毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第561話 よーい、ドンッ!

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 10歳になっても、モーズはやっぱり働き者だった。
 今日は書庫でもくもくと掃き掃除をしてる。僕は付き添いで窓拭きをやってみているけど、飽きちゃうなぁ。ちょっと休暇を入れちゃおうかなぁ。

「……ん?」

 目線を本棚に移した時、埃を被った背表紙が目に入った。
 《万能薬辞典》……?
 引き抜いてみると、傷んだ表紙に魔法陣が描いてある。薬の本なのに魔法陣? 中の紙も黄ばんでて、とっても古いみたい。
 内容は……賢者の石。エリクサー。ポーション。ユニコーンの角。仙丹せんたん。ユグドラシルの葉。ネクター。アムリタ。ソーマ。変若水おちみず。テリアカ……。
 何コレ、ファンタジー辞典なのかな?
 効果の説明もどれも不老不死になれるだとか、どんな毒でも解毒するだとかあらゆる病を治すだとか、それが簡単に叶えば苦労しないと子供ながら呆れてしまうレベルの荒唐無稽さ。
 でも、面白い。
 本の中はどんな怪我も病気も、老いも死さえもやっつけてやるっ! って希望に満ち溢れていて、僕の目には道標のように見えたんだ。夢でも幻でも魔法でも、すがりたくなる。
 神さまは何もしてくれないから。

「ねぇ、モーズ見て見て。すごい発見をしたよ」

 興奮のまま、僕は《万能薬辞典》を持ってモーズの元まで駆け寄った。
 モーズは掃き掃除の手を止めて僕に顔を向けてくれる。

「何を発見したの? カマキリの卵?」
「あれもすごい発見だったね!」
「後でシスターから雷が落ちたけどね?」

 モーズは僕がクモの卵に引き続き、カマキリの卵も順当に孤児院で孵化させたことに呆れてる。
 僕としては阿鼻叫喚になった寝室はお祭りみたいで、楽しかったんだけどなぁ。

「今回は生き物の卵じゃない発見だよ」
は……」
「ほら、これ」

 僕はずいっと万能薬辞典を突き出して、モーズに渡した。
 僕から本を受け取って中身を流し読みしたモーズは、むっと眉間にシワを寄せてる。

「万能薬辞典……? あやしい」
「でも興味深いよ、コレ」

 だってこの本の中には、夢がいーぱっい詰まっているんだから。

「決めた! 僕はこの辞典にのっている万能薬を、現実にしてみせるっ」
「薬剤師になるってこと?」
「うん。医者でもいい。お薬を作るにはまず人の体を理解しなきゃだから」

 お薬を扱うお仕事してたお父さんとお母さんも、人の体について勉強してた。
 悪いものをやっつけるには、まず何が体によくて何が体に悪いのか、知る必要があるんだって言っていたっけ。
 僕もお父さんとお母さんみたいに勉強頑張って、お医者さんになって、お薬を作れるようになれたら――

「これを作れたらきっと、珊瑚症で苦しむ人もいなくなるよ」

 怖い夢を見ることも、なくなるかな?

「じゃあ、ぼくも手伝うよ」

 そこでモーズが当たり前のようにそう言って、僕はパチクリと瞬きする。
 お医者さんになるってすごく大変なのに? 掃除や料理を手伝うのとは違うんだよ? なのにどうして、迷わずに言えるの?

「本当? 多分、茨の道だよ?」
「キコに任せてたら、本筋から脱線して戻ってこなさそうだからね」
「信用ないなぁ」
「今だって窓ふきほっぽり出しているじゃないか」
「むぐぐっ」

 図星を突かれちゃった。
 僕は本を抱きかかえ身体を小さくする。
 ……モーズは、色んなものに目移りしちゃう僕の為に、手伝ってくれるの?

「2人でならきっと頑張れるよ。いつもみたく、競えばいい」
「競争ってこと?」
「そう。どっちが先に、『珊瑚』をやっつけられるか」
「……うん、うん! じゃあ今日から、よーいドンだねっ!」

 競争ってことなら気合いを入れなくっちゃ! ふふん、僕が先にやっつけてみせる!
 モーズにすごいって褒められるぐらい、頑張るんだ!

 ◇

 11歳になった頃。
 孤児院の食堂の長机で、僕はモーズとよくチェスの対戦をしていた。

「勝った!」
「……むぅ。もう一度」

 その日は僕のクイーンの駒でモーズのキングの駒を倒せて、チェックメイトできちゃった!
 モーズはむっすり不満げにしてる。悔しいんだろうなぁ。ふふん、どうだっ。

「駄目で~す。僕はこれからご飯当番だからもう行かないと」
「ぐぅ。じゃあご飯を食べた後に再戦を」
「いやご飯を食べたら勉強しなきゃでしょ、僕たち」

 チェス盤の横に積み上げられた教科書に視線を向けて、僕は言う。そもそも勉強会の息抜きとしてチェスをしたんだし。モーズってばいつだか「キコは放っておくと本筋から脱線しそう」って言ってたのに、遊びでも勝負ってなると負けず嫌い発揮して夢中になっちゃうんだから。
 僕もできればずっと遊んでいたいけど、医大に入るにはたーくさん勉強しなきゃだ。
 だってお金ないから。シスターに相談してみたところ、学費は国がどうにかしてくれるって教えてくれたけど、僕らは塾通いも留年もできないから、独学で、一発で受からなきゃいけない。
 一回のチャンスを駄目にしないよう、猛特訓の日々っ!

「お薬を作るのってこんなに大変なんだねぇ。覚えること多くて頭がパンクしそう」
「普通に生活をしているうえでは、あまり縁のない知識だからね。けれどやることは料理を作るのと同じだよ。材料と道具と手順を一つ一つ覚えていけばいい」
「むぐぐっ! 簡単に言わないでよ~っ!」

 モーズ涼しい顔してる! チェスには負けたけど、その前にやったテストの点数勝負には勝ってたしね。ううぅ、悔しいっ!

「でも本当のことだ。実際、お薬も作っていた昔の化学者……《錬金術師》っていうお仕事をしていた人は、作業手順や使う道具が似ているとかで、台所で作業をしていた人もいたんだって」
「えっ! それ本当の話なの!?」
「えっと確か、この本に挿絵が……」
「わぁ、一気に身近に感じてきた~っ!」

 モーズが見せてくれた医学の歴史書には、錬金術師について書かれてた。
 そのページの挿絵には、白い髭をたっぷり蓄えた老人が台所でフラスコを持っている。お医者さんって何だか難しい勉強とか実験とか研究ばっかしているイメージがあって、ともかく凄い人~っ! って思っていたけど、台所に立っているのを見ると、僕らとそんなに違わないように見えちゃう。
 そのことに興奮した僕は、その場でぴょんと飛び跳ねた。

「ご飯当番も気合い入っちゃうかも! 晩ご飯、楽しみに待っていてねモーズ!」
「気合いを入れるのはいいけど、包丁で指を切らないようにね。キコ」
「気を付けま~す!」

 そのまま僕はぱたぱと軽快な足取りで台所に向かう。
 お医者さんも僕も、同じ人間なんだ。頑張りを積み上げればきっとなれる! やる気出てきたぞ~っ!
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