毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
572 / 600
第二十六章 交差する思惑

第554話 隔離病室

しおりを挟む
 翌日。11月3日。
 ルイは院長机に上半身を預け、突っ伏していた。
 ドイツ感染病棟からの転院患者受け入れ、不足分の医療物資の補充、スタッフのシフト再編成。その他、細々とした業務を怒涛の勢いで片付けていたら、気付けば夜が明けていた。
 疲れた。
 端的に言えばそうなる。しかしこれでもまだ転院患者全員を捌けた訳ではない。一度に動かせる救急車、病床の用意には限りがあるのだから、当たり前ではある。とは言えピークは過ぎた。スタッフ一同も、昨日一日で段取りの共有は出来ている。

(これで漸く、ひと段落であるか? いや、吾輩にはまだすべき事が……)
「失礼します、院長」

 そこに、ノックと共に副院長が院長室へ入室してきた。
 ルイは慌てて居住いを正し、彼を迎え入れる。

「何用か。引き継ぎに不備が?」
「いいえ、運用は万全です。ただ少し気になる点がありまして……」

 そう言いながら副院長がルイに見せてきたのは、病棟内部のマップを映したホログラム映像。

「この中の印を付けた病室……。どの職員も割り当てられていないようですが、それは何故でしょうか?」

 副院長の言う病室とは、ステージの重い珊瑚症患者が割り当てられる隔離病室だ。わかりやすいよう、赤のマーキングを付けられている。
 此処には昨日の転院で、一人の患者が入った。となれば監視カメラを常時起動し、巡回医師もシフトを細かく組む必要がある。
 しかし担当にルイの名前があるだけで、監視カメラも起動させていない。副院長が不可解に思うのは当然であった。

「それか。伝え忘れていたな。その患者には、ドイツ感染病棟から来た医師が割り当てられている。其奴が24時間付き添っている故、巡回も監視も必要ない。吾輩も表面上、担当にはしているが、あくまで補助よ」
「他所からの応援、という事ですか? ならば副院長である私も挨拶をしなくてはいけませんね」
「必要ない。かの者は担当している患者に神経を注いでいてな。集中を乱すのは得策ではない」

 話しながら、ルイは椅子から立ち上がり、副院長の隣を通り抜け颯爽と部屋の扉へ向かう。

「貴殿の事は吾輩から伝えておく」
「しかし……」
「件の患者はいつ亡くなってもおかしくない状況よ。しかしドイツの医師は諦めたくないと主張し、吾輩はそれを受け入れた。……あの者は学会会場で、多くの死を見てきたのだ。せめて目の前の患者だけでも、と願っているのであろう」

 それを聞いた副院長は、はっと息を飲む。
 多くの死傷者が出てしまった学会での生物災害バイオハザード――現在は『赤鯨の災厄』と呼ばれている――その只中に居た医師。と聞けば、その身に受けた肉体的な負荷も精神的な負荷も、計り知れないものがあったと察せられる。
 それでも、まだ息のある患者に尽くす。それがある種の精神安定剤となって、医師の精神をギリギリの所で繋ぎ止めている可能性も、大いに考えられる。

「吾輩はきゃつに誰の邪魔も受けさせず、気の済むまで好きなようにさせる事とした。おぬしも干渉せぬように。他の職員にも伝えておけ」
「はい。わかりました、副院長」
「では、吾輩は仮眠を取る。後は任せたぞ」

 そのまま院長室を出て、静かに扉を閉めるルイ。
 途端、ルイの全身からぶわりと汗が噴き出した。

(……誤魔化せた、であろうか?)

 ドクンドクンと早鐘を打つ鼓動がうるさい。
 副院長に話した内容は、上から下まで全て嘘である。
 隔離病室に割り当てられた医師は、モーズ。ドイツ感染病棟に勤務した経歴など一度もない。何なら学会会場にも居なかった。患者であるフランチェスコもまた、『赤鯨の災厄』とは一切、関係がない。
 これらは全て、昨日の内にモーズと決めた偽りの設定だ。
 しかし患者を治療しようと奮闘しているのは事実。モーズの素情を明かせないとしても、偽名やら何やらを使い、ルイの関係者に話を通しておく案も出てはいたが――

フランチェスコステージ5を匿っているなど、話せる訳がない……!!)

 ステージ5は発見次第、速やかな処分が求められる生物災害バイオハザード。『赤鯨の災厄』ではステージ5のコールドスリープに成功したらしいが、その技術はまだ公認されていない。仮に公認されていたとして、コールドスリープを施せる人材――冷弾を扱えるウミヘビがこの場にいない以上、何の意味もなさない。
 故に何かの拍子でフランチェスコの存在が表に露見してしまえば、ルイは法を犯した大罪人として投獄からの極刑一直線である。下手をすれば物理的に首が飛ぶ。

(『珊瑚』に打ち勝つ為ならば、例え犯罪に加担する事となろうとも協力を惜しまぬ。と、セレンに脅迫を持ちかけられた時点で覚悟を決めてはいたものの、慣れぬ事をするのは疲れるな……)

 じわじわと蓄積していく心労を抱えながら、ルイは重い足取りで院内を歩いた。
 向かった先はつい先程、副院長との会話の俎上に上がった隔離病室。
 フランス感染病棟の誰にも明かしていない、モーズ達の根城だ。

「失礼する」

 ルイはカードキーでセキュリティを開錠し、隔離病室の中へ足を踏み入れた。
 窓一つない病室の中心にあるのは、拘束具が取り付けられた感染症病床。患者であるフランチェスコはそこに座らされ、額や胸元には脳波や心電を読み取る機器が幾つも取り付けられている。本来ならば身体を横にさせるのが最適なのだが、芽胞によって四肢が硬直しているフランチェスコの姿勢は容易に変えられないのだ。
 そのフランチェスコの身体を這う、蠅に蛆。地下共同墓地カタコンベで見た際は、薄暗さから嫌悪感と同時に恐怖心を掻き立てられた。しかし人工灯の下ではっきりと輪郭を映し出された今は、虫特有の不快さが凶悪なレベルで増し、視界に刺さってくる。
 そんな中、モーズはベッド脇の椅子に腰掛け、蝿が寄ってくるのも気にせず黙々と本を読んでいた。集中するあまり、ルイの声も聞こえていない。

「あ、院長さんこんにちはー」
「モーズ先生にご用ですか? 私が承りますので、どうぞ遠慮なくおっしゃってください」

 微動だにしないモーズの代わりに、テトラミックスとセレンがルイを迎えてくれる。彼らは病室に隣接した浴室から掃除道具を片手に姿を現した。モーズを研究に専念させるため、彼ら2人が雑務を一手に引き受けているらしい。
 一方ブロムは、病室端の机で持ち込んだ書物を黙々と整理していた。その書物はモーズが読んでいる物と同じ、フランチェスコの研究資料らしい。ルイも軽く流し読みさせて貰ったが、中身は昆虫観察日記でしかなく暗号化された真の内容を読み解く事はできなかった。

「様子を見に来ただけであるが……。おぬしら、隣室も解放している故、好きに使ってよいと言った筈だぞ? 4人で寝泊まりするには此処は狭かろうに」
「必要ありませんね」
「お布団敷けば十分寝られるよー?」
「フランチェスコ先生から離れるなど論外だ」
「吾輩の気遣い……」

 ルイの嘆きは、病室の白い壁に虚しく吸い込まれていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

処理中です...