がなくなろうと、再生できる。
数秒も経たず、まるでフィルムを巻き戻すかのように、ガーネットの顔は元通りとなった。
「消耗戦ですね。中毒になるか、体力が尽きるか、切り刻まれ失血するか……。どの死因でも、結果は同じですが」
「ワタシがお前を壊せないと?」
硫黄は肩を揺らし、乾いた笑みを零したまま、拳を振るい続ける。
風を切る拳が、正確無比にガーネットの胴を、腕を、足を穿つ。
「ここは既に楽園の雛形の中です。……私は、不滅だ」
「ただ単に餌が豊富、ってだけの話だろうに」
構えを崩さぬまま、皮肉気に呟く硫黄。
「しかし確かに、頭部を守る事のみに注力した相手を出し抜くのは、少々骨が折れる。だからと毒素も使いたくない。ワタシの毒素は、周囲を巻き込みがちだからな」
激しく踏み込みながらも、硫黄は拳に毒を乗せる事を意図的に避け続けていた。
素手による打撃と同時に毒素を注入することはできる。だが硫黄は気体や粉末といった、細かくなればなる程に有毒性と燃焼性があがる為、味方にまで被害が及ぶ事がままあるのだ。
そして何より、化合しやすい。他のウミヘビの毒素と混ざってしまった場合、コントロールを奪われ制御が効かなくなる。それは何よりも避けたい事であった。
「とは言え、持久戦になると犠牲者の数が青天井になる……。やむを得ないか」
ズシン、と地面が揺れる。
足元を砕きながらも、硫黄は一転、静かな所作で右手を黒衣の内へと滑らせた。
そして取り出したのは――拳銃型抽射器。
この戦場で、彼が初めて見せる“飛び道具”。
長く素手での格闘を貫いてきた硫黄が、武器を手に取ったという事実に、空気が僅かに変わる。
だが、ガーネットの表情は崩れない。逆に、嘲笑うような愉悦の笑みを浮かべた。
真紅の翼が、ズドンと地面を穿つ。羽根が砕け散った破片が土煙を巻き上げ、直後、ガーネットの身体が宙へと舞い上がった。
「貴方のような地を這う存在に、私を討てると本気で思っているのですか?」
その声音には、勝利を確信した者特有の陶酔が滲んでいた。
地上から遥か上空へ。
翼を支柱に、彼は天へと昇る。光を飲み込みながら、神のごときシルエットを作り上げる。
その周囲を、巨大な羽根がうねり、空を裂くように蠢いた。
あれらを潜り抜けなければ、彼の本体へは届かない。
「私はヘマタイトのような石ころとは異なります。見ての通り、天空さえも支配でき……!」
タァンッ!
乾いた銃声が、空に響き渡る。
ガーネットのこめかみに穴が空く。
撃たれた。
しかしその一撃は硫黄の手によるものではない。
ライフルを、用いられた。天に浮かぶ――装甲車の窓から。
菌糸が届かないからと、ガーネットが意識の外に追いやった対象から。
「そうやって視野狭窄に陥るから、足元を掬われるんだ。ま、ワタシしか見えないようにしたのは、わざとだがね」
「クロロメタン! 許可なしに毒素を使うのは……っ!」
「しかしだ、薬が足らぬのだろう?」
「……っ!」
あっけらかんと言ってのけるクロロメタンに、フリッツは押し黙ってしまう。
事実だ。想定以上の負傷者が出てしまった事により、物資も人手も足りていない。補給も、外から絶え間なく聞こえてくる轟音からして、望めないだろう。
――ドカンッ!!
追い討ちをかけるように、雷鳴のような爆発音が外から鳴り響き、ホールを揺らした。
これから更に、負傷者は増える。そう確信できるイレギュラー。
フリッツは、覚悟を決めた。
「クロロメタン。相手は勿論、自分自身の中毒も気を付けるんだよ」
「承知」
「検傷分類が赤の人は壇上手前まで運んで欲しい! 僕がどうにかする!」
フリッツは声を張り上げ、命を救う為の指示を飛ばす。
程なくして担架で運ばれ壇上の手前に並べられた、虫の息といっていい負傷兵達。
彼らを前にしたフリッツは、すぐ後ろで控えていたカルバミドに声を掛ける。
「カルバミド、お願い……!」
「はいっ!」
呼ばれたカルバミドは白衣の下に小さな手を入れると、懐から小型の“冷弾銃”を、取り出した。
――学会会場となった、ここ多目的ホールが災害現場となる可能性も、クスシ及び国連軍は想定していた。
故に、あるのだ、ここにも。壇上の下が奈落へ繋がるように。
凍結室へ導く、冷却投下通路が。
(カルバミドに患者を凍結して貰って生命活動を抑制させた後、コールドスリープ処置をさせる!)
