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第二十七章 虫籠の底
第564話 記念撮影
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「明日からここに通うのか……。実感がないな」
16歳になる歳の秋。
僕らは石と煉瓦造りの荘厳な建造物の前に立っていた。
宮殿にも見えるこの建物は僕らが入学試験で合格を勝ち取った医大。それで今日は通学の予行も兼ね、アパートから歩いてきたんだ。
モーズは緊張しちゃっているみたいで、顔が固い。
「輝かしい大学生活が待っていると思って、肩の力を抜いていこうよ」
新しい生活が始まるんだ。寧ろ楽しみじゃないかい? モーズは違うのかな。
なんて考えていたら、モーズが僕の方に顔を向けた。何だか真剣な表情を浮かべて。
「フランチェスコ」
「どうしたんだい?」
「大学を背景に写真を撮らないか? 実感を得たいのもあるが……。その、記念として」
「えぇ~。写真かぁ~」
写真ねぇ。あまり撮りたくないんだよね。
……姿を残したら、シスターに悪用されそうな気がして。実際いつだか僕を養子にしたがってた医者夫婦は、シスターが撮った孤児院の子供達の集合写真を見て来たんだし。
シスターが僕ら子供達を商品みたく扱っているかどうかは確証がないままだけど、不安な要素は極力排除したくて、今日まで写真嫌いを貫いてきたんだよね。
「君は撮るのは好きだが撮られるのは好まない。それは知っているが、たまには……。駄目だろうか?」
「孤児院の催し物でよく集合写真を撮るから、それで充分な気がするけど……」
顎に手を当て、僕は考え込む。
でも僕らは一足先、大人になる前に孤児院を出た。モーズが個人的に持っているなら問題ないかな。
今後はもっと『珊瑚』が身近になる。健康な姿でいられるのは、今が最後かもしれない。なら僕もモーズの元気な写真を持っていたいし、うん、そうだね。
写真を撮ろう。いつ『珊瑚』の脅威が降りかかってもいいように。
考えがまとまった僕は、モーズへ満面の笑みを浮かべた。
「モーズの頼みは珍しいからね。いいよ、一緒に撮ろう!」
◇
「フランチェスコ。無事に医大を卒業できたら、どこに配属したいと考える?」
17歳になる年。
医大の図書館の中で、モーズは本棚に手を伸ばしながらそう訊いてきた。
唐突で、それでいて少し先の事を言ってくるものだから、驚いてしまったな。
「気が早いね、モーズ」
「卒業は、きっとあっという間に来る。気になる事は今のうちに訊いておこうかと思ってな。やはり、故郷であるイタリアに行くつもりだろうか?」
「故郷って言っても、6歳の時からずっとフランスにいるんだ。あまり恋しさは覚えないかなぁ」
「しかし君の国籍は依然とイタリアだろう? イタリア語も流暢に喋る事ができる。私は君が、そのうち帰国する気なのでは? と、勝手ながら思う事があった」
「……僕にとってはもうフランスが故郷だ。所属先もフランスにするつもりだよ、モーズ」
出来ればモーズと同じ病院で、と思っているんだけど、モーズの配属先は軍医って決まっているからなぁ。
僕は、どうしようかな。
「そもそもイタリア人である僕がどうしてフランスに来たのか、知っているかい?」
「いいや。フランス滞在中に両親を亡くした、という話は聞いているが……」
「僕の両親はね、『珊瑚』の感染爆発が起こって間もなく疎開を決めたんだ。ずっとその理由がわからなかったけど、最近わかったよ。多分、ミシェル院長に頼りたかったんだと思う」
「ミシェル院長か。あの人のお陰でフランスの災害は迅速に鎮圧された、と謳われているからな。その気持ちはわかる。しかし当時はまだ、予言者として名を広めていなかったと思うが……?」
「こないだ引き取った父の遺品の中に、ミシェル院長の写真があったんだ」
シスターの目を盗んで頼れる大人を探していたら、イタリアで暮らしている遠い親戚と連絡がついたものだから、かつて僕が家族と暮らしていた生家に残っていた遺品を送って貰ったんだよね。
