毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第563話 一人じゃないよ

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「どうして、ご夫妻の申し出を断ったのですか? 跡継ぎとして最適だと判断して、貴方を養子にと仰ってくださったのですよ?」

 孤児院の談話室で、シスターは僕にそう言って詰め寄った。
 今日、養子にならないかって打診があった。医者をやっている夫婦からだ。経歴も身元もきちんとしているし、当たり前だけど前科なんてない。家も裕福で余裕がたっぷりある。悪くない話だとは思ったよ。
 でも夫婦の住居は、孤児院ここからとても遠い。それだけで、断るのには十分だ。

「災害孤児を引き取ると慈善活動に貢献したとして、国の補助を受けられる。世間体もよくなり、社会的信頼を得られ、融資が通りやすくなるメリットもある。僕自身ではなく、それが狙いでしょう? ですから断りました」
「そんなことはありませんよ。補助を得られるのは事実ですが、優秀な貴方を病棟の跡継ぎにしたいという思いは本物でしょう。そうでなければ遠くから足を運んできませんよ」

 その遠さが問題なんだ、シスター。
 開業医となる足掛かりに僕を利用する。補助と融資を受け取りつつ、災害孤児を引き取った功績をひけらかせば患者も呼び込めるから。
 ついでに小間使いにする。あわよくば将来、病院を継がせる。多分それが狙いなんだろうね、あの夫婦は。それ自体は別にいい。僕が医者になる邪魔さえしないのなら、義両親の存在はいてもいなくっても関係ない。
 でもモーズから離れるのは駄目だ。下手をしたら二度と会えなくなる。シスターは孤児院を出て行った子供たちと交流を断たせているんだから。
 そんな事もわからないなんて、シスターは僕らをちっとも見ていないんだね。
 僕はまだ言いたげなシスターを無視して談話室を出た。そして廊下でぼんやり立っていたモーズを見付ける。

「モーズ、どうしたの?」

 声をかけたら彼はビクッと肩を揺らした。
 本当にどうしたんだろう。

「あ、いや、何でも」

 目が泳いでいる。
 モーズは昔から嘘を吐くのが下手だね。

「その、フランチェスコ。大学に無事に入学できたと仮定しての相談なんだけど……。ほら、18歳になれば私達はここを出て行かなくてはならないだろう?」
「うん。住む所とか考えないとね。大学に近い所を借りられたら嬉しいなぁ」
「それで、」
「それに18歳になったら、両親の遺産を受け取れる」

 父さんと母さんが遺してくれた遺産。成人したら自由に使える。
 災害孤児としての支援も別で受けられるし、孤児院じゃなくっても自力で暮らせるようになれるのは嬉しいな。
 そう思っていたんだけど、僕の発言にモーズが身体を強張らせているのを見て、失言に気付いた。

「モーズ?」
「……あ、そう、だったね」

 そのままモーズは僕から顔を逸らして俯いてしまう。
 そうだ、モーズには血の繋がった家族がいない。孤児院ここが全てで、シスターの教えを忠実に守って、勤勉で禁欲的に生きている。
 僕が誘わなければ、モーズは街のベーカリーでパンを買う事もなかっただろう。文房具や衣服を買う用に与えられたお小遣いから捻出したお金で買うしかないから、本来の用途以外で使う事にとても抵抗があったみたいだ。ブリオッシュの一つぐらい、買い出しや家事をしたお駄賃として手にしてもいいだろうに。
 でも、そうか。言いなりにもなるか。親がいない。兄弟がいない。生物災害 バイオハザードに巻き込まれた事もない。
 僕はそれを幸福だとずっと思っていて、どうして肩身が狭そうな、罪悪感を抱いているような顔をしているのかずっと不思議だったけれど……。
 他の子よりも大人びているというか、背伸びをしているモーズはただでさえ一人ぼっちになりやすいのに、分かち合えない事が増えるのが、苦しいんだね。
 大丈夫、僕がいるよ。ずっと側にいる。一人じゃないよ。
 だから悲しそうな顔をしないで、モーズ。

 ◇

「モーズ、まだ勉強しているのかい?」

 街にある一番大きな図書館。
 そこの長机の端で参考書を広げていたモーズに、僕は話しかけた。

「先日受けた模試結果は合格ラインに達していたじゃないか」
「備えは幾らあってもいいだろう?」
「たまには息抜きしないと、頭がパンクするよ?」

 僕は呆れながらモーズの隣の席に座り、一緒に参考書を眺め始める。
 僕達はもう15歳で、今年医大の入学試験を控えていた。追い込みの時期ってやつだね。しかし幼い頃から毎日繰り返し勉強をしているから、模試結果は上々。今更、合格は揺るがないよ。

「だからとここで油断して落ちたくない」
「わー。自分で自分を追い詰めるタイプだぁ」
「むぅ。では話を変えるが、私は医大入学と同時に軍の寮に入ろうと思う」
「えっ。え……っ!?」

 待って。何それ。僕聞いてない。
 軍の寮に入るという事は、孤児院を出ていくという事だ。
 僕はモーズの側から離れない! って決めた矢先にこれ? 待って待って待って。

「フランチェスコも知っているだろう? 孤児院にいられるのは18歳までだ。その頃に軍の寮に入るのもいいが、どうせならば早いうちに引っ越して、生活環境に慣れてしまった方が後が楽だろう? だから……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。えっと軍の寮と、僕らが入る予定の医大って距離がある、よね!?」
「多少は。しかし通えない程では……。というか孤児院から通うよりも距離が近……」
「わかった! 医大に合格したら僕ら、ルームシェアしようっ!」
「……うん?」

 戸惑っているモーズを無視して、僕は「早速内覧に行こう!」と机に置いていた参考書を鞄に突っ込んだ後、モーズを手を引っ張って図書館を飛び出す。

「待ってくれ、フランチェスコ。部屋を借りた所で私には支払い能力がだな」
「僕の災害孤児支援を使えばどうにでもなるよ!」
「私には適応されな、」
「場所は、そうだねぇ。医大に凄く近い所にしようか!」
「フランチェスコ? 聞いているのか? フランチェスコ? あとそこは立地的に家賃が高いだろう」
「いい物件があったら、他の人に取られない内に暮らしちゃおうね!」

 調べてみたら予想通り、災害孤児支援はルームシェア相手を入れても容易に暮らせる金銭が支給されていたから、僕はさっさと申請をすませた。
 それから僕はモーズと賃貸暮らしを始めたんだ。
 モーズは僕がいないと一人にしておくと無茶をしちゃうし、何よりシスターがどんなちょっかいを出すかわからないからね。これが最善だよね! うん!
 別に寂しかったからとかじゃないからね!!
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