毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第461話 ヘマタイト

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(あぁ、なんと美しい)

 庭園に降り立ったガーネット。彼の背中から生える真紅の翼を見て、恍惚の表情を浮かべる者が、一人。
 西棟屋上。《植物型》の蔦状菌糸で周囲に格子を作りこもっている、御使いステージ6
 銀灰色の瞳を持つその者は、赤鉄鉱ヘマタイトという洗礼名をガーネットから賜っていた。

 珊瑚症に侵され、社会から拒絶され、処分の対象として地下を彷徨っていた彼に、唯一、救いの手を差し伸べた者。
 それこそが、ガーネットであった。
 ガーネットはメディアで発信していた通り、珊瑚症は恐れる病ではない。寧ろ《珊瑚サマ》からのギフトであり、病の不安も、死の恐怖さえ取り払ってくれるのだと、教えてくれた。
 そして実際にヘマタイトを御使いステージ6まで昇華し、不自由だった肉の身体から解放してくれた。

(わたくしは、貴方の手足となれて嬉しいです)

 『珊瑚』の天敵たる、忌むべき存在ウミヘビがいるこの地。同じ空気を吸うのすら憚られる場所に来たのも、ガーネットが望んだからこそ。
 冒涜の徒を滅ぼし、直に降臨する《珊瑚サマ》を迎え入れ、楽園への道を開く為には、必要なこと。
 それはとても、幸福な使命だ。
 加えて先程、ガーネットから電気信号を介して一つの指令を下された。

 ――パライバトルマリンはこの地を去った。最早、手心を加える必要はなし。
 ――蹂躙せよ。

(えぇ、えぇ。貴方様の望むままに、花を飾り、守護天使を並べ、聖域を作りましょう……様)

 うっとりと陶酔に沈むヘマタイト。その祈りのような想念を遮るように、
 ガキッ!
 乾いた、不快な音が蔦格子の頭上から響いた。
 見上げれば、黄緑色の光を纏った奇妙な鎖が、どこからともなく垂れ下がっている。
 鎖はまるで意志を持つかのように蔦格子へ絡みつき、蔓を何本も束ねて押し引きしていた。

「チッ。すみません、フリーデン先生。持ち上げられそうにありません」

 苛立ち混じりの声が、空から降ってくる。

「そっか~。やっぱ重いよなぁ、アレ」

 軽く応じたのは、もうひとりの声。どこか飄々とした調子だが、そこに浮かぶ気配は鋭い。
 見上げるヘマタイトの視界に、ふわりと現れたのは巨大なミズクラゲ型のアイギス。その傘の上に、鎖を操る男と、フェイスマスクを付けた、フリーデンという名のクスシの姿が乗っていた。

「防御を崩せなくっても、下に落下させればすんなり処分できねぇかなぁ。とか思ったんだけど……。そう上手くはいかねぇか」

 フリーデンは腰に手を当てながら、肩をすくめて言う。
 西棟を支柱に伸びる《植物型》の無数の蔦。それらをかいくぐり、ヘマタイトの頭上まで到達できたという事は、この2人は嵐のような蔦の弾幕を“捌き切った”という事だ。

「結局は正攻法が一番だな。クロール、任せた」
「えぇ、期待に応えてみせましょう」

 ウミヘビ――クロールは勝気に笑うと、アイギスの傘から飛び降り屋上へ難なく着地をする。
 そして自身の得物である分銅鎖を構えた。

(あぁ。何と愚かな)

 見下ろすように、ヘマタイトは息を吐く。
 ここは菌床の中心。蔦の網に守られた、まさしく自身のテリトリー。そのただ中へ、単身で降り立つなど、自殺行為でしかない。
 無感動な瞳で、ヘマタイトは手を掲げる。
 それを合図に周囲の蔦は蠢き出し、先端に棘をびっしりと湛えた数本の蔦が、クロール目掛けて伸びた――
 直後、

 ドカンッ!

