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第二十六章 交差する思惑
第544話 会長就任
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西暦2320年11月1日、16時30分。
スイス、ジュネーブ。
国際連盟本部、そのビルの一室にて。
五角星がデザインされたフェイスマスクを付けた女医、クララは大層値が張るだろう人間工学椅子に浅く座り、大層居心地が悪そうに縮こまっていた。
何せ右にはペストマスクを付けたフランスWHO会長のミシェル、左には英雄と名高い、チェッカー柄のフェイスマスクを付けた元イギリス感染病棟院長のジョンがいるのだ。目の前の白いテーブルに置かれたお茶に手を出すのも憚られ、カチカチに硬直する他なかった。
ここは狭い会議室だ。四角いテーブルを真ん中に、対面するように三対の椅子を置いただけでいっぱいになってしまうような、少人数用の小部屋。
この狭さも息苦しさの一因で、更には扉の前に武装した警備兵が2人も並んでいるものだから、緊張が途切れない。
(うぅ……。クロロメタンさん達が恋しい……)
マスクの下で泣きそうになるクララ。
彼女の頭には会議室へ連れられる前に行動を共にしていた、クロロメタンを始めとする浮世離れした美貌三人組。彼らと別れる前、装甲車両での移動中は空気など読まず明るく話しかけてくれた。張り詰め、重苦しい空気などないかのように。それでクララも肩の力を多少、抜く事が出来たのだが、下車の際に別れてしまって以降、彼らの行方はわからない。
その不安も、クララが落ち着けない一因である。
「いつまで待たせる気だ」
唐突に声が落ちた。
静寂を破ったのは、足を組み、尊大な態度で掛け時計を睨んでいたジョンだ。
「この部屋に入ってから10分経った。10分だぞ? ベルリンからの移動の時間も含めれば5時間もの時が過ぎた。その間、食事こそあれど待たせ続けるなど……時間の無駄だ」
「い、移動時間も無駄な時間に入るのですか?」
おずおずと言った様子で思わず突っ込んでしまうクララ。
移動時間はどうしようもないのでは、と思っての事だ。ベルリンからジュネーブまで、装甲車両は途中、空の飛行も挟んで移動をしていた。空陸両用車をフル活用してでの移動な以上、これ以上の短縮は不可能だ。
「車ではなく飛行機が良かったという話、ですかね?」
「移動手段など関係ない」
「えっ、えぇ?」
「移動中だろうとも幾らでも交信手段はあっただろうに、何故なにもして来ない。飛行機ではなく車を使ったんだ、機内における制限もなかったろうに」
チッ、と。マスクの下から舌打ちが聞こえた。
(さ、流石はせっかちで無駄を嫌う性分を持つジョン先生。移動中に時間を有効活用してこなかった事に憤っているのですね……)
クララは単に「実質、拉致犯が目的を話す事なんてないだろう」と流していたのだが、そこに容赦なくメスを入れてくる辺り彼のポリシーは一切、揺らいでいない。
(コールドスリープから目覚める前と同じですわ。このお姿を見たらフローレンスさまも、あとエドワード院長も大層お喜びになるでしょうに)
この場にいない事が悔やまれる。
しかしジョンが口を開いた所で、警備兵は黙ったまま。車の中での態度と全く同じだ。
ジョンの苛立ちが募るのが伝わる。そして間を置かず、彼は席からたった。
「ジョ、ジョン先生?」
「出て行く」
「いけませんっ! 勝手な行動をしてしまったら何をされるか……!」
「知るか。此処は檻ではなく国連本部なんだ、手段など幾らでも……」
「転がる石には苔が生えない」
ぼそりと、今までずっと黙していたミシェルが呟く。
例によってことわざだ。アメリカでは『常に活発に動く者は清新としている』というポジティブな意味で扱われる。動いているからこそ苔が残らず、綺麗な状態を保てるのだと。しかしイギリスでは『辛抱が足らず成功しない』というネガティブな意味合いで使われる事が一般的だ。
――そしてジョンは、生粋のイギリス人である。
「ミシェル、俺を嗜めたいのならばハッキリ言え。遠回しな物言いなど無駄なこと極まりない」
