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第二十六章 交差する思惑
第545話 迅速と性急
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「わ、わたくしが会長に……!?」
「はい、今日付けで。こちらはそれを証明する証明書になります」
「えぇ!? 一方的に伝えられましても……っ! そもそもわたくしは医師としても院長としても若輩者で、会長になれるような実績を積んでいませんわ!」
「今日付けで就任か。では今日付けで辞任する」
ビリッ
アダマスに抗議をするクララの隣で、ジョンは何の躊躇もなく証明書を破いた。
あまりの力技かつ突飛な行動に、クララは肩を跳ねさせた。
しかしアダマスは2つに引き裂かれた証明書を見ても、泰然とした態度で変わらず微笑んでいる。
「そちらはあくまでコピーです。本物は電子上に厳重に保管されているので、ご安心ください」
「同意なしでも有効だと?」
「そうなりますね。これは国際連盟が決定した事。個人の意思は反映されません」
「えぇっ!? こ、此処には人権というものがありませんの!?」
あっけらかんと言ったアダマスの返答に、クララは思わず驚嘆の声をあげた。
同意のない決定も個人の意思が反映されない処置も、尽く人権が無視されている。法を犯した罪人という訳でもないというのに。
「これは貴方方を保護する為の取り決めでもあります。どうかご理解頂きたい」
「保護……?」
意味がわからず首を傾げるクララ。
しかしジョンとミシェルは保護の必要性に思い当たる節があり、反射的に身体が力んだ。
みしりと、ミシェルの握るステッキが軋む音が響く。
「ペガサス教団の連中が、何か企んでいると?」
低い声で問いかけたのはジョンだ。
それを聞いたアダマスは「そうですね」と、静かに肯定する。
「本日、学会会場で起きた災害も教団が引き起こしたもの。人災と言ってもいいかもしれませんね。そして、更に大きな規模の大災害が遠からず起きる情報を、私達は掴んでいます。その時、災害を食い止められるかは貴方方にかかっている」
アダマスの声は真剣だ。
しかし突然、災害を止めるだのなんだの言われても飲み込める訳もなく。特にこの中で一番若く、昨日まで大規模な災害に巻き込まれた経験がなかったクララは、大いに戸惑った。
「その、ちゃんと順を追って説明してくださいませ! 一介の医師であるわたくしに、災害を鎮める力なんて……!」
「アダマス、迅速と性急を混同するな」
クララの発言に被せるように、ミシェルは言う。
「急ぐな」、と。
「保護、と言ったか。偽りを申すとは不誠実な。汝が求めるは身の安全ではなく、殺生与奪の権利。有事の際に速やかに命を奪う為」
「えっ!? つまりわたくし達に死んで欲しいと……!? どうしてですか!?」
「『珊瑚』の贄。『珊瑚』の餌。それに相応しいと判断せし者が我らか。全ては来たる日の【降臨】に備え、陽動する為に」
「……? ……??」
クララの頭の中が疑問符でいっぱいになる。
『珊瑚』が関わっているのはわかる。しかしミシェルの言う贄も餌も降臨も揺動も、意味がわからない。
それらのキーワードを掛け合わせて考えるとしたら、『珊瑚』の擬似餌になれと、言われているように感じるが。
「例えそうだとして、問題ないのでは? 元より貴方方は『珊瑚』の撲滅に命を賭す覚悟でしょう? 実際、学会会場でミシェル会長は捨て身で『珊瑚』を屠ろうとしていました。しかし貴方方は一般市民よりも遥かに価値のある、尊い命。……その素晴らしい覚悟の使い所を、間違えて欲しくないのです」
「老いた猿に新しい芸当は教えるな」
ミシェルは吐き捨てるように言った。
そのことわざは文字通り、経験豊富な者に新しいことを教える必要などない、という意味なのだが――端的に言えば「余計なお世話」だと、ミシェルは言っているのだ。
「予防は治療に勝る。汝が真に『珊瑚』を憂いているというのならば……」
そこでミシェルは席から立ち上がり、ステッキをくるりと回転させると、
先端を自身の首に向けた。
「自死を見届けるべきである」
ミシェルの行動に警備兵がざわめく。すかさずテーザーガンを構え、撃とうとしたが「やめなさい」とアダマスに止められた。しかしそれはミシェルの自死を見届ける為ではない。
「下手に衝撃を与えてしまえば、勢い余ってステッキが動脈を貫いてしまいます」
寧ろ、自死を止める為の命令だ。
実際、ステッキの先端は既に首筋に食い込み、赤い血が一筋、重力によって流れ落ちている。
「ミ、ミ、ミシェル会長……!? いきなり何を……!?」
「理屈としては理解できる。教団の人間……正確にはステージ6だが、ともかく奴らに『回収』され、何かしら利用されるのを防ぐには、自死が手っ取り早い。実に効率的だ」
「ジョン先生、感心しないでくださいまし! 訳がわかりませんが、自殺だなんて絶対よくありません事よ!? ミシェル会長、どうかおやめくださいな!」
「そうですよ、ミシェル会長。自死をしては貴方を守ったウミヘビが浮かばれない。……そうだ、ウミヘビが居ましたね」
アダマスは顎に手を当て頷いた。
「トルエンでしたか。そのウミヘビを貴方の命と連動させましょう」
そして名案が思い浮かんだ、とでも言いたげな上機嫌な笑みを浮かべ、彼はポンと手を叩く。
「自死を選べば、廃棄します。アレは貴方の守護を命じる為に連行した。しかし貴方がいなければ、存在意義がなくなりますからね」
それは紛うことなき、人質宣言。
加えて一つの命ではなく、備品としてしか考えていないのがありありと伝わる。