遺品って言っても財産と呼べるようなものはなくって(お金の類は疎開する時に全部、電子通貨に変換して持ち出していたからね)、鏡とか万年筆とかちょっとした物だけだったけど、写真は思わぬ収穫だった。
でも最初は父と一緒に映っている男性が、ミシェル院長だとはわからなかった。素顔だったからね。メディアに出るミシェル院長はいつもペストマスクを付けているから。
両親を目の前で失った僕を助けてくれた、恩人。
それから、写真の裏には数字の羅列が書いてあった。電話番号だろうか? 今もまだ生きているのかわからないけど……。……そのうち、試してみようかな。
「どんな仲だったかまではわからないけど、何かしら交流はしていたみたい。だから先見の明がある事も知っていたんじゃないかな?」
「なんと」
「でもフランスへ向かった判断は半分正解で、半分不正解だったね」
災害が頻出しているのを知っていたのに、ろくに装備を整えないまま飛び出したのだから。まだ幼い僕がいるのにも拘らず。
冷静に考えれば、シェルターにこもっていた方がよっぽど安全だった。小さい頃は2人が亡くなった事実を直視できなかったけど、今はそんな風に客観視する事も出来るようになっていた。
尤もこれは結果論だとは理解している。生き残ったからこそ言えるってだけ。でも“あれ”は、真似したらよくないんだろうなぁ。
「よりよい環境を求めるのは悪い事じゃない。でも僕は両親が埋葬される時、他力本願じゃ駄目だと思ったよ。どんなに凄いヒーローがいたとしても、手の届く範囲は限られているんだから」
だって実際、僕の手を引いてくれたミシェルは、僕を孤児院に送り届けるだけで手一杯だったからね。あの人は他にやる事が沢山あった。
埋葬だって、バラバラになった両親の身体から切り取った髪の毛を燃やして灰にして、川に撒いたっていう簡素なもの。埋める場所なんてない。いちいち葬式をあげる余裕も暇もない。
だからミシェル院長はせめてと、僕の両親を水葬してくれた。その時のミシェル院長、とても辛そうだったな。もう少し落ち着いたら「地下共同墓地を用意したい」って呟いていたっけ。
「勿論、一人の力じゃ限界があるし、助力を拒絶するのは違うけど……。僕は僕の手で、僕の足で、出来る限りの事をしていきたいな」
進路が別々になった後も、モーズに頼られる友達でいたいからね。
16歳になる歳の秋。
僕らは石と煉瓦造りの荘厳な建造物の前に立っていた。
宮殿にも見えるこの建物は僕らが入学試験で合格を勝ち取った医大。それで今日は通学の予行も兼ね、アパートから歩いてきたんだ。
モーズは緊張しちゃっているみたいで、顔が固い。
「輝かしい大学生活が待っていると思って、肩の力を抜いていこうよ」
新しい生活が始まるんだ。寧ろ楽しみじゃないかい? モーズは違うのかな。
なんて考えていたら、モーズが僕の方に顔を向けた。何だか真剣な表情を浮かべて。
「フランチェスコ」
「どうしたんだい?」
「大学を背景に写真を撮らないか? 実感を得たいのもあるが……。その、記念として」
「えぇ~。写真かぁ~」
写真ねぇ。あまり撮りたくないんだよね。
……姿を残したら、シスターに悪用されそうな気がして。実際いつだか僕を養子にしたがってた医者夫婦は、シスターが撮った孤児院の子供達の集合写真を見て来たんだし。
シスターが僕ら子供達を商品みたく扱っているかどうかは確証がないままだけど、不安な要素は極力排除したくて、今日まで写真嫌いを貫いてきたんだよね。
「君は撮るのは好きだが撮られるのは好まない。それは知っているが、たまには……。駄目だろうか?」
「孤児院の催し物でよく集合写真を撮るから、それで充分な気がするけど……」
顎に手を当て、僕は考え込む。
でも僕らは一足先、大人になる前に孤児院を出た。モーズが個人的に持っているなら問題ないかな。
今後はもっと『珊瑚』が身近になる。健康な姿でいられるのは、今が最後かもしれない。なら僕もモーズの元気な写真を持っていたいし、うん、そうだね。
写真を撮ろう。いつ『珊瑚』の脅威が降りかかってもいいように。
考えがまとまった僕は、モーズへ満面の笑みを浮かべた。
「モーズの頼みは珍しいからね。いいよ、一緒に撮ろう!」
◇
「フランチェスコ。無事に医大を卒業できたら、どこに配属したいと考える?」
