毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十四章 機能家族

第499話 ナザール・ボンジュウ

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 ◆

 それはモーズが17歳になる年。
 宮殿のような外観をした医大、そこに付属する図書館の中で、モーズは本棚に手を伸ばしながら問い掛けた。

『フランチェスコ。無事に医大を卒業できたら、どこに配属したいと考える?』

 問い掛けられた人物、モーズの隣に立ち並ぶフランチェスコは、脈絡のない質問に琥珀色の眼を丸くする。

『気が早いね、モーズ』
『卒業は、きっとあっという間に来る。気になる事は今のうちに訊いておこうかと思ってな。やはり、故郷であるイタリアに行くつもりだろうか?』
『故郷って言っても、6歳の時からずっとフランスここにいるんだ。あまり恋しさは覚えないかなぁ』
『しかし君の国籍は依然とイタリアだろう? イタリア語も流暢に喋る事ができる。私は君が、そのうち帰国する気なのでは? と、勝手ながら思う事があった』
『……僕にとってはもうフランスここが故郷だ。所属先もフランスにするつもりだよ、モーズ』

 フランチェスコはそう言って、温和に微笑んだ。

『そもそもイタリア人である僕がどうしてフランスに来たのか、知っているかい?』
『いいや。フランス滞在中に両親を亡くした、という話は聞いているが……』
『僕の両親はね、『珊瑚』の感染爆発パンデミックが起こって間もなく疎開を決めたんだ。ずっとその理由がわからなかったけど、最近わかったよ。多分、ミシェル院長に頼りたかったんだと思う』
『ミシェル院長か。あの人のお陰でフランスの災害は迅速に鎮圧された、と謳われているからな。その気持ちはわかる。しかし当時はまだ、予言者として名を広めていなかったと思うが……?』
『こないだ引き取った父の遺品の中に、ミシェル院長の写真があったんだ。どんな仲だったかまではわからないけど、何かしら交流はしていたみたい。だから先見の明がある事も知っていたんじゃないかな?』
『なんと』
『でもフランスへ向かった判断は半分正解で、半分不正解だったね』

 フランスに入国した後、フランチェスコの両親は災害に巻き込まれ命を落とした。
 その時点で天涯孤独となったフランチェスコに行き場はなく、感染爆発パンデミック生物災害バイオハザードの混乱が巻き起こっている異国で的確に動ける訳もなく、周囲に流されるようにして辿り着いたのが、モーズの居た孤児院であったと、フランチェスコは言う。

『よりよい環境を求めるのは悪い事じゃない。でも僕は両親が埋葬される時、他力本願じゃ駄目だと思ったよ。どんなに凄いヒーローがいたとしても、手の届く範囲は限られているんだから』

 災害に巻き込まれたのは運が悪かった、ですませる事もできるが、それまでに果たして最善を尽くせていただろうかと、フランチェスコは思う事があるらしい。

『勿論、一人の力じゃ限界があるし、助力を拒絶するのは違うけど……。僕は僕の手で、僕の足で、出来る限りの事をしていきたいな』

 ◆

 時は遡る。
 西暦2320年10月29日、早朝。
 トルコ、イスタンブールでは世界最大にして最古の屋根付き市場とされる「グランド・バザール」には、今日も朝から人の波が押し寄せていた。
 石畳の回廊を覆うアーチ型の天井は薄暗く、しかし左右に軒を連ねる店先は眩いほどに光と色であふれている。
 店頭に積み上げられた絨毯は赤や青の幾何学模様が目を奪い、ショーケースには金銀の装飾品がぎらぎらと輝く。香辛料の山からはクミンやシナモンの匂いが漂い、衣服の布地は手に取るだけで柔らかな手触りを主張してくる。
 トルコランプのステンドガラスは天井へ光を反射し、色とりどりの星が瞬いているかのような景色を作っている。
 銀細工の食器を覗き込む観光客の笑い声、店主が呼び込みに発する威勢のよい声、どこかから聞こえてくるアザーンの残響――それらが入り混じり、市場全体をひとつの巨大な生き物のように脈打たせていた。