使えるから使う。使えないなら捨てる。
アダマスの中にあるのは、それだけだ。
「はい、今日付けで。こちらはそれを証明する証明書になります」
「えぇ!? 一方的に伝えられましても……っ! そもそもわたくしは医師としても院長としても若輩者で、会長になれるような実績を積んでいませんわ!」
「今日付けで就任か。では今日付けで辞任する」
ビリッ
アダマスに抗議をするクララの隣で、ジョンは何の躊躇もなく証明書を破いた。
あまりの力技かつ突飛な行動に、クララは肩を跳ねさせた。
しかしアダマスは2つに引き裂かれた証明書を見ても、泰然とした態度で変わらず微笑んでいる。
「そちらはあくまでコピーです。本物は電子上に厳重に保管されているので、ご安心ください」
「同意なしでも有効だと?」
「そうなりますね。これは国際連盟が決定した事。個人の意思は反映されません」
「えぇっ!? こ、此処には人権というものがありませんの!?」
あっけらかんと言ったアダマスの返答に、クララは思わず驚嘆の声をあげた。
同意のない決定も個人の意思が反映されない処置も、尽く人権が無視されている。法を犯した罪人という訳でもないというのに。
「これは貴方方を保護する為の取り決めでもあります。どうかご理解頂きたい」
「保護……?」
意味がわからず首を傾げるクララ。
しかしジョンとミシェルは保護の必要性に思い当たる節があり、反射的に身体が力んだ。
みしりと、ミシェルの握るステッキが軋む音が響く。
「ペガサス教団の連中が、何か企んでいると?」
低い声で問いかけたのはジョンだ。
それを聞いたアダマスは「そうですね」と、静かに肯定する。
「本日、学会会場で起きた災害も教団が引き起こしたもの。人災と言ってもいいかもしれませんね。そして、更に大きな規模の大災害が遠からず起きる情報を、私達は掴んでいます。その時、災害を食い止められるかは貴方方にかかっている」
アダマスの声は真剣だ。
しかし突然、災害を止めるだのなんだの言われても飲み込める訳もなく。特にこの中で一番若く、昨日まで大規模な災害に巻き込まれた経験がなかったクララは、大いに戸惑った。
「その、ちゃんと順を追って説明してくださいませ! 一介の医師であるわたくしに、災害を鎮める力なんて……!」
「アダマス、迅速と性急を混同するな」
クララの発言に被せるように、ミシェルは言う。
「急ぐな」、と。
「保護、と言ったか。偽りを申すとは不誠実な。汝が求めるは身の安全ではなく、殺生与奪の権利。有事の際に速やかに命を奪う為」
「えっ!? つまりわたくし達に死んで欲しいと……!? どうしてですか!?」
「『珊瑚』の贄。『珊瑚』の餌。それに相応しいと判断せし者が我らか。全ては来たる日の【降臨】に備え、陽動する為に」
「……? ……??」
クララの頭の中が疑問符でいっぱいになる。
『珊瑚』が関わっているのはわかる。しかしミシェルの言う贄も餌も降臨も揺動も、意味がわからない。
それらのキーワードを掛け合わせて考えるとしたら、『珊瑚』の擬似餌になれと、言われているように感じるが。
「例えそうだとして、問題ないのでは? 元より貴方方は『珊瑚』の撲滅に命を賭す覚悟でしょう? 実際、学会会場でミシェル会長は捨て身で『珊瑚』を屠ろうとしていました。しかし貴方方は一般市民よりも遥かに価値のある、尊い命。……その素晴らしい覚悟の使い所を、間違えて欲しくないのです」
「老いた猿に新しい芸当は教えるな」
ミシェルは吐き捨てるように言った。
そのことわざは文字通り、経験豊富な者に新しいことを教える必要などない、という意味なのだが――端的に言えば「余計なお世話」だと、ミシェルは言っているのだ。
「予防は治療に勝る。汝が真に『珊瑚』を憂いているというのならば……」
そこでミシェルは席から立ち上がり、ステッキをくるりと回転させると、
先端を自身の首に向けた。
「自死を見届けるべきである」
ミシェルの行動に警備兵がざわめく。すかさずテーザーガンを構え、撃とうとしたが「やめなさい」とアダマスに止められた。しかしそれはミシェルの自死を見届ける為ではない。
「下手に衝撃を与えてしまえば、勢い余ってステッキが動脈を貫いてしまいます」
寧ろ、自死を止める為の命令だ。
実際、ステッキの先端は既に首筋に食い込み、赤い血が一筋、重力によって流れ落ちている。
「ミ、ミ、ミシェル会長……!? いきなり何を……!?」
「理屈としては理解できる。教団の人間……正確にはステージ6だが、ともかく奴らに『回収』され、何かしら利用されるのを防ぐには、自死が手っ取り早い。実に効率的だ」
「ジョン先生、感心しないでくださいまし! 訳がわかりませんが、自殺だなんて絶対よくありません事よ!? ミシェル会長、どうかおやめくださいな!」
「そうですよ、ミシェル会長。自死をしては貴方を守ったウミヘビが浮かばれない。……そうだ、ウミヘビが居ましたね」
アダマスは顎に手を当て頷いた。
「トルエンでしたか。そのウミヘビを貴方の命と連動させましょう」
そして名案が思い浮かんだ、とでも言いたげな上機嫌な笑みを浮かべ、彼はポンと手を叩く。
「自死を選べば、廃棄します。アレは貴方の守護を命じる為に連行した。しかし貴方がいなければ、存在意義がなくなりますからね」
それは紛うことなき、人質宣言。
加えて一つの命ではなく、備品としてしか考えていないのがありありと伝わる。
使えるから使う。使えないなら捨てる。
アダマスの中にあるのは、それだけだ。
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