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第十章 イギリス出張編
第185話 甘え下手
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「生存戦略的に非効率だろうと負担だろうと、アイギスは好きになった宿主が現れると寄生してくる。それは宿主の血の成分が好みっていう面もあるだろうけど、一番はぁ、人柄よ」
「人柄……? アイギスは価値観も文化も生態も異なる異種族の、人柄を見て判別しているのですか?」
「そうそう! アイギスは電気信号とかの脳波を受信して、他人の記憶も読み取れるからねぇ」
カールはモーズの頭の上に置いた手の平で、モーズの髪をわしわしとかき乱しながら話を続ける。
「副所長の見解だとぉ、アイギスは宿主を庇護対象として見ているっぽい? 愛玩動物的な?」
「愛玩動物……」
「だ~か~らぁ。アイギスは例え宿主がどれだけ駄目駄目でもいいのよぉ。そんな人間基準で見てないしぃ、なぁんもしてなくとも最初に寄生した時点でゾッコン! ゾッコン! ベストセラーライトノベル『俺、何もしてないのにヒロインに愛されちゃって困ってます!』略して『俺愛され』状態なの」
「おれあいされ……?」
「あ、もしや『俺愛され』読んだ事ない? それどころかタイトルも知らない感じ? やっべ滑ったわ」
カール曰く『俺愛され』は日本のweb小説発のライトノベルらしい。
しかしサブカルチャーにほとんど触れずに今日まで生きてきたモーズには、全く通じなかった。
「つまり俺ちゃんが言いたい事は、モーズちゃんはアイギスに『甘える』のを覚えた方がいいって事っ⭐︎」
「甘える、ですか」
「そうそう! アイギスは人間よりずぅっと優れた生き物なんだ、弱っちぃ人間は甘えてナンボなのよ。アイギスもねぇ、好きな人間を甘やかすの好きだからねぇ、ウィンウィンっ! って奴!」
「頼るのとは、また違うのでしょうか?」
「似てるけどぉ、違うねぇ。背中を預けられる信頼関係! もいいけど、赤ちゃんが母親に身を預けるとおんなじくらい、徹底的に甘えるのがいいのよ。見返りを用意しなくていい、一方的な、甘え。……けどモーズちゃん。もしかしなくても、甘えるのちょ~苦手っしょ」
何も言い返せず、モーズはカールから顔をそらす。
モーズには親も兄弟も存在しない、孤児。親代わりのシスターは居たものの、彼女はモーズだけでなく沢山の孤児の世話をしていて、モーズの為だけの時間を作ってくれた事はほぼない。
それどころか人手も時間もない中でシスターは教会と孤児院の運営をしていたので、物心がついた頃からモーズはずっとお手伝いをしていた。よって手のかからない子として、他の子供よりも放任気味だった記憶がある。
孤児院には兄弟のように育ったフランチェスコも居たが、あくまで“ように”だ。同い年だった事もあり、対等な友達といった方が感覚としては近い。その対等も、モーズが足掻いた末に得た立場である。
とても甘えられるような関係では、なかった。
「ま、そーゆーお堅い所も好きで寄生してきたんだろうけどねぇ」
そこでカールはモーズの襟首を掴んでぐいと引っ張ると、飼育室内にある長椅子に座らせる。次いでカール自身もモーズの右隣に腰をおろす。
「それにしてもモーズちゃんも大変よねぇ。入所から間もなくステージ6が出現するわ、パラス国でトラブルに巻き込まれるわ、それらのお陰で何もかんも前倒しになっちゃって! 本当はアイギスとじーっくり語らって時間をかけた方がモーズちゃんには合っているんだろうし、そっちの方がアイギスの馴染みもずーっといいんだろうけど、情勢がそれを許してくれないとかないわな~」
「……病に、人の都合など関係ないでしょう。それに私自身、ステージ3まで進行していて、時間がない。前倒しは寧ろ有り難いです」
「そこで有り難がるとかっ! ナンセンスっ!!」
「私は、私に出来ることをやるまでです」
「まっ、じっ、めっ、すぎっ!」
カールの手によって乱れた髪を手櫛で直しているモーズの右側頭部を、カールは人差し指でつついてくる。
「都合の悪い事ばっか起きているんだから、嘆いてナンボっしょ~っ! それともモーズちゃんはぁ、乗り越える壁は高い方がいい! とかお高くとまったアスリートみたいなこと言っちゃうタイプ? じゃかあしい! 邪魔でしかない障害なんぞに燃える訳ないでしょうが! ハードルは低ければ低いほど有り難いっての!!」
