毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第466話 鎮火

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「ぐ……っ!」

 ジエチルエーテルの青い血による爆発。その猛烈な爆風に煽られ、ユストゥスは乗っていたアイギスごと西棟の外壁へと叩き付けられ、無残にも地上へ落下していた。
 体重が軽く、表面積が広いアイギスは、突風に極端に弱い。今回も例外ではなく、巨大な傘が爆発の衝撃波に弾き飛ばされた形だ。
 同じく爆風をもろに受けたフリーデンも、アイギスと共に西棟へ激突。打ち所が悪かったのか、傘の上でぐったりとしたまま気を失っていた。彼と行動を共にしていたクロールが顔を青くしながら駆け寄り、必死に声をかけている。しかし目覚めるまで暫くかかる事だろう。
 ユストゥスは痛む体を無理やり押し起こし、再びアイギスへと乗り直すと、ふらつきながらも上空へと舞い上がった。

(どれだけの被害が出た!?)

 そして直ぐさま現状の確認をした。
 燃え上がる炎に、血と肉片が飛散する庭園。凶器である翼を振り回す、頭部のない天使。悲鳴と絶叫を響かせる警備兵。
 爆心地には、欠損した手足を凍らせ横たわるジエチルエーテルの姿。間もなくして彼の元へ走り寄るアンモニア。
 彼らは短く言葉を交わした後、冷弾を四方八方へ撃ち込み始めた。
 急激に量産されていく氷。それによって外気が一気に下がり、炎の熱を奪っていく。

(……! 冷却による消火か!)

 炎は周囲の温度をおおよそ100度以下にすれば消える。そして冷弾は撃ち込んだ対象を-50度まで一気に冷やす。
 実際、効果は目に目えて発揮され、炎は徐々に小さくなっていっていて、黒い煙だけを残す箇所も増えていっている。そう時間を置かず、火事は収まる事だろう。ジエチルエーテルの再生はその後、消火が終わった後に取り掛かった方が安全だ。

(感染者の、保護は……っ!)

 庭園には頭のない天使や爆発、警備兵のによって亡くなった感染者も見受けられる。
 しかし生き残った者もいる。その感染者達はやがて凍結され、動きを止めさせられ、燐とアニリンがせっせと冷却投下通路へ運んでいた。
 また運ぶ傍ら、抽射器で頭部のない天使の破壊もこなしている。彼らは課せられた役目に忠実で、混乱は見られない。

(っ、そうだ! 《植物型》はどうなった!?)

 自身が先程、叩き付けられた西棟。そこに侵蝕している《植物型》の存在が頭から抜けていたユストゥスは、慌てて後ろを振り向く。
 解体。
 そう表現するのが近いだろう。
 《植物型》は今、全体に走る青黒い線に沿って、まるで設計図通りに切り刻まれていた。また、水玉模様の箇所は抉り取られている。つまり既に〈根〉を失い、養分となる感染者も内部から引き摺り出された状態。その状態では蔦状菌糸も操る事が叶わず、重力に従い萎れている。

(通りで、西棟に叩き付けられても無事だった訳だ)

 《植物型》は最早、近付く人間を払う事さえできない枯れかけの大樹。
 いずれパラコートとジクワットの毒素で、灰となる。
 残る脅威は――

『隊列を乱すな!!』

 ユストゥスが思考を巡らせようとした時、上空から怒声に近い号令が響き渡った。空陸両用の装甲車に乗ったマイクの声である。
 彼は拡声器を用い、未だ頭のない天使傀儡に翻弄されている警備兵へ喝を飛ばす。

『その天使擬きに銃火器が効かないのならば、潔くウミヘビに対処を一任しろ! お前達のやるべき事はただ一つ! 『珊瑚』を敷地外へ出さない事だ!!』

 響き渡るマイクの声に、狼狽えていた警備兵達の動きが止まる。
 だがそれは怯えでも混乱でもない。
 それぞれが今、自分達に課せられた“本来の任務”を思い出したが故の、立ち止まりだった。

『アラン部隊、コリン部隊! 門を固めろ! チャーリー部隊は講演ホールを! ハリソン部隊は西棟を!』

 刻一刻と変化する状況だろうと、マイクは状況判断を誤らない。
 そして迷いのない命令は、兵士達の足に再び力を与える。

『最初の指示通り、各々任された配置を死ぬ気で守れ!!』

 返事は要らない。沈黙のまま、兵達は走り出した。
 誰もが己が心に、命を賭ける覚悟を宿して。

『俺達も援護に回るぞ、ビリー! 装備は整えたか!?』
『完了してまっす!』
『では着陸する!』

 マイク自身もビリーと共に前線へ立つつもりらしい。装甲車を着陸させるべく、門付近のスペースへ走らせた。
 彼らがいれば、現場の秩序は保たれる。ユストゥスはそう判断した。

(……これで、私のやるべき事に集中できる)

 それは、感染者をコールドスリープへ導く事。
 氷像となった感染者は続々、庭園に作られていっているが、冷却投下通路への運搬が追い付いていない。一定時間を過ぎると再び動き出し、もう一度凍結させる必要が出てしまう。
 あらかじめ青い血を含ませた冷弾の開発がされた事により、毒素をいちいち装填する必要はなくなったものの、それでも繰り返し使用し続ければ中毒となる危険性がある。
 彼らの負担を減らす為にも、アイギスによる感染者の運搬は急務であった。

(可能なら、もう3匹程出したい所だが仕方がない……!)

 この場からステージ6がいなくなるまで、アイギスは一匹しか分離しない。
 クスシ達は事前にそう決めていた。
 電気信号を操るステージ6は、アイギスの動きを惑わす事がわかっているからだ。至近距離ならば宿主の命令を正確に受信し動く事ができるようだが、そうでなければ動きを止めてしまう。
 下手をすれば、操られてしまう。
 それを危惧し、アイギスは一貫して一匹のみ、それも自身が搭乗する対象しか扱わない事にしたのだ。
 ただ一人、パウルを除いて。

(……パウル、託すぞ)

 講演ホールから伸びた菌糸の先端で、オレンジがかった網状菌糸に籠る、ステージ6。
 その前に浮かぶパウルとアイギスを横目で見て、ユストゥスは彼を信じ、感染者の保護へ着手を始めた。
 
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