「お、落ち着いてくださいまし、ジョン先生! きっとミシェル会長は貴方の強い意志を後押ししてくださって……! ……いえ、でもその、今は慎重で居た方がよろしいかと思いますが……」
「訳も分からず待っていて何が変わる。クレゾールもラボに返さねばならぬというのに、勝手に引き離して……。あれは俺が借り受けたウミヘビだ、さっさと連れ帰らせろ。ついでに他のウミヘビも、」
「それは出来ない相談です」
ジョンの言葉を遮った上で、会議室へ入室したのは、人工灯の下でも輝くプラチナブロンドと、鮮やかな赤色の瞳を持つ男性。
彼の着る上質なスーツの左胸、ポケットの上には、国連のエンブレムが描かれた金のバッチが輝いている。
そのエンブレムの通り、彼は国連の人間だ。
秘密警察司令官、アダマス。上層部の一人。
彼の登場に、控えていた警備兵二人がすかさず敬礼をする。
「できない? 国連はいつから窃盗をするようになったんだ」
「窃盗だなんて人聞きの悪い。これは管理ですよ、ジョン会長」
強調するように名と、肩書きを呼んだ後、アダマスはジョンへ座るように促した。
ようやく話ができる人物が来たからか、ジョンは渋々、元の席に座る。
着席を確認したアダマスは満足気に笑うと、クララ達の向かいの席、その真ん中に腰を下ろした。
「長らくお待たせしてすみません。ウミヘビの収監に時間がかかってしまい」
「しゅ、収監? その、まるで罪人を扱うような口振りですけど……」
「罪人と言うよりも猛獣ですね。危険な生き物は管理しなくては。尤もアレは生き物に分類されませんが」
「え。そ、それはどういう意味でしょう……?」
クララは混乱する。
移動を共にした美男3人がウミヘビと呼ばれる種族てある事は、ジョンから車内で聞いた。しかし生き物に分類されない、という物言いの意味がわからない。毒素という特殊な力がある意外、動き、喋り、笑い、思考していた。
生きていないなんて事、あり得ないだろう。
「彼らは人造人間なのすよ、クララ会長」
「ホ、人造人間? 会長?」
「えぇ」
そこでアダマスは2枚、手に持っていた封筒の中にしまっていた紙を取り出すと、机の真ん中に置く。
その紙にはクララ、そしてジョンの経歴と顔写真が各々印刷されており――下部には大きな文字で、WHO会長就任もまた、書き込まれていた。
スイス、ジュネーブ。
国際連盟本部、そのビルの一室にて。
五角星がデザインされたフェイスマスクを付けた女医、クララは大層値が張るだろう人間工学椅子に浅く座り、大層居心地が悪そうに縮こまっていた。
何せ右にはペストマスクを付けたフランスWHO会長のミシェル、左には英雄と名高い、チェッカー柄のフェイスマスクを付けた元イギリス感染病棟院長のジョンがいるのだ。目の前の白いテーブルに置かれたお茶に手を出すのも憚られ、カチカチに硬直する他なかった。
ここは狭い会議室だ。四角いテーブルを真ん中に、対面するように三対の椅子を置いただけでいっぱいになってしまうような、少人数用の小部屋。
この狭さも息苦しさの一因で、更には扉の前に武装した警備兵が2人も並んでいるものだから、緊張が途切れない。
(うぅ……。クロロメタンさん達が恋しい……)
マスクの下で泣きそうになるクララ。
彼女の頭には会議室へ連れられる前に行動を共にしていた、クロロメタンを始めとする浮世離れした美貌三人組。彼らと別れる前、装甲車両での移動中は空気など読まず明るく話しかけてくれた。張り詰め、重苦しい空気などないかのように。それでクララも肩の力を多少、抜く事が出来たのだが、下車の際に別れてしまって以降、彼らの行方はわからない。
その不安も、クララが落ち着けない一因である。
「いつまで待たせる気だ」
唐突に声が落ちた。
静寂を破ったのは、足を組み、尊大な態度で掛け時計を睨んでいたジョンだ。
「この部屋に入ってから10分経った。10分だぞ? ベルリンからの移動の時間も含めれば5時間もの時が過ぎた。その間、食事こそあれど待たせ続けるなど……時間の無駄だ」
「い、移動時間も無駄な時間に入るのですか?」
おずおずと言った様子で思わず突っ込んでしまうクララ。
