毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第134話 学会への召集

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 月明かりに照らされた、浜辺の白いベンチにフリッツとカルバミドは腰を下ろし、カルバミドは外回りで体験した出来事を元気にフリッツに語っていた。

「それで畑を元気にしてあげたら、林檎を頂けたのですーっ! みずみずしくてとっても美味しくて、フリッツ先生にも食べさせてあげたかった!」
「それはよかったねぇ、カルバミド」

 マスクの下で穏やかに微笑みながら、フリッツは身振り手振りで興奮を伝えてくるカルバミドの頭を撫でる。
 幼い見目をしたカルバミドは「えへへ~」とあどけない笑みを浮かべて喜ぶが、ふと眉をひそめてフリッツにこう問いかけてきた。

「先生。まだぼくは、フリッツ先生を『フリッツ先生』と呼ばないといけないのです?」
「君の活躍が足りないからとかじゃないよ。僕はね、僕が逃げ出さない為にそう呼んで貰っているんだ。僕はとても、弱い人間だから」
「2人きり! 2人きりの時でも駄目ですかー!?」
「ふふ。そんなに呼びたいかい? それじゃあ今だけ、いいよ」

 許可を得られたカルバミドはぱぁっと向日葵のような満面の笑みを浮かべると、フリッツを横から抱きしめる。

「フリードリヒ先生!」

 そしてフリッツの本名を遠慮なく、大きな声で口にした。

「面接で出会ったあの日から、ずっと尊敬しております! ぼくだけの、フリードリヒ先生!」

 フリッツ、いやの入所試験の面接を担当したウミヘビはカルバミドだった。
 毒素が弱く、戦闘するとすれば爆発物を使うしかない。そんな使い勝手の悪い面しか持っていなかった当時のカルバミドは暗い顔ばかりしていたものだが、フリードリヒに「君の力はとても素晴らしい物なんだよ」と説かれ、その場で『肥料』としての活用方法を教わった。
 しかしウミヘビの毒素は市販に流通している『肥料』の原料とはまた違う。それでも戦うだけではない活用方法、それを実現できるよう試行錯誤してみせるとフリードリヒは面接で約束を交わした。

 実際、入所したフリードリヒはリハビリに励みながら真っ先に抽射器の改良に取り組み、カルバミドの毒素を新しい形で引き出してくれた。
 だからカルバミドにとって世界で一番大事な先生は、目の前のフリードリヒなのだ。

「……何かお辛い事が、ありました?」

 フリードリヒが入所してから可能な限り付き添っているカルバミドは、彼の声が普段よりも暗い事に気付きおずおずと問いかける。
 するとフリードリヒは抱き付いているカルバミドの背中に手を回し、自分もまた強く抱きしめた。

「心配してくれてありがとう。確かに少し、辛い事があった。でもだからこそ、気持ちの整理がついた。踏ん切りがついた」

 フリードリヒはずっと、期待と不安がい交ぜのまま研究に打ち込んでいた。珊瑚症感染者の意識レベルを探究して得られるのは安堵感なのか、はたまた罪悪感なのか。
 モーズがラボに入所してきて、彼の特異さを目の当たりにして、それがいよいよハッキリわかると思った時は確かに嬉しかった。期待した。宙ぶらりんの状態から脱却できるのだから。
 意識レベルが判明したの不安から、目をそらして。
 ――もしも、もしも友人を殺してしまったと判明した場合、フリードリヒは自分がどうなってしまうのか、わからなかった。
 もしかしたら罪悪感に押し潰されて再起不能になるかもしれない。贖罪に走り研究どころではなくなるかもしれない。
 そもそも自分の弱い精神が正気を保つのか、その時が来るまでわからなかった。

(でも、大丈夫だ。僕はクスシとしての自分を、見失っていない。これからも前に、進める)

 それがわかった以上、フリードリヒの目指す道はただ一つ。

「僕は、珊瑚症を根絶する。いつか必ず」

 悲劇の根幹の除去。

「それから、ダニエルを唆した人を……見付け出してみせる」

 そしてダニエルの弱った心につけ込み、災害が起きるよう誘発した人物。裏で手を引いただろう黒幕。
 その者に対する憤りが、フリードリヒを突き動かす。
 フリードリヒは『フリッツ』として、止まる訳にはいかない。