「そ、その精神でよくオフィウクス・ラボの入所を決めましたね……。治療薬が見つかっていない、未知数な事の方が遥かに多い『珊瑚』の研究ほど、高いハードルはないでしょうに」
そういえばカールがラボに入所した経緯は聞いたものの、肝心の入所動機を聞いていない。
誰の推薦も貰わずに自力で人工島アバトンへ辿り着き、ごねにごねて入所を果たしたカール。余程の動機がなければ、そこまで手を尽くさないはずだ。
「ラボに入所すると菌床処分という危険な仕事も請け負う事にもなりますし、ここは障害の塊のような所では?」
「あぁそれはねぇ~。俺ちゃんの怖ぁいものに関係しているねぇ」
「怖いもの、ですか」
「そうそう! 俺ちゃんが怖いものはねぇ、……『未知』」
未知。未知数。それは、人間の原始的な恐怖。
視覚情報を一切得られない暗闇に抱く恐怖と、同じ恐怖。
「俺ちゃんはねぇ、知って知って知り尽くして、怖くなくなりたいのよ。『珊瑚』を。人間の想像力の外にある、自然の摂理とかけ離れた生態を展開する訳のわからない『珊瑚』を、未知から既知にしたいのよ」
研究者らしい探究心からくる、入所動機。
前向きな好奇心とは異なる、後ろ向きな恐怖心からくる動機。その恐怖を払拭する為だけに、カールはここに居るのだという。どこか軽薄な言動からは、想像できない動機だ。
「『珊瑚』って本当に意味不明なんだよねぇ。一体全体どうして生物としては弱い人間を寄生先に選んで胞子を振り撒くに留まらず異形にして災害にして暴れ回って養分を浪費して死滅を早めて壊死して焼却されようともまた人間へ侵蝕してせっせと健気に菌床を広げていってテリトリーごと肥大化して細胞一つ一つを置換してまで人間にこだわってその挙句……あの日あの時あの瞬間。俺は一体、何を見たんだろうなぁ」
「……カールさん?」
「あっ! お喋りが過ぎちゃったね! めんごめんご⭐︎」
軽薄さがなりを潜めた低い声で喋り続けたかと思えば、カールは瞬時に明るい声音に切り替えて空気を緩和してくる。
「話を脱線させちゃったお詫びに、シアンから貰った飴ちゃんでもぉ」
そのままカールはごそごそと黒衣の内側を漁ったかと思えば、そこに隠し持っていた短剣を取り出して、モーズの死角となっている右の側頭部に向け――
短剣の切先を、振り下ろした。
※この回のカール、モーズに執拗に触れていますが実は死角を探っていました。
「人柄……? アイギスは価値観も文化も生態も異なる異種族の、人柄を見て判別しているのですか?」
「そうそう! アイギスは電気信号とかの脳波を受信して、他人の記憶も読み取れるからねぇ」
カールはモーズの頭の上に置いた手の平で、モーズの髪をわしわしとかき乱しながら話を続ける。
「副所長の見解だとぉ、アイギスは宿主を庇護対象として見ているっぽい? 愛玩動物的な?」
「愛玩動物……」
「だ~か~らぁ。アイギスは例え宿主がどれだけ駄目駄目でもいいのよぉ。そんな人間基準で見てないしぃ、なぁんもしてなくとも最初に寄生した時点でゾッコン! ゾッコン! ベストセラーライトノベル『俺、何もしてないのにヒロインに愛されちゃって困ってます!』略して『俺愛され』状態なの」
「おれあいされ……?」
「あ、もしや『俺愛され』読んだ事ない? それどころかタイトルも知らない感じ? やっべ滑ったわ」
カール曰く『俺愛され』は日本のweb小説発のライトノベルらしい。
しかしサブカルチャーにほとんど触れずに今日まで生きてきたモーズには、全く通じなかった。
「つまり俺ちゃんが言いたい事は、モーズちゃんはアイギスに『甘える』のを覚えた方がいいって事っ⭐︎」
「甘える、ですか」
「そうそう! アイギスは人間よりずぅっと優れた生き物なんだ、弱っちぃ人間は甘えてナンボなのよ。アイギスもねぇ、好きな人間を甘やかすの好きだからねぇ、ウィンウィンっ! って奴!」
「頼るのとは、また違うのでしょうか?」
「似てるけどぉ、違うねぇ。背中を預けられる信頼関係! もいいけど、赤ちゃんが母親に身を預けるとおんなじくらい、徹底的に甘えるのがいいのよ。見返りを用意しなくていい、一方的な、甘え。……けどモーズちゃん。もしかしなくても、甘えるのちょ~苦手っしょ」
何も言い返せず、モーズはカールから顔をそらす。