移動時間はどうしようもないのでは、と思っての事だ。ベルリンからジュネーブまで、装甲車両は途中、空の飛行も挟んで移動をしていた。空陸両用車をフル活用してでの移動な以上、これ以上の短縮は不可能だ。
「車ではなく飛行機が良かったという話、ですかね?」
「移動手段など関係ない」
「えっ、えぇ?」
「移動中だろうとも幾らでも交信手段はあっただろうに、何故なにもして来ない。飛行機ではなく車を使ったんだ、機内における制限もなかったろうに」
チッ、と。マスクの下から舌打ちが聞こえた。
(さ、流石はせっかちで無駄を嫌う性分を持つジョン先生。移動中に時間を有効活用してこなかった事に憤っているのですね……)
クララは単に「実質、拉致犯が目的を話す事なんてないだろう」と流していたのだが、そこに容赦なくメスを入れてくる辺り彼のポリシーは一切、揺らいでいない。
(コールドスリープから目覚める前と同じですわ。このお姿を見たらフローレンスさまも、あとエドワード院長も大層お喜びになるでしょうに)
この場にいない事が悔やまれる。
しかしジョンが口を開いた所で、警備兵は黙ったまま。車の中での態度と全く同じだ。
ジョンの苛立ちが募るのが伝わる。そして間を置かず、彼は席からたった。
「ジョ、ジョン先生?」
「出て行く」
「いけませんっ! 勝手な行動をしてしまったら何をされるか……!」
「知るか。此処は檻ではなく国連本部なんだ、手段など幾らでも……」
「転がる石には苔が生えない」
ぼそりと、今までずっと黙していたミシェルが呟く。
例によってことわざだ。アメリカでは『常に活発に動く者は清新としている』というポジティブな意味で扱われる。動いているからこそ苔が残らず、綺麗な状態を保てるのだと。しかしイギリスでは『辛抱が足らず成功しない』というネガティブな意味合いで使われる事が一般的だ。
――そしてジョンは、生粋のイギリス人である。
「ミシェル、俺を嗜めたいのならばハッキリ言え。遠回しな物言いなど無駄なこと極まりない」
「お、落ち着いてくださいまし、ジョン先生! きっとミシェル会長は貴方の強い意志を後押ししてくださって……! ……いえ、でもその、今は慎重で居た方がよろしいかと思いますが……」
「訳も分からず待っていて何が変わる。クレゾールもラボに返さねばならぬというのに、勝手に引き離して……。あれは俺が借り受けたウミヘビだ、さっさと連れ帰らせろ。ついでに他のウミヘビも、」
「それは出来ない相談です」
ジョンの言葉を遮った上で、会議室へ入室したのは、人工灯の下でも輝くプラチナブロンドと、鮮やかな赤色の瞳を持つ男性。
彼の着る上質なスーツの左胸、ポケットの上には、国連のエンブレムが描かれた金のバッチが輝いている。
そのエンブレムの通り、彼は国連の人間だ。
秘密警察司令官、アダマス。上層部の一人。
彼の登場に、控えていた警備兵二人がすかさず敬礼をする。
「できない? 国連はいつから窃盗をするようになったんだ」
「窃盗だなんて人聞きの悪い。これは管理ですよ、ジョン会長」
強調するように名と、肩書きを呼んだ後、アダマスはジョンへ座るように促した。
ようやく話ができる人物が来たからか、ジョンは渋々、元の席に座る。
着席を確認したアダマスは満足気に笑うと、クララ達の向かいの席、その真ん中に腰を下ろした。
「長らくお待たせしてすみません。ウミヘビの収監に時間がかかってしまい」
「しゅ、収監? その、まるで罪人を扱うような口振りですけど……」
「罪人と言うよりも猛獣ですね。危険な生き物は管理しなくては。尤もアレは生き物に分類されませんが」
「え。そ、それはどういう意味でしょう……?」
クララは混乱する。
移動を共にした美男3人がウミヘビと呼ばれる種族てある事は、ジョンから車内で聞いた。しかし生き物に分類されない、という物言いの意味がわからない。毒素という特殊な力がある意外、動き、喋り、笑い、思考していた。
生きていないなんて事、あり得ないだろう。
「彼らは人造人間なのすよ、クララ会長」
「ホ、人造人間? 会長?」
「えぇ」
そこでアダマスは2枚、手に持っていた封筒の中にしまっていた紙を取り出すと、机の真ん中に置く。
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