 そう強く思った、月夜だった。

 ◇

 エントランスで散々叫び続けたパウルも流石に疲れたらしく、彼は肩を落とし重い足取りでとぼとぼ出口の方へ歩き始めた。

「フリッツに会いたがってたカルバミドの件は終わったんだし、僕もう帰って寝る……」
「その為にいらっしゃったのですか。お優しいのですね、パウルさんは」
「……、……ちょっと褒めたぐらいで僕が絆されると思うなよ!?」
「揺らいでんな~」
「フリーデンお口チャック!」

 ピピピピ!
 その時、クスシ全員分の電子端末の着信音が一斉に鳴る。

「うん? 通知? 同時に?」

 警報の音ではない。なのに一斉に鳴るとは、とモーズは不思議に思いながらも白衣のポケットに入れていた携帯端末を手に取った。
 端末の画面には『国連指令:学会召集』という文字が浮かんでいる。メールの件名だ。送り主は、未だ一度も顔を見た事のない所長から。

「えっ、なんか急じゃねぇ? 急ピッチで準備しないとなぁ」
「召集先の国は……パラス国か」
「パラス国! 絶対に僕が行くっ!」
「待て。何やら条件が書かれて……は? モーズを指名?」

 メール本文を確認したユストゥスにいきなり名を呼ばれて、モーズはびくりと肩を震わせる。

「わ、私が何か?」
「モーズ、【学会】強制参加だってよ。しかもパラス国での」
「……。えっ」
「なっ、審査担当があの『ルイ』だと!? いつの間に院長になったんだあいつ……!」
「審査? 待ってくれ、何が何だかわからない。あと私はまだ研修中の身なのだが?」
「私も色々と腑に落ちんが、国連側の指名は絶対だ。諦めろ」
「これ絶対に『ガレージ上の英雄事件』が響いているよなぁ」
「え、英雄事件……!? まさかパラスでの菌床処分の事をさして言っているのか!? 何だその仰々しい名称は!」

 英雄騒動以降、モーズはパラスの情報はなるべく視界に入れないようにしていた。なので事件の名前が仰々しい事になっているのを今ここで、フリーデンの口から知ることとなってしまった。
 すると今まで肩を落としていたパウルがガバリと顔をあげ、モーズを指差し不満を述べる。

「はぁ~っ!? こいつが強制ってどういう事だよ納得いかねぇ~っ! パラス国に向かうべきは僕だろう!」
「では付き添いはパウルで決定か」
「モーズは研修中だし特殊学会初めてだし、誰かしらついて行かなきゃですものねぇ。パウル先輩が立候補してくれてよかった!」

 怒りで興奮していたパウルだったが、ユストゥスとフリーデンの発言を聞いた後、たっぷり間を置いてから冷静になる。

「……あれ? もしかして僕、押し付けられた……?」
(いいように扱われている……)

 後輩2人に都合よく転がされているパウルに、モーズは心の中で同情した。

「学会へはモーズとパウルが参加という形で落ち着いたか。明日より準備を進めるといい。開催は2週間後だそうだ。では解散」
「何でユストゥスが仕切って……! てか! こいつと! 学会ぃいいっ!?」

 言いたい事を言うと、さっさとエントランスから出て行くユストゥス。頭を抱えて嘆くパウル。
 背中に嫌な汗が流れるモーズに、そんなモーズの肩にポンと手を置いて慰めてくれるフリーデン。

「……全く状況が飲み込めないが、波乱の予感がする」
「うん、まぁ、あれだ。頑張れモーズ」



 ▼△▼

 次章より『特殊学会編』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『死に損ないのフリードリヒ』これにて完結です。フリードリヒことフリッツとユストゥスの関係が深掘りできて、書いていて楽しかったです。
 フリッツの本名は『フリードリヒ』という設定は二章の時点で仄めかされていたのですが、ようやく回収できました。しかし2人目のフリードリヒが出てくるのはいつになるのやら……。

 この章ではカルバミドしかウミヘビが登場しませんでしたが、次章では標本作成でお馴染みのあの毒素やそれに関連するする毒素など、沢山のウミヘビが登場する予定です。
 お楽しみに!

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