17歳になる年。
医大の図書館の中で、モーズは本棚に手を伸ばしながらそう訊いてきた。
唐突で、それでいて少し先の事を言ってくるものだから、驚いてしまったな。
「気が早いね、モーズ」
「卒業は、きっとあっという間に来る。気になる事は今のうちに訊いておこうかと思ってな。やはり、故郷であるイタリアに行くつもりだろうか?」
「故郷って言っても、6歳の時からずっとフランスにいるんだ。あまり恋しさは覚えないかなぁ」
「しかし君の国籍は依然とイタリアだろう? イタリア語も流暢に喋る事ができる。私は君が、そのうち帰国する気なのでは? と、勝手ながら思う事があった」
「……僕にとってはもうフランスが故郷だ。所属先もフランスにするつもりだよ、モーズ」
出来ればモーズと同じ病院で、と思っているんだけど、モーズの配属先は軍医って決まっているからなぁ。
僕は、どうしようかな。
「そもそもイタリア人である僕がどうしてフランスに来たのか、知っているかい?」
「いいや。フランス滞在中に両親を亡くした、という話は聞いているが……」
「僕の両親はね、『珊瑚』の感染爆発が起こって間もなく疎開を決めたんだ。ずっとその理由がわからなかったけど、最近わかったよ。多分、ミシェル院長に頼りたかったんだと思う」
「ミシェル院長か。あの人のお陰でフランスの災害は迅速に鎮圧された、と謳われているからな。その気持ちはわかる。しかし当時はまだ、予言者として名を広めていなかったと思うが……?」
「こないだ引き取った父の遺品の中に、ミシェル院長の写真があったんだ」
シスターの目を盗んで頼れる大人を探していたら、イタリアで暮らしている遠い親戚と連絡がついたものだから、かつて僕が家族と暮らしていた生家に残っていた遺品を送って貰ったんだよね。
遺品って言っても財産と呼べるようなものはなくって(お金の類は疎開する時に全部、電子通貨に変換して持ち出していたからね)、鏡とか万年筆とかちょっとした物だけだったけど、写真は思わぬ収穫だった。
でも最初は父と一緒に映っている男性が、ミシェル院長だとはわからなかった。素顔だったからね。メディアに出るミシェル院長はいつもペストマスクを付けているから。
両親を目の前で失った僕を助けてくれた、恩人。
それから、写真の裏には数字の羅列が書いてあった。電話番号だろうか? 今もまだ生きているのかわからないけど……。……そのうち、試してみようかな。
「どんな仲だったかまではわからないけど、何かしら交流はしていたみたい。だから先見の明がある事も知っていたんじゃないかな?」
「なんと」
「でもフランスへ向かった判断は半分正解で、半分不正解だったね」
災害が頻出しているのを知っていたのに、ろくに装備を整えないまま飛び出したのだから。まだ幼い僕がいるのにも拘らず。
冷静に考えれば、シェルターにこもっていた方がよっぽど安全だった。小さい頃は2人が亡くなった事実を直視できなかったけど、今はそんな風に客観視する事も出来るようになっていた。
尤もこれは結果論だとは理解している。生き残ったからこそ言えるってだけ。でも“あれ”は、真似したらよくないんだろうなぁ。
「よりよい環境を求めるのは悪い事じゃない。でも僕は両親が埋葬される時、他力本願じゃ駄目だと思ったよ。どんなに凄いヒーローがいたとしても、手の届く範囲は限られているんだから」
だって実際、僕の手を引いてくれたミシェルは、僕を孤児院に送り届けるだけで手一杯だったからね。あの人は他にやる事が沢山あった。
埋葬だって、バラバラになった両親の身体から切り取った髪の毛を燃やして灰にして、川に撒いたっていう簡素なもの。埋める場所なんてない。いちいち葬式をあげる余裕も暇もない。
だからミシェル院長はせめてと、僕の両親を水葬してくれた。その時のミシェル院長、とても辛そうだったな。もう少し落ち着いたら「地下共同墓地を用意したい」って呟いていたっけ。
「勿論、一人の力じゃ限界があるし、助力を拒絶するのは違うけど……。僕は僕の手で、僕の足で、出来る限りの事をしていきたいな」
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