毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十六章 交差する思惑

第553話 地下共同墓地

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「ルイ院長。この度は協力を受け入れてくださり、誠に有り難うございます」

 究極の選択を飲み込んでから10分後。
 ルイはフランス感染病棟の裏手に広がる地下共同墓地カタコンベ、その中にある石壁に囲まれた通路で、モーズに深々と頭を下げられていた。

「滞在費や設備の使用料は支払います! 後払いになってしまう点は申し訳ありませんが……。あ、食費や消耗品の費用なら今からでも払えますので!」

 懐中電灯の灯り以外存在しないという、暗がりの不気味さとは裏腹に、至極礼儀正しく振る舞うモーズ。それにチグハグさを覚えるルイ。
 ちなみにモーズの後ろには、テトラミックスという名の赤毛のウミヘビと、ブロムという名の赤褐色の髪をしたウミヘビ。そして灰色の髪をポニーテールに纏めた、セレンが立っている。
 このセレンこそが、白い手の正体だ。
 彼とはパラス国で開催された学会で顔を合わせている。だから声に聞き覚えがあった。
 セレンはルイが協力を飲んだと同時に、首から手を離し、今度は抱上げ、窓から外へ出るとこの地下共同墓地カタコンベまで運搬した。そして協力要請を申し出た本人であるモーズに引き合わせてきたのだ。

「ルイ院長? 如何いたしました?」
「……いや。貴殿は人にものを頼む時、脅迫を使うのかと思うと、意外に思っていただけだ……」
「脅迫……!? 私はセレンにメッセンジャーを頼んだだけのつもりなのですが……!?」

 ルイの言葉にモーズは本気で困惑している。どうやら首を鷲掴んできたのは、セレンの独断だったらしい。
 静かに交渉をしたいが、ルイはフェイスマスクを付けている為に口を塞げない。だから代わりに首を掴み、声を潰した。と言った所だろうか。
 物騒かつ力技過ぎる。欠片も悪びれた顔をしていないセレンを横目に見ながら、ルイは脱力した。

「本来なら私が直接、話を持ちかけたかったのですが……。諸事情で人前に姿を出せない身でして、セレンを介させて頂きました。そのセレンが無礼を働いたのでしたら謝ります。迷惑をかけてしまいましたね、ルイ院長」
「いや、もうよい」

 秘密裏に匿いたいという相手が犯罪者でも何でもないどころか、自分の知り合いだったという落差。
 法の道を外れる覚悟までしたのが馬鹿らしくなる程の肩透かしである。

「しかし一言、名乗ってくれたのならば円滑に話を進められたろうに。名乗る事さえ難しかったのか?」
「……はい、そうなのです。メールも情報漏洩を可能性を考えると難しく……。合流場所も、病棟近くで人目のない所を考えた末、地下墓地ここになってしまいました」

 そう話すモーズの声は、暗く沈んでいた。
 地下共同墓地カタコンベにルイを呼び出すことになったのも本意ではなかった事が、ありありと伝わる。

「ふむ。余程、切羽詰まった状況と見た」
「すみません、ルイ院長。なるべくご迷惑はかけないようにしますので……」
「そう気を張らなくても良い。厄介事に巻き込まれるのは慣れておる。それに……」

 ルイの脳裏に過ぎるのは、ミシェルから伝えられた予言。

 ――待つ事を知る者には全てが時を経てやってくる。しかしさかずきから唇までは遠いものだ。
 ――故に斧の後で決して柄を投げてはならないと、近く巡り合う蛇に、伝えて欲しい。

(この『近く巡り合う蛇』とは、此奴きゃつと見ていいのか?)

 ミシェルの思い描いていた『蛇』がクスシ“ヘビ”であるモーズを指しているのか、ルイには判断がつかない。
 しかしモーズが身を隠しながら過ごしている辺り、ミシェルが伝言相手を名指しせず曖昧にしてきた理由付けが出来てしまう。
 あの場に居た誰にも、モーズに関わる情報を落としたくなかった。何かの拍子で居場所を知られてしまえば、よくない事が起こるから。
 そう考えれば筋は通る。モーズと接点を持たない筈のミシェルが何故、モーズの行動を把握しているのかわからないが、彼の意図は可能な限り汲み取るべきだと、ルイは判断した。

「……。それにしても、貴殿らは丁度よい頃合いに吾輩の元へ来たものだな。直にドイツ感染病棟から多くの患者が転院してくる。人が入り乱れる。その際、貴殿らも入院させてしまえば目立つ事もなかろうて」
「そうなのですか。……大変な時期に、来てしまいましたね。ただでさえ学会後でお疲れでしょうに……」
「これこそが院長たる吾輩の仕事だ、貴殿が気にする事ではない。して、話に聞く『5人目』は何処に居るのだ? 此処には居ないのか?」
「いいえ、この場にいます。そして彼こそが、活路。ステージ5の治療方法を見付ける鍵です」
「ほう」

 重要人物だ。丁重に迎える必要があるだろう。
 ルイはマスクの下で表情を引き締める。
 次いでモーズは「彼です」と、モーズが墓地の奥を懐中電灯を照らした。その先には、石壁にもたれ掛かっている一人の青年がいる。青年はまるで石のように動かない。
 呼吸の気配すら、薄い。

「彼の名前はフランチェスコ。芽胞の状態で眠っている……私の、昔馴染みです」

 モーズの昔馴染み、フランチェスコは、身体の彼方此方から真紅の色をした菌糸が突き出ていた。目視でわかる。彼はステージ5だ。本来ならば処分が必要の、生物災害バイオハザード
 だが、ルイが抱いた問題はそこではなかった。いや、フランチェスコがステージ5である事も充分過ぎる程に問題なのだが、目に飛び込んできた視覚情報が、病状以上の衝撃インパクトを叩き付けてきたのだ。
 ブゥン
 ブ、ブブブ、ブゥーン……
 耳鳴りのような羽音。乱れ飛ぶ黒い点、肌を這い回る白い筋。
 蝿と、蛆だ。

「……。…………」

 蠢く無数の“それ”を認識したと同時に、生理的嫌悪が、全身を駆け巡り――

「っ、ぎゃああああ!!」

 地下共同墓地カタコンベ中に、ルイの絶叫が響き渡ったのだった。
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