毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第120話 2人の教授

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「ルイ。私は急いでいるんだ、用があるならば手短に話せ」
「『教授』、を付けて頂きたい。貴殿のいない間に、昇進と相まったからな」
「ふん、くだらん。ではルイ。これでいいか?」

 肩書きにこだわるルイに、ユストゥスは呆れながらも望み通り教授呼びをする。
 そんな彼らの後ろで、久しぶりにルイに会う元生徒3人はひそひそ話をしていた。

「ルイ先生、教授になったんだ」
「同い年だからか何かとユストゥス教授をライバル視しているよね、ルイ先生」
「それにしてもユストゥス教授と同じく20代で教授になっちゃうルイ先生も大分頭おかしいよね」
「そこ、聞こえておるぞ。教授と呼べ教授と」

 ちなみに教授職につける年齢は幾ら早くとも30代後半が普通で、ユストゥスは規格外としても、今年28歳になるルイが就くのも充分異例な早さであった。

「それで? 早く用件を言え」
「吾輩もなるべく手短に済ましたい。が、君達は先に帰るといい。少しこやつを借りるぞ」
「何?」

 ぐっと腕を掴んでまでユストゥスを確保しつつ、元生徒達には帰るよう促すルイに、ユストゥスの眉間にシワが寄る。
 その事にただならぬ気配を感じたフリードリヒは、おずおずとルイに訊ねた。

「緊急の用なのですか?」
「フリードリヒは気にする必要はない。早いところ、シャルルの顔を拝むといい」

 しかしルイは優しく微笑んで、フリードリヒの心を落ち着けようとしてきた。逆に言えばそれは、深入りをさせない拒絶。
 それを察したフリードリヒは少し気落ちしつつ、教授達に頭を下げてその場を立ち去った。

「ではルイ教授にユストゥス教授、お先に失礼いたします。皆んな、行こう」

 一緒に見舞いに行くつもりだったのに分断されてしまった事に苛立ちつつ、ユストゥスは大人しくルイに連れられて、人のいない近場の準備室に入った。
 ルイがここまでするのは余程の事だと、知っているからだ。

「ルイ、わざわざ人払いをしてどうしたんだ」
「だから教授を付けろと……。まぁいい。貴殿には伝えておこうと思ってな」

 そう言うとルイは真剣な目をユストゥスに向け、耳打ちするように告げる。

「ペガサス教団についてである」

 化学療法を毛嫌いする大自然主義から生まれた、『珊瑚』を崇拝するカルト教団の名を。

「あのバイオテロ組織がどうしたというんだ」
きゃつらはここ最近、珊瑚症を専門とする病棟に入り込む事があるそうだ」
「ふむ。医療行為を邪魔されるのは確かに遺憾だが、それだけの事で私を呼び付けたのか?」
「わからないか? きゃつらはペガサス教団最大の障害だろうクスシ……。……それになり得る人物を潰す算段を立てている可能性がある。という事だ」

 ルイの口から発せられた想定外の、それも非常に物騒な予想にユストゥスは動揺する。

「その予想は、飛躍し過ぎではないか!?」
「人工物を嫌うきゃつらが薬品の臭い漂う病棟に侵入したのだぞ? 余程の動機があるという事である。信仰対象たる『珊瑚』の破壊を目的とする不届き者の排除など、なくはなかろう? ……吾輩の予想、あながち外れでもないと思うがな」

 ペガサス教団の信徒の中には、教団に属していない人間の命を軽視する者もいるという噂がある。
 そもそもが生物災害バイオハザードを起こす可能性があうと珊瑚症の治療を放置するような、実質バイオテロ組織。過激な思想を持っていたとしても何ならおかしくはない。

「……警告は感謝する。が、人払いをする程か?」
「する程だとも」

 ルイは断言した。

「人の心は透過などできぬ混沌よ。どこの誰がペガサス教団の信徒なのか判別なぞ不可能。例え身内とて、警戒するに越した事はなかろうて。特にラボ入所を目指す貴殿は狙われやすそうだったのでな。ようやく同じ教授の立場となったばかりだというのに、追い抜く前に居なくなられては困る」
「貴様も充分に狙われる対象になりそうだがな」

 ユストゥスはぶっきらぼうにそう言った。
 何かと突っかかってくるルイは鬱陶しく思う事もあるが、若くしてユストゥスと同じく教授になるだけあり、その才覚は本物。
 クスシになる実力を充分に持つ人間だと、ユストゥスは評価をしているのだ。正直、自分よりも先にラボから推薦が来てもおかしくない、と思う程に。

「吾輩は入所を目指しておらぬ。周囲にもその旨は伝えている。それは貴殿も知っておろう? 吾輩は患者から離れて遥か遠くの人工島に籠るなど、願い下げであるからな」

 しかしルイ自身はオフィウクス・ラボに入所する気はさらさらなかった。
 実はルイのように珊瑚症の研究に注力しつつも、ラボ入所を目指さない者は多い。ラボに入所をするという事は、今この瞬間に治療に当たっている患者達を見捨てるのと同じ事だからだ。
 幾ら研究に没頭できようとも、肝心の治療を必要としている人々を放棄するのは、目の前の患者を放っておけない性分のルイからすると信じられなかった。

「貴様の意見も理解できる。世間一般としては寧ろそれが主流だろう」

 ユストゥスはルイの思想こそ普通だと肯定する。
 災害対処に治療薬の研究をしている。有毒人種《ウミヘビ》を従えている。などの噂は聞くものの、具体的な活動は機密だらけで実態が見えないオフィウクス・ラボ。
 しかも入所試験はネットで公開されている筆記テストの時点で過酷。また何がキッカケで推薦が来るか不透明。そんな所を目指す方が少数派だ。

「だがそれでも私は、オフィウクス・ラボこそが珊瑚症根絶の近道だと信じている。珊瑚症のワクチンも、緩和剤も、抗真菌薬も、感染抑制剤も、全てオフィウクス・ラボが最初に開発した。現在でもラボが発表する論文には、目を見張るものがある。最先端の研究を突き進んでいるには違いない」
「……そうであるか」

 機密が多いラボだが実績は本物。
 故に必ず入所をしてみせる、と確固たる意志を持つユストゥスに、ルイは「相変わらず頑固である」と少し呆れ気味に笑って、頷いた。

「では、そろそろ吾輩もシャルルの見舞いに行くか」
「何? 着いてくる気か貴様」
「シャルルは母校を同じとする吾輩の可愛い後輩ぞ? 顔を見に行くのは至極当然である。貴殿にとってはただの留学生かもしれないがな。貴殿こそ別に来なくてもよろしい」
「留学生だろうと彼は私の教え子だぞ!? 行かない訳ないだろう! そもそも貴様が引き留めていなければ今頃は病棟に……!」

 そうして喧嘩腰のまま、2人は準備室を出たのだった。
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