「すみません、ご婦人」

 賑々しさの中、土産店を丁度開けたばかりの女店主に、一人の青年が声をかける。使っている言語は英語で、ぎこちない様子から観光客であることは一目でわかった。

「はいはい。値段交渉かい? それとも目当てのお店が見つからない? はたまたオススメの観光地を聞きたい?」
「いいえ、違います。その、こちらについてお訊ききしたくて」

 そう言って青年が指をさしたのは、店頭に吊るされていた装飾品。
 濃い青のガラスに、水色と白が同心円状に重ねられた、のストラップである

「これかい? 『ナザール・ボンジュウ』っていうのさ。魔除けのお守りで、お土産の定番だよ」
「魔除けなのですか……。一つ頂いても? あぁ、包みはいりません。そのままで」
「はいよ。支払いはクレジット?」
「現金でお願いします」

 支払いをすませた青年は、青色の一つ目ことナザール・ボンジュウのストラップをそっと受け取ると、ポケットへ大事そうにしまい込む。
 そして次の瞬間、青年は煙のように消えてしまった。

「……あら?」

 女店主は思わず辺りを見回す。
 だがそこには誰もいない。

「あたし今……誰と何を話してたんだっけ?」

 更には記憶からも消え、残ったのは、彼女の掌にある小銭だけだった。

 ◇

 てく、てく、てく。
 グランド・バザールを後にし、石畳の凹凸が目立つ街角を、3つの影がゆっくりと進んでいく。
 全員が身体の線を隠すコートを羽織り、フードを深々とかぶって顔を隠している。そのうちの一人は、青年を肩に抱えていた。

「モーズ先生、不用意に人と話しちゃ駄目ですよ」
「す、すまない。どうしても欲しくなってしまってな……」

 嗜める声はセレン。しゅんと答えるのは、抱えられている青年ことモーズだ。
 ナザール・ボンジュウ。その青い一つ目は、青い血が流れるウミヘビをどことなく彷彿とさせる。そして魔除けのお守りであると聞いた時、モーズは手にしたくなったのだ。

「少しぐらいいいんじゃない? モーズ先生はトルコ初めてなんだからさー」

 のんびりとした調子で取りなすのは、もう一人の影テトラミックスであった。

「駄目ですよ。私達はお忍びで来ているのですから。そもそもウィンドウショッピングだけするという話でしたのに……。もう目的地に着くまで下ろしませんからね?」
「うぅ……。りょ、了解した……」

 3人は人目を避けるように並んで歩く。だが、顔を隠し、そのうえ人を担いでいれば、外から見れば誘拐にしか見えない。怪しさ満点のはずだった。
 にもかかわらず、すれ違う人々は誰一人として怪訝な視線を向けてこない。
 それは3人が身につけている認識阻害装置の効果だった。脳に小さな錯覚を与え、あたかもごく普通の観光客が歩いているように見せているのだ。
 特にモーズが身に付けている物は強力で、軽い会話や接触程度では全く印象に残らない。場合によっては、記憶からもすっぽり抜け落ちてしまう程だった。
 そこまで隠密に徹底しながら向かう先は、イスタンブールの北。街の外れ。

「あー。見えてきた」

 そう言ってテトラミックスが顎をしゃくった先に、草原の真ん中に白く塗られた煉瓦造りの平屋がぽつんと建っている。
 それはイスタンブールにある地下宮殿『バシリカ・シスタン』……を模して、40年ほど前に作られた『レプリカ』だ。
 ただしオリジナルのバシリカ・シスタンと異なり、レプリカの方は封鎖されている。水害対策と新たな観光名所を期待して作られたのだが、20年前に大穴が空いた事によりその役目は果たされる事がなくなった。
 以来、分厚い鉄扉は固く閉ざされ、誰をも寄せつけぬまま忘れ去られていた。

 
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