そしてアンモニアの兄弟であるカルバミドも、冷弾を扱える。
クロロメタンや、外に居るジエチルエーテルや兄アンモニアのように瞬間冷凍はできないが、毒性の低さからステージ5未満を中毒に陥らせる事なく凍結する事が可能。
(事前に青い血を冷弾に仕組んでも、ウミヘビは自分の血しかコントロールができない。単独での凍結は可能にはなったけれど、冷弾を扱えるウミヘビの数は依然として変わらない。……カルバミドは主戦力の子に何かあった時の、補闕として連れて来たけれど……)
これで、一人でも多くの人間を救う。
ぐいと、フリッツは首の後ろの髪を掻き上げ、頸を曝け出す。そしてそこからオキクラゲ型アイギスを分離した。
凍結した患者を、凍結室へ送り届ける為に。
フリッツとカルバミドの救助活動……。いや、延命措置が、始まる。
◇
(自爆するだなんて、愚かで惨めな連中だ)
天に立ち昇る黒い煙。広がる炎。飛び散る肉片に鮮血。
血と火の海が混ざった庭園の惨状を横目で見ながら、ガーネットはほくそ笑む。
(ヘマタイトは壊されてしまったが、なかなか頭のない天使をくれた)
青い血がもたらした爆発で肉塊となった人間の血は、地面に張り巡らされた菌床へ広がり、吸収されていく。
そしてガーネットの養分となっていく。
(あぁ、みなぎる。もっと、もっと、もっと。吸い尽くそう)
バカッ!
直後、ガーネットの下顎が大きく抉れた。
眼前に接近した硫黄の手によって破壊されたのだ。本当は頭部の破壊を狙っていた攻撃だったろうが、紙一重でかわした形になる。
そして頭部の脳……《核》さえ守れば、顎が砕かれ顔の下半分がなくなろうと、再生できる。
数秒も経たず、まるでフィルムを巻き戻すかのように、ガーネットの顔は元通りとなった。
「消耗戦ですね。中毒になるか、体力が尽きるか、切り刻まれ失血するか……。どの死因でも、結果は同じですが」
「ワタシがお前を壊せないと?」
硫黄は肩を揺らし、乾いた笑みを零したまま、拳を振るい続ける。
風を切る拳が、正確無比にガーネットの胴を、腕を、足を穿つ。
「ここは既に楽園の雛形の中です。……私は、不滅だ」
「ただ単に餌が豊富、ってだけの話だろうに」
構えを崩さぬまま、皮肉気に呟く硫黄。
「しかし確かに、頭部を守る事のみに注力した相手を出し抜くのは、少々骨が折れる。だからと毒素も使いたくない。ワタシの毒素は、周囲を巻き込みがちだからな」
激しく踏み込みながらも、硫黄は拳に毒を乗せる事を意図的に避け続けていた。
素手による打撃と同時に毒素を注入することはできる。だが硫黄は気体や粉末といった、細かくなればなる程に有毒性と燃焼性があがる為、味方にまで被害が及ぶ事がままあるのだ。
そして何より、化合しやすい。他のウミヘビの毒素と混ざってしまった場合、コントロールを奪われ制御が効かなくなる。それは何よりも避けたい事であった。
「とは言え、持久戦になると犠牲者の数が青天井になる……。やむを得ないか」
ズシン、と地面が揺れる。
足元を砕きながらも、硫黄は一転、静かな所作で右手を黒衣の内へと滑らせた。
そして取り出したのは――拳銃型抽射器。
この戦場で、彼が初めて見せる“飛び道具”。
長く素手での格闘を貫いてきた硫黄が、武器を手に取ったという事実に、空気が僅かに変わる。
だが、ガーネットの表情は崩れない。逆に、嘲笑うような愉悦の笑みを浮かべた。
真紅の翼が、ズドンと地面を穿つ。羽根が砕け散った破片が土煙を巻き上げ、直後、ガーネットの身体が宙へと舞い上がった。
「貴方のような地を這う存在に、私を討てると本気で思っているのですか?」
その声音には、勝利を確信した者特有の陶酔が滲んでいた。
地上から遥か上空へ。
翼を支柱に、彼は天へと昇る。光を飲み込みながら、神のごときシルエットを作り上げる。
その周囲を、巨大な羽根がうねり、空を裂くように蠢いた。
あれらを潜り抜けなければ、彼の本体へは届かない。
「私はヘマタイトのような石ころとは異なります。見ての通り、天空さえも支配でき……!」
タァンッ!
乾いた銃声が、空に響き渡る。
ガーネットのこめかみに穴が空く。
撃たれた。
しかしその一撃は硫黄の手によるものではない。
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