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第二十六章 交差する思惑
第546話 管理権限
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「問い掛ける」
ミシェルが口を開く。
首筋にステッキの先端を当てたまま。
「ウミヘビはオフィウクス・ラボが所有する者達。汝に廃棄の権限はない。何故、先の発言を……」
「いいえ、あります」
それに対し、アダマスは上機嫌な微笑みを浮かべたまま答えた。
「先程、オフィウクス・ラボではウミヘビの管理は不十分と判断されました。この場合、管理権は国連へ移ります。正確に言うと最高議決機関である総会に。しかしながらアレは危険性が高い。実際に管理するのは私達、秘密警察及び国連軍を動かせる司令官です」
彼は胸元に手を当て、堂々と言い放つ。
「これは国連会議で決定した事、覆す事は出来ません。ラボも飲み込まざるを得ない強制力が……」
「偽りを申すな」
するとミシェルはステッキをぐぐ、と。更に首へ食い込ませ、その身をもってしてアダマスの言葉を遮る。
「ウミヘビの管理権は依然としてオフィウクス・ラボ。そして直接、貸し受けた予にある。そうでなければ予の反応など待たずさっさと廃棄している。特にトルエン、クレゾール、クロロメタンは第二課。使い道が限られる弱き毒素。なのに収監で留めているという事は、そういう事よ」
「……流石は予言者と謳われるミシェル会長。洞察力が抜きん出ていますね」
余裕を崩さなかったアダマスの赤い瞳が、始めて揺らいだ。
ミシェルの推察は真実と言って、差し支えないらしい。
「しかし不完全とは言え、管理権限が移ったのは嘘ではありませんよ? 例えばそう、ウミヘビが浮いた瞬間。ラボやクスシ、貴方のような代打所有者の管理下から離れたのならば、此方が好きな時に廃棄できます」
「……。その例えとは、予の命が潰えた時か」
「えぇ。借主が返却する前に亡くなってしまっては、ウミヘビの管理は浮きます。脱走と変わらない。速やかな廃棄が求められるのですよ」
「逆を言うのならば、予の命ある限りウミヘビの立場も揺らがぬ、と」
「……アレらが規則違反を犯さなければ、そうなりますね」
アダマスからその言葉を引き出したミシェルは、そこでようやくステッキを下ろし、先端を床に付ける。
カンッ
硬質な音が会議室に響いた。
その音を皮切りに、圧迫感から動けずにいたクララがミシェルの首の傷を診察。浅い傷があるのみで大量出血の心配はないと見て、「失礼」と一言断りを入れた後に、患部をアルコール消毒しガーゼで水分を拭き取り、最後にぺたりと絆創膏を貼り付けた。
クララの白衣のポケットには常に簡易的な救急セットを忍ばせており、擦り傷程度の傷ならば即座に対応ができるのである。
「アダマスよ。予の所有はトルエンのみに限る口振りであったな」
「だってそうでしょう? 貴方の側にいたのはトルエンのみで、他のウミヘビは……」
「否、国連本部にいる全てのウミヘビが予の物よ」
そう言うとミシェルは黒衣のポケットから取り出した何かを、アダマスの目の前へ叩き付けた。
それは封蝋が開けられた一通の封筒。
赤い蝋には『P』の印璽――オフィウクス・ラボの所長、パラケルススの、イニシャルが刻まれている。
「所長パラケルススから直々に権限を得た。実際に行使するかは決めかねていたが、汝の思惑に左右されるよりも予の手の内に納めた方が次善と判断した。証明が中にある。確認するといい」
「……。権限を……」
「先に言っておくが、この書を破ろうとも燃やそうとも、予の権限は揺るがない。これはあくまで複製物。原本は電子上に厳重に保管されている故」
ジョンとクララの会長就任を証明する証明書と、同じ状態。
そこでアダマスはトンと、封書の封蝋を指先で触れた。
(パラケルススの封書で、間違いなさそうだね)
色味、厚み、質感、印璽のデザイン。
どれを取っても、パラケルススが公的な書類を扱う際に使用している物と一致している。念の為にも中身を取り出してみれば、出てきたのは小さいながらも歴とした証明書。偽造の痕跡はない。
(……この場にいる全てのウミヘビ、となると……)
――ラボから此処へ移送したウミヘビも、含まれる。
ウミヘビを移送したのは今日。災害真っ只中。電波障害があったうえに、今日の大半の時間を武装車の中にいたミシェルがその事実を知る隙はない。
この事態に陥る未来をミシェルは予言していたと言うのか。予言していたからこそ、パラケルススの証明書を所持していたと言うのか。
