毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第562話 精一杯の背伸び

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「モーズ、モーズ! 見て見て、満点!」

 孤児院の書庫で、僕は自己採点した小テストの結果をモーズに見せていた。街の本屋さんで買った、テキストの付録についてたやつ。
 僕らは今年で12歳。医者になる為の勉強を初めてから丸一年経ったかな? 通学とか孤児院の手伝いの合間を縫って、毎日コツコツ続けてた勉強の成果がでてきて、すごく嬉しい!

「すごいね、キコ」

 モーズも褒めてくれたっ!
 ……でも何だろう、笑ってくれているけど、表情がなんとなく暗い。

「学校の成績も伸びてきたし、もしかしたら来年は飛び級できるかもっ」

 そう伝えたら、モーズはぎゅっと、鉛筆を力強く握り締めてた。
 僕が飛び級するかもしれないこと、応援してくれないのかな? 嫌なのかな? でも確かにモーズと学年が変わっちゃうのは、僕も嫌だな。
 医者になる日が近くなったかもって思って喜んでたけど、いいことばっかじゃないかもしれない。
 ……それでも僕は、医者になるんだ。『珊瑚』にいなくなって欲しいから。
 僕が成人して、大学を卒業して、医者になる日までまだ年数があるけれど、ニュースや論文を読んだ感じ、『珊瑚』は今から十年経ってもいなくなりそうにない。
 元はキノコだから、全部燃やせれば楽なんだろうけど、そう単純な話じゃないんだ。あの寄生菌は。

 僕がもんもんと未来の予想をしている間に、モーズの視線は勉強机に戻っていて、もくもくと勉強を再開してた。
 いいテスト結果を見せられたのが悔しい、って訳じゃないんだろうね。モーズは僕の付き添いってだけで始めた医者になる為の勉強も真剣で、本気で医者になろうとしてくれている。
 頑張り屋さんな面がここにも発揮されている。
 でも僕には、ただただ『珊瑚』を消したいっていう個人的な怨念があって、それを燃料にしているけど、モーズはどうなんだろう?
 優しさだけでお医者さんになる勉強するのは、とっても大変じゃないかな?

「……うわっ!」

 そんな事を考えていたら、モーズは唐突に叫んだ。
 モーズはびっくりした顔をして、鉛筆を持った右手を高くあげて、仰け反っている。

「モーズ? どうしたの?」
「あ、いや……。う、ううん。何でもない。見間違い」

 僕が訊いてもモーズは笑って誤魔化すだけ。明らかに何かあったのに、教えてくれない。
 病気かな? シスターに相談する? ……ううん、駄目だ。あの人は、僕らを商品のように見ている。確証はないけど、多分そうだ。あの人の笑顔は家畜に向ける笑顔で、たっぷり愛情を注いで食べ頃になったら、ぱっくり食べちゃう。そんな人だ。
 だって今まで孤児院からどれだけ子供たちが減っても、ちっとも悲しまないんだからさ。養子に引き取られたとしても、災害に巻き込まれて死んじゃったとしても、同じ形をした微笑みを浮かべて、祈りを捧げるだけ。
 何より子供がいなくなる度に、お金が入っているみたい。人が減ったから余裕が出た、とか、補助金や寄付金を貰ったから、とかじゃなくて。だってその程度じゃ、教会はぴかぴかにならないよ。ちょっと前に教会は壁とか床とか治して、調度品も新しいやつ増やして、豪華になった。それを見に来る観光客とか信徒も増えて……。沢山の人に囲まれて、質のいい修道服に身を包んだシスターは笑っている。
 僕らのご飯は豪華にならないのにね? 孤児院の設備もそのまんま。それが当たり前なモーズは気にしていないみたいだけど……。

 シスターじゃない、頼れそうな大人、見つけられないかな?