 庭園から、乾いた銃声が響いた。それは、通常の小火器とは明らかに異なる低く重い音。
 それから間もなく、《植物型》に青黒い染みが広がってゆく。それはまるで根を張るように細く、長く、真っ赤な菌糸の表面に、血管のような模様を作ってゆく。
 やがて模様は交差し、何箇所かで点の塊となり、水玉模様のような丸い影を形成した。

「アニリン、やっと来たのか。遅刻だぞ」

 クロールが呆れたように言った。
 それを聞いたヘマタイトが庭園へ視線を向けてみれば、ビスクドールと見紛う美しい少年アニリンがいる。彼はグレネードランチャーを握り締め、《植物型》へ発砲。そして《植物型》の内部に取り込まれている、感染者の場所を浮き彫りにさせた。
 大粒の涙を、こぼしながら。
 ヒュッ。――ザンッ
 空を裂く青い刃が、《植物型》の幹を大きく断ち割る。それは、青黒い水玉模様――すなわち感染者の居場所を巧みに避け、菌糸の塊だけを正確に切断していった。感染者の居場所を把握したパラコートが、伐採へ取り掛かったのだ。

「これで《植物型》は枯れる。後はお前を壊せば、終いだ」

 切り刻まれていく《植物型》に目を奪われている内に、ヘマタイトはクロールの接近を許してしまい、反応が遅れる。
 彼の操る鎖は蔦の格子を溶かし、ヘマタイトの肩を抉った。

(……痛い?)

 その時確かに走った、痛み。
 完璧な身体である筈なのに、不快を感じる感覚が、残っている。

(そんな筈はないわたくしは御使いになったのだアレキサンドライト様のお導きによって痛みも苦しみも悲しみもない存在へとなったのだけれど今確かにわたくしの身体は削れ痛み毒に焼かれあぁ早く早く早く)

 早くここを、楽園にしなくては。
 ボコリ
 屋上の一角、絡み合っていた蔦状菌糸の塊が、音を立てて膨れた。
 それは人型へと変貌する。だが、頭部はない。
 腕は翼と化し、そこに生える無数の羽根は、全てが鋭利な刃となっていた。
 そしてそれは、ひとりでに、蠢き始める。

「ギャアアアア!」

 断末魔の如き悲鳴が響き渡った。
 それは屋上からではない。足元から、地上からだ。
 頭部のない天使は、ひとつではなかった。
 あの自律体は屋上のみならず、庭園の各地にも無数に生えたのだ。
 羽ばたく音と共に、刃のような翼が宙を裂く。
 それが兵士の胴を貫いたかと思えば、養分を、血を根こそぎ吸い上げていく。
 後に残るのは、干からびた死体だけ。

「クロール! 迅速に片せッ!」

 空から、焦燥を帯びたフリーデンの声が飛ぶ。
 クロールは短く息を吐くと、手首をくいと返し、鎖の分銅を軌道に乗せた。

「……ここは楽園。老いも痛みも苦しみもない、心地よさに包まれた……」

 ガンッ!
 ヘマタイトの台詞を遮るように、鎖が唸りを上げて炸裂する。
 分銅は青黒く染まった蔦状菌糸の格子を易々と貫通し、ヘマタイトの脇腹をえぐった。
 組織が砕け、体液が飛散する。

「ハッ! 柔いな! 壊し甲斐がなくて残念だが――」

 柔らかい。
 クロール達は知る由もないが、それは同然の事だった。
 ヘマタイトはガーネットの手によって無理に御使いステージ6へ促進させた存在。適合率を無視した結果、本来の御使いステージ6より耐久性は遥かに劣る。《植物型》の盾がなければ、濡れ紙も同然。
 よって、

「フリーデン先生の希望通り、手早く終わらせられる」

 ザンッ!
 クロールの鎖は、ヘマタイトの頭部をいとも簡単に両断した。
 銀灰色の瞳が、驚愕とも救済ともつかぬ色を帯びたまま、空を見上げていた。
 そのままヘマタイトの全身は赤黒く変色し、灰となって風と共に散る。

 しかし、頭のない天使は依然として、血を啜り続けるのをやめなかった。
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