(いや、証明書を用意できるのはパラケルススのみ。パラケルススが事前に事態を予見していなければ、コレがミシェルの手に渡る事は……。図々しい程に居座っていたというのに、数日前に突然、本部から姿を消したのはコレを用意する為か。全く……)
つい先日まで、ウミヘビの権限を巡り、アダマスと平行線の話し合いを繰り広げていたパラケルスス。
ウミヘビを全て管理下に置きたい国連と、ウミヘビを収監(※オフィウクス・ラボは保護と主張しているが)している人工島アバトンへの不干渉を望むパラケルスス。話が纏まる訳がない。一つ驚異的なのは、パラケルススは個人で国連を相手にできている点か。
あらゆる根回しをすませ、国連の後ろ暗い醜聞を握り、特に電子機器系統の支配をも仄めかしたうえで、彼は一歩も引かずにテーブルへ着いていた。
ある意味ウミヘビよりも厄介なパラケルススを放置できず、国連本部にいる間、アダマスはオフィウクス・ラボではなく彼に注意を向ける他なかった。
そんな彼が特殊学会の準備を理由に本部を離れた隙に、水面下で機を伺っていた『移送』を実行に移したのだが――
(誘導された? 違うね。パラケルススは家族などと謳うアレらが危険に晒される事を嫌う。此処を離れたのは恐らく、他に打ちたい手があったから。つまり、この証明書は保険だ。主にミシェルへつけたトルエンと、ジョンへつけたクレゾールの保護をする為の)
勝手にクララについて来たらしきクロロメタンの存在は想定外だと思われるが、ある程度の想定外も含め用意した証明書と思われる。
この『ある程度の想定外』を何処まで考えていたのか。こればかりはパラケルススに直接、問わなければわからない。
しかしこのまま肯首するのは面白くない。
ようやく兵器が手に入ったというのに、活用を妨げられては、今までの下準備が無駄となってしまう。
「幾ら証明書があると言っても、ウミヘビを複数も預かるなど……。管理し切れないでしょう? 管理能力がないと判断されれば証明書の効力は失われます。ですので此処は国連と協力を……」
「では管理権限の一部をジョン及びクララへ譲渡する。如何か?」
「……。えぇ、えぇ。わかりました。それ以上の事があれば、私の方で管理いたしますので」
こうして、国連本部でのウミヘビの処遇は一区切りがついた。
「……あの、これはつまり、どう言う話でしたの?」
「俺達はウミヘビの世話を押し付けられた。以上」
「えぇええっ!? あの殿方の!?」
なお最初から最後まで何を討論していたか分からなかったクララは、ジョンの簡潔すぎる説明によってようやく現状を理解したのだった。
ミシェルが口を開く。
首筋にステッキの先端を当てたまま。
「ウミヘビはオフィウクス・ラボが所有する者達。汝に廃棄の権限はない。何故、先の発言を……」
「いいえ、あります」
それに対し、アダマスは上機嫌な微笑みを浮かべたまま答えた。
「先程、オフィウクス・ラボではウミヘビの管理は不十分と判断されました。この場合、管理権は国連へ移ります。正確に言うと最高議決機関である総会に。しかしながらアレは危険性が高い。実際に管理するのは私達、秘密警察及び国連軍を動かせる司令官です」
彼は胸元に手を当て、堂々と言い放つ。
「これは国連会議で決定した事、覆す事は出来ません。ラボも飲み込まざるを得ない強制力が……」
「偽りを申すな」
するとミシェルはステッキをぐぐ、と。更に首へ食い込ませ、その身をもってしてアダマスの言葉を遮る。
「ウミヘビの管理権は依然としてオフィウクス・ラボ。そして直接、貸し受けた予にある。そうでなければ予の反応など待たずさっさと廃棄している。特にトルエン、クレゾール、クロロメタンは第二課。使い道が限られる弱き毒素。なのに収監で留めているという事は、そういう事よ」
「……流石は予言者と謳われるミシェル会長。洞察力が抜きん出ていますね」
余裕を崩さなかったアダマスの赤い瞳が、始めて揺らいだ。
ミシェルの推察は真実と言って、差し支えないらしい。
「しかし不完全とは言え、管理権限が移ったのは嘘ではありませんよ? 例えばそう、ウミヘビが浮いた瞬間。ラボやクスシ、貴方のような代打所有者の管理下から離れたのならば、此方が好きな時に廃棄できます」
「……。その例えとは、予の命が潰えた時か」
「えぇ。借主が返却する前に亡くなってしまっては、ウミヘビの管理は浮きます。脱走と変わらない。速やかな廃棄が求められるのですよ」
「逆を言うのならば、予の命ある限りウミヘビの立場も揺らがぬ、と」
「……アレらが規則違反を犯さなければ、そうなりますね」
アダマスからその言葉を引き出したミシェルは、そこでようやくステッキを下ろし、先端を床に付ける。
カンッ
硬質な音が会議室に響いた。
