毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
517 / 600
第二十四章 機能家族

第500話 《アンチモン(Sb)》

しおりを挟む
 バシリカ・シスタン・レプリカへ続く、平屋建物。その入り口である固く閉ざされた鉄扉に、モーズは手を添える。
 ギィ……
 少し押してみればそれは、錆びついた軋みを上げながらゆっくりと開く。既に施錠は外されていたのだ。
 扉の脇には真新しい足跡が刻まれ、締め切られていた筈の建物内部には、外気の爽やかさが漂っている。
 つい最近、誰かがここを通った痕跡。

「……先客がいるようだな」

 モーズは低く呟き、警戒を募らせながら一歩を踏み出す。
 中は電気が通っておらず、窓も塞がれているため日光が入る事もない。
 常闇。
 モーズは淡々と懐中電灯を取り出し光を放つ。闇の中を切り裂く光の筋が進む先を浮かび上がらせた。続いてセレンとテトラミックスも電気式角灯を点し、互いの背を守るように周囲を照らす。
 そして慎重に足元を確かめながら、3人は奥へと進んでいった。

「しかしアバトンからここバシリカ・シスタンへ辿り着くまで、これほど時間がかかるとは。3日はかかったか?」
「飛行機も空陸両用車も使えないんじゃ、仕方ありませんよ」
「色んな乗り物に乗れて、俺は楽しかったけどねー」

 モーズ達が人工島アバトンを出発したのは、今より3日前の10月26日。
 オフィウクス・ラボへ遠征任務が回ってきた際、災害鎮圧を請け負ったフリーデンと共に空陸両用車へ同乗し、遠征先であるオーストリアにて下車。フリーデンとはそこで別れ、そのままトルコへ向かう旅が始まったのだ。
 空陸両用車や飛行機で直行する方が遥かに早く目的地に着けるにも関わらず、このような回りくどい旅路となったのは副所長、徐福の奇妙な命令が原因だ。

『遠征先で捨てて貰う形でトルコに行って来イ。空路は使うナ。陸路で行ケ。そしてそれを誰にも認知されるナ』

 などと言う数々の無茶な指示と共に、前触れなくモーズのトルコ行きが決定した。フランチェスコの痕跡が残るトルコに行くこと自体は、かねてから望んでいた計画であるものの、まさかいきなり放り出されるとは思ってもおらず、大いに戸惑ったものだ。
 しかしセレンとテトラミックスという頼れる同行者が付いたこともあって、長距離バスや鉄道、寝台列車を乗り継ぐ旅路も、意外と楽しいものになった。
 そうして辿り着いた、念願のバシリカ・シスタン・レプリカ。
 走り出したい衝動を抑えながら、モーズは石造りの階段を慎重に下っていく。

 階段を降り切った先に広がっていたのは、地上の平屋建物など比べ物にならないほど巨大な空間だった。
 規則正しく並ぶ円柱の森。その上に重なるようにして、無数のアーチが天井を描き出している。視線を下に向ければ、円柱の底にある“顔”と目があった。
 蛇髪の怪物『メデューサ』。その頭部が、横向きだったり逆さ向きだったりと、奇妙な形で装飾されている。

「わっ! 大きい頭像ですねぇ」
「えーっと、神話に出てくる女の人だよねー? 目が合うと石になるとか言う」
「あぁ、そうだ。彼女は怪物としての認識が強いのだが、“魔除け”の役割も持っていると伝えられている」

 先程モーズが購入したお守りナザール・ボンジュウも、メデューサ信仰の名残りとされる説がある。
 怪物の側面もあれば女神の側面もある彼女の姿を、モーズが感慨深そうに眺めていると――

「よく来たね」

 澄んだ声が、広い地下空間に反響する。
 一瞬、どこから声が響いたのか判然としなかった。だが冷静になれば直ぐにわかる。
 真後ろだ。

「対面で会うのはこれが初めてだから、改めて挨拶をさせて欲しい。初めまして、モーズ」

 いつからそこに居たのか。
 振り返ったモーズ達の視界に、2つの影が映った。
 一人は真っ白い白衣に身を包み、肩を越える長さのダークブロンドを後ろに束ね、真っ白い生地に、顔の中心を走るように描かれた十字架……いや、十字状の剣がデザインされた、フェイスマスクを付けた男。