モーズには親も兄弟も存在しない、孤児。親代わりのシスターは居たものの、彼女はモーズだけでなく沢山の孤児の世話をしていて、モーズの為だけの時間を作ってくれた事はほぼない。
それどころか人手も時間もない中でシスターは教会と孤児院の運営をしていたので、物心がついた頃からモーズはずっとお手伝いをしていた。よって手のかからない子として、他の子供よりも放任気味だった記憶がある。
孤児院には兄弟のように育ったフランチェスコも居たが、あくまで“ように”だ。同い年だった事もあり、対等な友達といった方が感覚としては近い。その対等も、モーズが足掻いた末に得た立場である。
とても甘えられるような関係では、なかった。
「ま、そーゆーお堅い所も好きで寄生してきたんだろうけどねぇ」
そこでカールはモーズの襟首を掴んでぐいと引っ張ると、飼育室内にある長椅子に座らせる。次いでカール自身もモーズの右隣に腰をおろす。
「それにしてもモーズちゃんも大変よねぇ。入所から間もなくステージ6が出現するわ、パラス国でトラブルに巻き込まれるわ、それらのお陰で何もかんも前倒しになっちゃって! 本当はアイギスとじーっくり語らって時間をかけた方がモーズちゃんには合っているんだろうし、そっちの方がアイギスの馴染みもずーっといいんだろうけど、情勢がそれを許してくれないとかないわな~」
「……病に、人の都合など関係ないでしょう。それに私自身、ステージ3まで進行していて、時間がない。前倒しは寧ろ有り難いです」
「そこで有り難がるとかっ! ナンセンスっ!!」
「私は、私に出来ることをやるまでです」
「まっ、じっ、めっ、すぎっ!」
カールの手によって乱れた髪を手櫛で直しているモーズの右側頭部を、カールは人差し指でつついてくる。
「都合の悪い事ばっか起きているんだから、嘆いてナンボっしょ~っ! それともモーズちゃんはぁ、乗り越える壁は高い方がいい! とかお高くとまったアスリートみたいなこと言っちゃうタイプ? じゃかあしい! 邪魔でしかない障害なんぞに燃える訳ないでしょうが! ハードルは低ければ低いほど有り難いっての!!」
「そ、その精神でよくオフィウクス・ラボの入所を決めましたね……。治療薬が見つかっていない、未知数な事の方が遥かに多い『珊瑚』の研究ほど、高いハードルはないでしょうに」
そういえばカールがラボに入所した経緯は聞いたものの、肝心の入所動機を聞いていない。
誰の推薦も貰わずに自力で人工島アバトンへ辿り着き、ごねにごねて入所を果たしたカール。余程の動機がなければ、そこまで手を尽くさないはずだ。
「ラボに入所すると菌床処分という危険な仕事も請け負う事にもなりますし、ここは障害の塊のような所では?」
「あぁそれはねぇ~。俺ちゃんの怖ぁいものに関係しているねぇ」
「怖いもの、ですか」
「そうそう! 俺ちゃんが怖いものはねぇ、……『未知』」
未知。未知数。それは、人間の原始的な恐怖。
視覚情報を一切得られない暗闇に抱く恐怖と、同じ恐怖。
「俺ちゃんはねぇ、知って知って知り尽くして、怖くなくなりたいのよ。『珊瑚』を。人間の想像力の外にある、自然の摂理とかけ離れた生態を展開する訳のわからない『珊瑚』を、未知から既知にしたいのよ」
研究者らしい探究心からくる、入所動機。
前向きな好奇心とは異なる、後ろ向きな恐怖心からくる動機。その恐怖を払拭する為だけに、カールはここに居るのだという。どこか軽薄な言動からは、想像できない動機だ。
「『珊瑚』って本当に意味不明なんだよねぇ。一体全体どうして生物としては弱い人間を寄生先に選んで胞子を振り撒くに留まらず異形にして災害にして暴れ回って養分を浪費して死滅を早めて壊死して焼却されようともまた人間へ侵蝕してせっせと健気に菌床を広げていってテリトリーごと肥大化して細胞一つ一つを置換してまで人間にこだわってその挙句……あの日あの時あの瞬間。俺は一体、何を見たんだろうなぁ」
「……カールさん?」
「あっ! お喋りが過ぎちゃったね! めんごめんご⭐︎」
軽薄さがなりを潜めた低い声で喋り続けたかと思えば、カールは瞬時に明るい声音に切り替えて空気を緩和してくる。
「話を脱線させちゃったお詫びに、シアンから貰った飴ちゃんでもぉ」
そのままカールはごそごそと黒衣の内側を漁ったかと思えば、そこに隠し持っていた短剣を取り出して、モーズの死角となっている右の側頭部に向け――
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