毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
479 / 600
第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第462話 頭のない天使

しおりを挟む
 羽根のような刃が、まるで呼吸のように波打ち、周囲の空気を切り裂く。
 その翼の先端は柔らかな絹のように見えるが、一度触れれば皮膚も骨も、内部の臓器すらも容易く切断された。
 ひと振り。
 の胸が開き、血潮が噴き出す。
 刃は心臓を正確に穿ち、その命を刹那で絶やした。
 ふた振り。
 警備兵の脚が断たれ、倒れ込む。
 断面から漏れ出す体液と、真紅の羽根が絡み合い、地面に蠢く血の紋様を描いた。

 その羽根はやがて地面を侵蝕し、放射線状に菌糸を伸ばしていく。
 翼が掠めた者はみなその菌床へ崩れ落ち、眼球すら縮んでしぼみ、脱水されたミイラのように変貌する。
 天使の脚元に、干からびた者たちが並んだ。

 「楽園」とは程遠い、地獄の苗床。
 その中心に、無数の頭部なき天使たちが翼を鳴らし、血を吸い、踊っていた。

「おいおい、何で司令塔壊したのにあれ動いてんだ!?」

 断末魔が奏でられる庭園を見下ろし、蒼白となるフリーデン。

「フリーデン先生! ステージ6は他にもいるようです! もしかしたら、そちらが動かしているのかもしれません!」
「げぇ~っ!」

 クロールの指摘通り、庭園にはオレンジがかった薄桃色の菌糸に囲われた人影と、巨大な真紅の翼を生やす人影の姿がある。
 ステージ6と目されるそれらを倒さなければ、この狂宴は終わらないと思われた。

「クロール、悪いけど連戦……!」
「フリーデン!」

 その時、鋭い声で名を呼ばれた。
 アイギスに乗ったユストゥスが、フリーデンの付近まで飛んできたのだ。

「傀儡の破壊へ注力しろ! 一人でも被害者を減らすんだっ!!」
「えっ!? でも大元叩かなきゃ根本的解決は……!」
「返事は短く!」
「ヤッ、Jaヤー!」

 指示を受けたフリーデンは、クロールにアイギスの触手を掴ませ、慌てた様子で西棟の屋上から降りていく。そしてクロールと共に頭のない天使の破壊に着手した。

(最悪だ!)

 ユストゥスは己の焦燥を押し殺しつつ、アイギスを操って庭園の上空を旋回する。
 そして触手を伸ばし、少しでも頭部のない天使と兵士達の距離を引き剥がそうと尽力した。

(何がトリガーだったのかわからんが、動きが感染者の増殖ではなく吸収に切り替わっている!)

 当然ながら、『珊瑚』の動きが感染蔓延より養分吸収に偏った場合も想定し、国連軍は訓練を積み重ねている。
 が、理論と現場は違う。
 そもそも今回、動員された兵士達は精鋭ではない。
 避難誘導、防衛、感染者の敷地外流出阻止、その三役を担える人数を優先した、ドイツ兵とアメリカ兵の合同部隊。練度にばらつきがある事に加え、連携には綻びも多い。
 そんな中、感染者も兵士も関係なく、それも災害記録に存在しない初めて見る頭のない天使異形の傀儡に、無差別に繰り広げられる惨殺を見せ付けられては――

「何だこいつら、銃が効かないぞ……!?」
「毒弾も駄目です! そもそも動きが早過ぎて命中させるのが、……うわぁあああ!!」
「退避だ! 退避しろぉっ!」

 恐怖が植え付けられ、伝染する。
 程なくして現場は阿鼻叫喚の渦に呑まれ、訓練も教義も簡単に吹き飛ばしてしまった。

(傀儡によって、ここまで部隊が混乱するとは……! まずい、非常にまずい! 一刻も早く落ち着かせなければ、大惨事に……っ!)

 パァンッ!
 乾いた銃声が一発、庭園に響いた。明らかに標的を定めたものではない、不安と錯乱が生んだ誤射。警備兵の誰かが、咄嗟に引き金を引いたのだろう。
 その鉛玉は感染者にも傀儡にも向かう事はなく、明後日の方向へ飛び、所謂流れ弾として……ジエチルエーテルの右腕を貫通した。

「あ?」

 骨と神経を避けるように美しく空いた穴。銃撃の反動から、手に持っていた冷弾銃が滑り落ちる。ジエチルエーテルは「おっと」と、ボールペンでも落としたかのようなリアクションで、左手でキャッチをした。
 ジエチルエーテル自身は至極、冷静。穴の空いた右腕も、自前の再生能力で瞬く間に塞がっていく。
 しかしそれではなのである。
 何せ飛散した彼の青い血が、庭園に飛び散って……

 ――ドカンッ!!