 ◇

 モーズは今日も勉強に打ち込んでいる。朝食も食べたらすぐに孤児院の書庫にこもって、机に噛り付いている。
 特に今日は当番がないから、このままじゃモーズは朝から晩まで勉強漬けだろうな。たまには気分転換しないと、勉強も身に付かないと思うんだけど。
 あっ、そうだ。こないだ、シスターは信徒から映画のチケットを貰っていたっけ。事務室の机に置きっぱなしなのを見たような……。
 記憶を頼りに教会の事務室に行ってみたら、記憶通りにチケットがあった。無造作に置きっぱなし。何枚かあるな~。モーズが好きそうな映画を選んで、貰っちゃおっと。
 ただ散歩するってよりも目的地があった方が、モーズも来てくれるよね? そう思って僕は勉強部屋になっちゃっている書庫へ向かった。

「モーズ、ちょっといいかい?」
「あぁ。どうしたんだ? 

 ……。フランチェスコ?

「あのね。シスターが信徒から貰ったっていう映画のチケットをくれたから、一緒に観ない?」
「とてもありがたい誘いだけれど、は遠慮しておくよ。昨日の復習をしたくてね」

 僕の方を向いて、モーズは申し訳なさそうに誘いを断ってくる。
 いや、というか、それよりもさ。どうしちゃったの、そんなに畏まって……。大人びているのは前からだけど、ここ最近は特に固苦しいような、というか何で『フランチェスコ』って呼ぶの? キコでいいじゃない、今まで通りさ。

「……モーズ。最近なんだか喋り方が固苦しいけど、どうしたんだい?」
「どうもこうも、私達もう13歳だろう? 二次性徴も始まっているんだ。いい加減、子供のような振る舞いは改めなくては」

 いい加減? 二次性徴が始まったから? 今は中世じゃないのに?

「でも僕達はまだ、子供だと思うんだ。ずっと背伸びをしていたら疲れてしまうよ? だから勉強の息抜きに、2人で映画でも……」
「気持ちは嬉しいよ。でも私は頭が足りないから、使える時間は全て勉強に使わなくては。ほら、悔しい事に、最近は学校のテストの点数競争も負け続きだろう? 次こそは勝ちたいから。……すまない、本当に」

 僕が食い下がっても、モーズは断ってきた。
 そういえば最近、学校でやっているテストの得点競争だと僕が連勝している。だから焦ってる? あのぐらいで? 僕が何回か勝ったぐらいで、気にすることないと思うんだけど……。モーズはサボりがちな僕と違ってお手伝いにも全力だから、疲れてたり、まとまった時間が取りにくいっていうのもあるだろうに。
 でもこれ以上、勉強の邪魔をしちゃ駄目だよね。モーズが勉強したいなら、それを尊重しなくっちゃ。元は僕が医者になるって騒いだのが始まりだから、何だか責任を感じてしまうな。
 寂しい思いを抱きながら、僕はとぼとぼ書庫を離れた。
 そうだ、チケットどうしよう。モーズが観ないならいらないし、元の場所に戻そうかな。

『はい、フランチェスコの成績は……で。モーズの様子は……』

 教会の事務室に向かったら、扉越しにシスターの声が聞こえた。誰かと話してる。多分、電話している。

『テスト結果がよくなかったと落ち込んでいたので、『もっと頑張ればいいのよ』って伝えておきましたよ。あの子は素直だから今も一生懸命、勉強しています。フランチェスコ共々、将来は本当に医者になるかもしれませんね』

 シスターは誰かと、僕とモーズの事を話しているみたい。

『無事に医者となった暁には……で、それから……。あら、その前にフランチェスコを? そうですね。飛び級できるぐらいですから、もう高等学校リセに入りますし……。わかりました、よく見ておきます』

 何がもう、何だろう。医者になると何が都合がいいんだろう。
 嫌な感じがたっぷりして、僕はその場でチケットをビリビリに破いてから事務室の前から離れた。
 下心だけじゃなくって愛情があったとしても、僕の事を考えた末の結論だとしても、僕はモーズから離れたくない。そう、強く思った。
 だってモーズとは、本当の家族よりも長く、家族をしている。楽しい時も苦しい時も寄り添ってくれた、大事な友達。大人の勝手な都合でどうこうされるなんて、御免だ。
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