毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
146 / 600
第八章 特殊学会編

第144話 最終確認

しおりを挟む
 時は過ぎ、特殊学会に赴く前日の日となった。
 夜にはパラス国に向かう為に車に乗り込み、長距離移動となる。学会用に用意した資料の校閲をしたパウルは、今日は早めにあがって明日に備えようと昼時に個別研究室を出た。
 そのままエレベーターに乗ってエントランスまで降りようとして、けど手が滑ったフリをして『2』と書かれたスイッチを押す。
 そして共同研究室のある2階へと到達した。

(あれから様子見てないけど、追い詰められてるかもなぁ。特殊学会の発表なんて新人がやる事じゃないし、当たり前だけどさ。けど指名は指名。人前に立てるぐらいの精神状態は残しているといいんだけど)

 そろそろと足音を立てないように出入り口まで移動をして、パウルは開いた扉の隙間からこっそりと中の様子を確認する。
 中の共同研究室では、モーズを中心として1つの実験台を囲み、フリーデンとフリッツにユストゥスが最終確認をしていた。

「ここのデータはルイに突っ込まれそうだな。もう何人か比較対象を追加するか」
「モーズ、この論文も参考になると思うんだよ。引用しようぜ?」
「うーん、原稿の内容は大体いいと思うんだけど、言葉選びを見直そうか。説得力が弱いところがあって、このままだとまだ不安が残るからね」
「すまない、助かる」

 研究データの洗練。他者の論文との比較。発表で読み上げる用に使う原稿の推敲。様々な角度でモーズの研究発表を形にしようとしている。モーズもそれに喰らい付いている。
 大学やゼミでのグループ研究でよく見かける光景。しかし個人主義者ばかりが集うオフィウクス・ラボでも見られるとは思っていなくて、パウルはマスクの下で瞠目していた。

(今までになく一致団結しているなぁ。ユストゥスなんて入所してきたばっかの頃とか、フリッツ以外と打ち解けないんじゃないかって思ってたのに。フリーデンも今と雰囲気違ったし……)

 ――パウルもかつては今のモーズのように、恩師ロベルトと彼の門下生達に囲まれて研究に打ち込む日々があった。切磋琢磨しあう日々があった。
 懐かしい日々。クスシとなってしまった以上、もう二度と来ないだろう日々。
 それをわかった上で、パウルはラボの入所を決めた。なのにいざかつての日々を彷彿とさせる光景を見ると、妙に眩しくて、羨ましいと、思ってしまう。
 未練がましい。そんな自分が、パウルは嫌いだった。

(……いいや。最後にちょっとくらい嫌味言っちゃおとか思っていたけど、仮眠でも取ろう)
「ロベルト院長の事でパウルがゴネた時は梅酒で誤魔化せ。奴の好物だ」
「チョコレートで餌付けしても機嫌よくなるぞ? パウル先輩、甘いもの好きだし結構チョロいからなぁ」
「長い時間一緒にいることになるんだから、仲良くしたいよね。僕は香りのいい石鹸を賄賂に選ぶといいと思うのだけれど」
「こぉら! 僕のいない所でなに好き勝手吹き込んでいるんだよ!!」

 研究室の前から立ち去ろうとして、聞き捨てならない台詞の数々にパウルは反射的に扉を開け放ち、怒鳴りつけた。

「あ、パウル先輩こんにちわ~」
「チッ、来たか」
「駄目だよユストゥス、舌打ちなんかしたら。するなら本人のいないところでしないと」
「君達あとで覚えておけよ……!?」

 本当ならばこのまま小一時間は生意気な後輩達に説教をしてやりたい所だが、彼らは今は見逃し、パウルは一番生意気な後輩モーズの元に荒い足取りで近付いた。
 そして実験台に置かれていた研究発表の内容を綴った原稿を鷲掴むと、その場で全ページを素早く巡り速読をする。そうして中身を確認したパウルは、モーズを叱った。

「ちょっと! まだまだ穴があるじゃん! ほらここ単位が統一されてないケアレスミスがあるっ! 書き直す! こっちの棒グラフは折れ線も追加した方がいいだろ! 中央値も書く事っ! 作り直しっ!」
「あ、あぁ!」
「タイムリミットは移動時間を考えると夜の8時なんだぞ! ほら急いだ急いだ!」
「りょ、了解した!」

 的確に修正の指示を飛ばすパウルに、それに従うモーズ。非常に熱心に、彼の面倒を見ている。
 口出す隙を与えない勢いで喋るパウルの姿を見て、フリーデンらは邪魔にならないようにと少し距離を置き、小声で話し始めた。

「ずっと口出ししたかった、って感じですねぇ」
「ふん。意固地にならず最初から素直になっていればよかったんだ。時間を無駄にしおって」
「ユストゥスさんに素直になれって言われても説得力ないかもですけどね?」
「どういう意味だフリーデン」
「どうどう、ユストゥス」

 また追いかけっこを始めそうになるユストゥスを宥めた後、フリッツは元気よく喋るパウルとそれを聞くモーズの姿に、安堵を覚えた。

「でもよかった、いつものパウルくんだ。この調子で、学会もうまくいくといいんだけど」

 ◇

「先生、先生。着きましたよ」

 翌朝。モーズはセレンに肩を譲られて目覚めた。寄宿舎のベッド……ではなく、空陸両用車の中で。
 セレンの言う通り、着いたのだ。特殊学会が開催されるパラス国、その会場のあるコンベンションセンターの駐車場に。

「意識が飛んでいたな……。身体が痛い……」

 後部座席の長椅子に横になっていたモーズは、ろくに寝返りを打てなかった身体をどうにか起き上がらせて、軽くストレッチをする。
 モーズの向かいの長椅子に座っていたパウルもまた目覚め、ふらふらと起き上がった。

「ううう、爆睡してした……。原稿の最終確認しようと思っていたのに……」
「出発ぎりぎりまで打ち込んでいましたものねぇ、お二方」

 ラボで仮眠を取ることなく研究し続けていたモーズとパウルは、その疲労と睡眠不足から車の中で寝てしまい、到着するまで何もできなかった。
 段取りはおおよそ定まっていたものの、最後の見直しができなかったのは失敗である。

「人間の必要睡眠時間って長過ぎるだろ。ますます標本預けられねぇよ」

 既に疲労している2人を見て呆れた様子でそう言ったのは、車内の座席でふんぞり返っていたホルムアルデヒドであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

処理中です...