毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十章 イギリス出張編

第184話 相棒(パートナー)

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 ピピピッ。ピピピッ。ピピピッ。
 目覚まし時計のアラーム音によって、モーズの意識が浮上する。

「あ、朝、か……?」

 状況が飲み込めないまま身体を起こしてみれば、外着のままである事に気付く。昨日は自室に戻った後、ベッドに沈んでからそのまま眠ってしまったらしい。
 まずはシャワーを浴びて着替えた方がいいだろう。
 寝汗も、酷い。

(何だか嫌な夢を、見ていた、ような)

 フランチェスコとの思い出を回想するかのような夢に混ざって、自分の想像力では決して思い浮かばないような怪物が、立ち塞がっていた気がする。
 しかし具体的な姿形はもう思い出せない。記憶を元にした夢に刷り込むように現れて、その得体の知れない見目だけで恐怖心を掻き立ててきたような気がするのに、肝心の造形を綺麗さっぱり忘れてしまっている。
 とは言え、夢とは往々にして支離滅裂なうえに記憶に残り難いもの。モーズは大して気に留める事なくシャワーを浴びる準備を始めた。

「今日も頑張らなくては、な」

 シャワーを浴びて汗を洗い流して清潔にして、日課である体重を測って、それから新しい衣服へと着替えて、朝食として携帯流動食を手に取って喉の奥へ流し込んで。

「……。不味い」

 相変わらず味に難のある流動食に苦笑しつつ、
 視界の右端にほんの一瞬見えた赤い人影を、見なかった事とした。

 ◇

「おっすおっすモーズちゃん! 今日は俺ちゃん廊下から参上だよ~っ!」

 自室から出たと同時に、モーズは2階の廊下で待ち構えていたカールと合流した。

「おはようございます、カールさん」
「よぅし! 今日はこのまま共同研究室寄らないで、浜辺に直行……」

 勢いそのままに、カールはモーズの腕を掴んでエレベーターへ向かおうとして、足を止めた。

「う~ん。今日はアイギス訓練、やめとこっか⭐︎」

 それどころか訓練自体の中止を言い渡してきて、モーズは動揺する。

「な、何故です!?」
「そんな疲れた様子じゃす~ぐバテちゃうっしょ~」
「睡眠は取った。食事もすませた。何も問題はない!」
「ありありのありっしょ! それにぃ、睡眠取ったとか言ってるけどぉ」

 ぐいと、カールはいきなりモーズのフェイスマスクの側面を掴んで横にずらして、

「クマできてるぜ? モーズ」

 モーズの、目の下にクマが出来ている素顔を指摘した。
 疲れが顔に出ていた事が看破されてしまった。一日疲労しただけで、それも一昨日に休暇を貰ったばかりだと言うのに情けないと、モーズは自分自身に呆れてしまう。

「寝付き悪いのかい?」
「……夢見が悪かった、だけです。大した問題ではない」
「駄目駄目ぇ。クスシは身体が資本! 心も資本! どっちも損ねちゃ、いけないんだぜ? よぅし! 今日は座学をしよっか、座学っ!」
「座学、ですか」
「そうそう! モーズちゃんハブクラゲ型について知らなかったみたいだしね! この機会にね!」

 カールはそう言うと、モーズの手を引いて寄宿舎を出ると浜辺……ではなく、ラボの3階にあるアイギスの飼育室へと向かった。
 少し薄暗い部屋の中に設置された、筒状のガラスケースで優雅に泳ぐクラゲ達。モーズの入所翌日、初めて訪れた日と同じように、そこは相変わらず神秘的で幻想的な光景を生み出していた。
 筒状のガラスケースの中には、フリーデンが連れているミズクラゲや、フリッツが連れているオキクラゲや、ユストゥスが連れているアカクラゲや、パウルが連れているタコクラゲが漂っている。
 モーズが連れているハブクラゲ型もまた、自由気ままに空中を泳いでいた。

(そういえば、背後から寄生されたから全身像を見るのはこれが初めてか?)

 モーズのアイギスは真後ろから寄ってきて、首筋に触手を突っ込んできてから寄生をしてきた為、実は姿を見ていない。
 と言っても大きさこそ異なるが、アイギスは海棲生物図鑑に載るクラゲの姿と何も変わらないので、初めて見る感覚はしなかった。

「ええと。昨日パウルさんから教わりましたが、ハブクラゲ型は強い毒素のストックが沢山できるのだそうですね。私には使いこなせなそうな、強力な特性です」
「そうそう! 見ての通りハブクラゲ型の触手は精々16本なのに、それ以上の数の毒を溜め込めるんだよねぇ。しかも色んな毒を混ざんないように蓄えるの! ちょ~器用っ!」
「……私とは、真逆ですね」

 モーズは思わず苦笑してしまう。
 要領が悪く不器用で、人の何倍もの時間を費やしてようやく人並みである自分と違いすぎる。宿主として相応しいのか、怪訝に思ってしまうほどに。

「そうなの? よかったじゃんっ!」

 しかしカールは、鬱屈とした思いを抱いてしまったモーズと逆の事を言ってきて、モーズは理解が追い付かず小首を傾げる。

「よかった……?」
「自分と真逆だなぁ、って思ったんでしょ~? なら不足を補ってくれる子が相棒になってくれたって事じゃない! ここは喜ばなきゃ~っ!」
「喜ぶと言われましても、寧ろ不相応な宿主である事に申し訳なく思ってしまうのですが」
「はっはっはっはっ! もしかしてモーズちゃん、アイギスと肩を並べようとしている? 傲慢だねぇ!」
「ご、傲慢……!?」

 そこでカールは数多のアイギスが漂う筒状ガラスケースに、人差し指をビシリと突き差した。

「触手という物理的な手数の多さ! しかもその触手は吸血機能がある、かつ毒素を蓄えられる多機能さ! 更には触手が千切れようが治せる再生力! 自分より遥かに重い人間を持ち上げられる腕力! 浮遊力! 俊敏力! どれ一つ取っても人間が勝てる要素はなぁああんも、ないっ!!」
「そ、それはそうですが……!」
「そぉんなアイギスと対等になろうなんざ傲慢も傲慢っ! そもそも~? 見た目も思考も性能も生態も全く違う生き物と同じ土俵に立とうなんざ、頭がイカれてるぅっ!」

 アイギスはクラゲの生態とよく似た生き物で、哺乳類たる人間とは何もかも違う。電気信号を介してコミュニケーションは取れるが、アイギスから電気信号を発信する事はあまりなく、あっても喜怒哀楽を読み取れる程度ぐらいで、言語を用いた明確な意思疎通などはできない。
 故にアイギスと信頼関係を築くのに最も有効なのは、『宿主と触れ合う時間』とされているのだ。

「アイギスはなぁ、人間の手なんざ必要ないぐらい強い生物だ! 別に寄生しなくっても生存や繁殖に支障は、ないっ! その上で! アイギスは人間に寄生し、血を対価としてはいるものの宿主の手足となり、盾となってくれる! どぉ~う計算しても対価と釣り合ってない! けっ、どっ!」

 ぽん。
 そこでカールはモーズの頭に手の平を乗せて、くしゃりと髪をかき乱してきた。

「それだけ宿主が好きって事よ」
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