毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第145話 コンベンションセンター到着

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「いいか? お前を含めて誰かが標本を触ろうとしたら、その場で転移装置でラボに送る! 俺以外は扱うなよ! それが貸し出しの条件だからな!?」
「わかっている。私は一切、標本には触れない。必要になった時は声をかけるから、その時はよろしく頼む」
「本当だな?」

 空陸両用車から降りて駐車場に立ったホルムアルデヒドは、標本が入っている棺桶サイズの大きな収納ケースを背中に背負い、モーズに再三、注意事項を言い聞かせていた。
 そのを前に、彼らに続き車から降りたパウルは戦慄していた。

(あの偏屈なホルムアルデヒドが条件付きとはいえ、持ち出しを許可するなんて……。どう唆したんだ?)

 ホルムアルデヒドは度重なるクスシの身勝手さを目の当たりにして、酷く嫌っている。命令があれば渋々言うことを聞くが、自分から協力なんてまずしてくれない。
 けれどホルムアルデヒドは今回、自分の意思で学会への同行を申し出てきた。それだけでも異常なのに、自分の命よりも大事にしている『作品』こと標本まで資料室から持ち出してきた。
 イレギュラーもイレギュラーだ。

「あぁ、そうだ。車では寝てしまって、君とはきちんと挨拶をしていなかったな」

 パウルがじっとモーズの様子を見ていると、その視線に気付いてモーズはパウルへ視線を……。正確に言うと、パウルの腰辺りに視線を向けた。
 そこには赤紫色の髪をした12歳くらいの幼い美少年が、パウルの白衣を握って引っ付いている。彼もセレン達と同じウミヘビであり、モーズがセレンを付き添いに選んだように、パウルが付き添いとして選んだ、恐らくパウルが最も信頼しているウミヘビである。

「初めまして、私の名はモーズという。君の名前は……」

 ビスクドールの如く整った容姿のウミヘビに向かって、モーズは腰を屈め目線を合わせて自己紹介をする。
 しかしウミヘビはモーズが近寄ってくると驚いた顔をして、ぴゃっとパウルの背中に姿を隠してしまった。

「……私は何か、不快なことをしてしまっただろうか?」
「彼はすごく人見知りってだけですから、お気になさらず」
「そうなのか? ちなみに名前は……」
「『アニリン』ですよ、アニリン」

 セレンが本人の代わりに教えてくれた、赤紫色の髪をしたウミヘビの名前、《アニリン(C6H5NH2)》。

「ではアニリン。今日は一日、よろしく頼む」

 顔を見せてくれない事を残念に思いながらも、モーズは深々と頭をさげ、挨拶を済ましたのだった。

「準備はすんだか? さっさと会場行くぞ」

 ひと段落したと判断したパウルがすたすたと駐車場を歩き始める。アニリンはパウルの白衣を掴んだまま、ぴったり後ろについて行く。
 潔癖症の毛があるパウルがずっと接触を許している辺り、アニリンには相当気を許している事が伺えた。

 モーズはパウルの後に続いて駐車場を出て、3つの建物が三角形を描くように点在する、コンベンションセンターの中央広場まで移動をする。
 向かって正面、北にある建物は劇場、東にある建物は展示場、西にある建物はコンベンションホールのある会議場……つまりモーズ達の目的地、特殊学会の会場である。
 今日は劇場で公演もあるのか、展示場でイベントがあるのか、中央広場では白衣を着た医者以外の人も多く行き交っていて、その分、警備員の姿も沢山見掛けた。
 しかも民間の警備員だけでなく、軍服を着込み銃を携帯した軍人までもが警備についている。不審者が現れようものなら蜂の巣にされそうだ。

「随分と警備が厳重だな。軍人らしき人の姿まである」
「パラス国は街中での生物災害が起きたばかりだし、アメリカでの大災害も鑑みて、人の集まる所は警戒するようになっているんだろ」

 疑問を抱いたモーズに、パウルがさり気なく説明をしてくれる。
 モーズが対処したアパートでの菌床処分と、長高層ビルでの菌床処分。それらが社会にもたらした不安を、厳重体勢という形で払拭しようとしているのだ。

「ここには錚々たる面子が集まっているんだしね。けど僕らはクスシだ。誰の前だろうとオフィウクス・ラボの顔として毅然と……」

 ぴたり。会議場に向かって歩いていたパウルの足が不意に止まる。
 彼が顔を向けているのは、会議場の入り口脇に立っている1人の男性。ふくよかな体型をしたその人は、白衣を着ているのも相まって、遠目から見ると2頭身の雪だるまにも見える。
 何処かのテーマパークのマスコットキャラを彷彿とさせるその男性は、フクロウのデザインをしたフェイスマスクで顔を覆っていて、丸さがより強調されている印象を抱いた。
 彼の名を、モーズは知っている。

「ロベルト院長!!」

 パウルはいそいそと胸元のボタンを閉め身なりを整えると、梟のマスクをつけたふくよかな男性、『ロベルト』院長の元まで駆け出した。アニリンもパウルの後ろにぴったりくっ付いて追いかける。
 そうしてロベルト院長の前に辿り着いたパウルは、喜色に満ちた声音で挨拶を交わす。

「お久しぶりですロベルト院長! ずっとお会いしたかったです!!」
「やぁ、久しぶりだねパウル」
「ご無沙汰しております、ロベルト院長」

 パウルが挨拶をしている間に歩いてきたモーズも、ロベルト院長へ深々と頭を下げた。セレンとホルムアルデヒドも後に続き、モーズの後ろに控える。

「モーズくん。それにセレンくんも来ていたんだね。災害以来だけど、元気そうでよかったよ」
「ロベルト院長も息災なようで。先月はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。しかも直接、謝罪するのが遅くなってしまい……」
「いいんだ、いいんだ。君が一番、大変だったんだから」

 ロベルト院長はまったりとした声音でモーズを気遣ってくれる。相変わらず優しくて、何処となく癒される空気を持つお人である。
 人見知りというアニリンもロベルト院長の柔らかな雰囲気に絆されてか、いつの間にかパウルではなくロベルト院長の腰にぴったりとくっ付いている。それに対してパウルが注意しようとしたが、「構わないよ」とロベルト院長は気にしていない事を告げると、アニリンの赤紫色の髪を優しく撫でた。

(……。雪だるまのぬいぐるみに抱き付く、ビスクドールに見えるな……)

 マスコットを彷彿とさせるロベルト院長にビスクドールの如き美貌を持つアニリンが引っ付いている様は、玩具屋の陳列棚を思い起こさせて、モーズの脳裏にファンシーな光景が浮かんだ。

(いやいや、何を考えているのだ私は)
「おや、皆さんお揃いで」

 発表本番前に抱いてしまった妙な雑念を振り払おうと思ったその時、知った声が後ろから聞こえてきてモーズはぎょっとする。
 まさかと思って振り返ってみれば、

「ルチル医師……!?」

 中央広場に、ルチルが立っていた。
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