その音を皮切りに、圧迫感から動けずにいたクララがミシェルの首の傷を診察。浅い傷があるのみで大量出血の心配はないと見て、「失礼」と一言断りを入れた後に、患部をアルコール消毒しガーゼで水分を拭き取り、最後にぺたりと絆創膏を貼り付けた。
クララの白衣のポケットには常に簡易的な救急セットを忍ばせており、擦り傷程度の傷ならば即座に対応ができるのである。
「アダマスよ。予の所有はトルエンのみに限る口振りであったな」
「だってそうでしょう? 貴方の側にいたのはトルエンのみで、他のウミヘビは……」
「否、国連本部にいる全てのウミヘビが予の物よ」
そう言うとミシェルは黒衣のポケットから取り出した何かを、アダマスの目の前へ叩き付けた。
それは封蝋が開けられた一通の封筒。
赤い蝋には『P』の印璽――オフィウクス・ラボの所長、パラケルススの、イニシャルが刻まれている。
「所長パラケルススから直々に権限を得た。実際に行使するかは決めかねていたが、汝の思惑に左右されるよりも予の手の内に納めた方が次善と判断した。証明が中にある。確認するといい」
「……。権限を……」
「先に言っておくが、この書を破ろうとも燃やそうとも、予の権限は揺るがない。これはあくまで複製物。原本は電子上に厳重に保管されている故」
ジョンとクララの会長就任を証明する証明書と、同じ状態。
そこでアダマスはトンと、封書の封蝋を指先で触れた。
(パラケルススの封書で、間違いなさそうだね)
色味、厚み、質感、印璽のデザイン。
どれを取っても、パラケルススが公的な書類を扱う際に使用している物と一致している。念の為にも中身を取り出してみれば、出てきたのは小さいながらも歴とした証明書。偽造の痕跡はない。
(……この場にいる全てのウミヘビ、となると……)
――ラボから此処へ移送したウミヘビも、含まれる。
ウミヘビを移送したのは今日。災害真っ只中。電波障害があったうえに、今日の大半の時間を武装車の中にいたミシェルがその事実を知る隙はない。
この事態に陥る未来をミシェルは予言していたと言うのか。予言していたからこそ、パラケルススの証明書を所持していたと言うのか。
(いや、証明書を用意できるのはパラケルススのみ。パラケルススが事前に事態を予見していなければ、コレがミシェルの手に渡る事は……。図々しい程に居座っていたというのに、数日前に突然、本部から姿を消したのはコレを用意する為か。全く……)
つい先日まで、ウミヘビの権限を巡り、アダマスと平行線の話し合いを繰り広げていたパラケルスス。
ウミヘビを全て管理下に置きたい国連と、ウミヘビを収監(※オフィウクス・ラボは保護と主張しているが)している人工島アバトンへの不干渉を望むパラケルスス。話が纏まる訳がない。一つ驚異的なのは、パラケルススは個人で国連を相手にできている点か。
あらゆる根回しをすませ、国連の後ろ暗い醜聞を握り、特に電子機器系統の支配をも仄めかしたうえで、彼は一歩も引かずにテーブルへ着いていた。
ある意味ウミヘビよりも厄介なパラケルススを放置できず、国連本部にいる間、アダマスはオフィウクス・ラボではなく彼に注意を向ける他なかった。
そんな彼が特殊学会の準備を理由に本部を離れた隙に、水面下で機を伺っていた『移送』を実行に移したのだが――
(誘導された? 違うね。パラケルススは家族などと謳うアレらが危険に晒される事を嫌う。此処を離れたのは恐らく、他に打ちたい手があったから。つまり、この証明書は保険だ。主にミシェルへつけたトルエンと、ジョンへつけたクレゾールの保護をする為の)
勝手にクララについて来たらしきクロロメタンの存在は想定外だと思われるが、ある程度の想定外も含め用意した証明書と思われる。
この『ある程度の想定外』を何処まで考えていたのか。こればかりはパラケルススに直接、問わなければわからない。
しかしこのまま肯首するのは面白くない。
ようやく兵器が手に入ったというのに、活用を妨げられては、今までの下準備が無駄となってしまう。
「幾ら証明書があると言っても、ウミヘビを複数も預かるなど……。管理し切れないでしょう? 管理能力がないと判断されれば証明書の効力は失われます。ですので此処は国連と協力を……」
「では管理権限の一部をジョン及びクララへ譲渡する。如何か?」
「……。えぇ、えぇ。わかりました。それ以上の事があれば、私の方で管理いたしますので」
こうして、国連本部でのウミヘビの処遇は一区切りがついた。
「……あの、これはつまり、どう言う話でしたの?」
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