 雷鳴のような爆発音が、庭園を揺るがした。
 青い閃光と共に、複数の警備兵が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。火柱が立ち、菌床にも延焼の兆しが広がる。
 ジエチルエーテルの毒素、その引火点は-45℃。日光を浴びれば容易に揮発し、銃火だろうと静電気だろうと摩擦熱だろうと何だろうと、僅かにでも刺激を受ければ大爆発を引き起こす。
 ウミヘビを起因とする『事故』。
 これこそユストゥスが懸念していた最悪の事態であり、そしてそれは、現実に起きてしまった。

 ◇

「輸血製剤が足らぬぞ!!」

 多目的ホールで、ルイの怒声に似た絶叫が響き渡る。
 座席が収納され、真っ平らとなったフローリングの上にはブルーシートが敷かれ、更にその上に運び込まれた負傷兵が横たわり、院長達の手により処置を受けていた。

「おい、こいつを早く診てやってくれ!」
「その前に消毒がいる! まずは装備を解け!!」
「痛い……痛い……」

 非常事態だろうと、ホール出入り口での検査は緩む事なく、体重測定を通過し『珊瑚』の付着を取り除かれた者から運び込まれていく。
 肩から下がない者、足が逆に折れている者、腕を失った者、顔が欠けた者。
 かろうじて生きている、と呼べる者達ばかりだ。

「たす、たすけて……」
「ご安心ください、ここは戦場ではありません。もう、大丈夫ですよ」

 力無く横たわり、掠れた声で救いを求める負傷兵の手を握ったのは、フローレンスであった。
 彼女は穏やかな笑みを浮かべ、慈愛に満ちたキャロット色の目を細め、されど芯の通った声で負傷兵に語りかける。
 その一言に、兵士の頬を伝って涙が零れた。

「フローレンスさま! マスクを取るのは……っ!」

 側に居たクララが、慌てて付け直すよう促す。
 しかしフローレンスは静かに首を横に振った。

「ご心配ありがとうございます。しかし私が今、優先しているの事は……患者達の心を少しでも安らげる事。生きる希望を失わせない事です」

 重症者は気の持ちようによって、いとも簡単に生死が左右される。
 よってフローレンスは、感染の危険性を承知の上で、顔を見せる事を決めたのだ。
 全ては一人でも多くの人間を救う為に。

「なのでお気になさらず、クララ院長」
「……っ!」

 その覚悟を見たクララは無言で頷き――彼女自身もまた、フェイスマスクを外した。ロゼワインの輝きを持つ瞳が晒される。そして負傷兵一人一人に声をかけながら、懸命に処置を続けた。
 しかし現実は厳しい。ホールに備蓄してあった医療キットは、絶え間なく運ばれてくる負傷兵の数に追い付かず、早くも底を尽きようとしていた。

「人工呼吸器は!?」
「駄目です! 電波障害で正常に起動しません!」
「じゃあ酸素ボンベを運んで! 僕が手動で送る!! それと麻酔! 縫合糸! 追加の用意を! 早く!!」
「麻酔か」

 叫び声、泣き声、唸り声が絶えず響く中、一人でも多くの人間を救おうと奮闘する医療従事者達。
 そんな折、他人事の如き落ち着き払っていたクロロメタンが、麻酔を欲したエドワードの元まで歩み寄ってきた。

「患部へ麻酔を使いたいのだな?」
「えっ、あっ、はい。そ、そうですけど」

 腹部が抉れた患者の出血を止めようと、エドワードは正確無比な動きで縫合針を動かしながらも、クロロメタンへ返答を返す。
 すると、

「ふむ」

 ぷすり。
 クロロメタンは、患者の患部へ指を突き刺した。

「ちょ……っ!?」

 エドワードが驚愕する。
 だが次の瞬間、さっきまで痛みに身を震わせていた患者の全身が、ふっと弛緩する。硬直していた筋肉が緩み、呼吸もゆっくりと落ち着いたものに変わった。

「これでよいか?」

 何の気なしに、クロロメタンが局所麻酔を使ったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...