「オレがオフィウクス・ラボの所長――『テオフラストゥス』だ」

 ラボの創設者トップであり、ウミヘビの産みの親。

「ずっと。ずっと会いたかったよ、モーズ」

 思わぬ邂逅に、モーズの背筋が伸びる。
 内心驚いているモーズとは対照的にテオフラストゥスは落ち着き払っていて、モーズがここに来る事を知っていたかのような素振りだ。
 恐らく徐福から連絡がいっているのだろう。そもそもアバトンからモーズを放り出した事自体、徐福が仕組んだ事。ここで落ち合うのは織り込み済みだったのかもしれない。何も教えられていないのは釈然としないが。

「その、お初お目にかかります所長。……。……あの、いま名前を『テオフラストゥス』とおっしゃいましたか?」
「あぁ、そうだよ。長いから『テオ』でいいというか、テオって呼んで欲しいな」
「いえっ! 所長を名前で、まして愛称で呼ぶなんてできません。ただ私が記憶していた名前と違ったので、確認したかったんです」

 所長の名前、テオフラストゥス。
 それは論文などの公的な記録に明記されている名前と、異なっていた。

「あぁ。あれね、偽名、とは違うな……。でも本名じゃないんだ、そっちの名前。色々あって登録がそっちになっちゃったんだけど、そこに至るまでの経緯の説明大変だから、先にこっちを紹介するね」

 テオフラストゥスはそう言って、隣に立っていた小柄な少年を前に出させる。

「この子は《アンチモン(Sb)》。ほら、挨拶して」

 褐色の肌に灰色の髪、切長の黄色い瞳。黒衣を纏っているのもあり、全体的にクールな印象だ。
 特徴的なのは目の周りに描かれた、灰色がかった黒いアイライン。それは古代エジプト人の化粧を彷彿とさせる。
 アンチモン。難燃剤や顔料の原料として扱われている毒素。
 彼は切長の目でモーズを凝視し――ぺっと、唾を吐いた。

「アンチモン、こらっ!」

 それを見たテオフラストゥスが慌てて叱るが、アンチモンは両腕を組み、唇を尖らせそっぽを向き、どこ吹く風である。
 代わりにテオフラストゥスが頭を下げてきたものだから、モーズの方が焦ってしまう。

「ごめんね、態度が悪い子で」
「い、いえ! 何か気に障ることをしてしまったのなら、謝りますので」
「モーズは何も悪くないんだけど……。テトラミックスが君を慕っているのが、気に入らないんだよ」
「俺?」

 名前を呼ばれたテトラミックスが、指で自身をさしながら不思議そうに首を傾げる。

「そうなの? 何で? 俺達あんまり話した事ないのに?」

 途端、アンチモンは黒衣の端を握り締め、唇をきつく結んだ。
 彼の黄色い色の瞳は震えている。アンチモンがテトラミックスに並々ならぬ思いを抱いている事が、見て取れる。

「テトラミックス。その、彼と少し話をしてきたらどうだろうか? トルコへの旅路の話とか……」
「そうだな。2人でその辺を少し散歩してくるといい」
「えぇ? クスシと離れちゃっていいの?」
「オレが許す! あ、遺跡から出るのは駄目だよ?」

 所長直々に許可が下ったのならば遠慮など必要ない。と言わんばかりに、アンチモンは小走りでテトラミックスまで駆け寄ってきて、テトラミックスの手を取るとこの場から離れていってしまった。
 その際、頬が緩んでいたのが見えて、隠しきれない喜びが伝わってきた。
 アンチモンの件がひと段落したところで、モーズは改めてテオフラストゥスと向き合った。

「所長。貴方がここにいる理由を、窺ってもよろしいでしょうか?」


 ▼△▼

補足

アンチモン(Sb)
固体としては銀灰色の半金属。炎色反応は淡青色または淡紫色。
用途としては殺虫剤や難燃剤の原料や、鉛合金の原料。またアンチモンイエローやアンチモングレーとして、顔料の原料として使われる事も。
その歴史は古く、クレオパトラが化粧に使用していた逸話も残っている。
日本の法律では劇物に指定されているように、摂取すれば皮膚や呼吸器官を刺激し、時に死に至らしめてしまう。

名前の由来はギリシャ語の「anti」(反対)と「monos」(単独)、つまり「孤独嫌い」という、単体での発見の難しさが由来という説がある。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

処理中です...