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第十二章 日本旅行編
第227話 風穴
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西暦2320年7月。
イギリス感染病棟にて菌床が発生。犠牲者が一人出てしまう事態となる。
その事態を防げなかった病棟の最高責任者、ジョンは責任を取る為に院長を辞任(と表向きに公表)。
後任はエドワードとなった。
だがそれだけに留まらず、辞任から間もなく珊瑚症がステージ4まで進行したジョンは、その身を被験体としてオフィウクス・ラボへ提出。国際連盟の承諾と許可を得たうえで、臨床試験を受ける事に同意をした。
人工人間が開発されて以降、倫理法や人権法の規約が一層厳しくなった現代。治験者の意識がはっきりした状態ならまだしも、意思疎通ができない者に対する臨床試験含む人体実験はタブー視され、ほとんど廃れたといっていい。
そんな風潮の中でも国際連盟へ根気強く交渉し、説得をこなしたジョンの成果は、保守的となっていた医療研究と停滞気味だった珊瑚症研究に風穴を開ける事態となった。
それが世界ニュースとして世の中に広まれば、オフィウクス・ラボへの影響も強く出る事となり――
◇
「メールが止まらん」
人工島アバトンに設けられたオフィウクス・ラボ。朝の共同研究室で、ユストゥスが呟く。
室内では複数置いてある実験台の上一つ一つにホログラム画面が投影され――延々と送り付けられる電子メールの着信音が鳴り響いていた。
ピロン、ピロン、ピロンと軽快な機械音が発せられるホログラム画面。その画面には電子メール一覧が次々に送られる電子メールによって滝のように下へスクロールしていき、止まる気配がない。
イギリス出張が完了しモーズ達が帰還した日の翌日、世界ニュースが報道されてからずっとこの調子である。
この電子メールは全て、『オフィウクス・ラボがかの英雄『ジョン』を治験者に臨床試験へ踏み切った』という世界ニュースを受けた各国の政府要人やメディア、そしてコールドスリープ患者の身内から送られてくるものだ。
政府要人からは臨床試験によっていい成果が出た場合、その情報や新薬を自国へ優先的に送って欲しいという、わかりやすく利権にまみれた内容が多い。
メディアからは臨床試験の時期の情報と、公開試験をして欲しいという要望。そして何より独占取材を、密着取材を、事前取材を、と世界が注目する話題を我先に発信する為に必死だ。
コールドスリープ患者の身内からは「自分の家族も治験者にして欲しい」という切なる願いが綴られた内容が多い。特に長らくコールドスリープを施されている患者の身内は、自分が生きている内に治療方法が見つからないかもしれないという焦りから、このまま死別するくらいなら、何より治療方法発見の足掛かりになるのなら、とコールドスリープ患者に代わって治験者となる事の同意を申し出てきている。
政府要人とメディアはともかく、コールドスリープ患者の身内からの治験者志願はとてもありがたい。ありがたいのだが――何せ1500万人ものコールドスリープ患者を受け入れているオフィウクス・ラボ。
それに比例し身内も同等の人数がおり、その内の千分の一でも能動的な行為をすれば、ラボに届く電子メールの数は跳ね上がってしまう。
「いや、これどうするんですか。研究じゃなくて連絡さばくのに時間取られているんですが?」
「全部を見ていたらキャパオーバーになっちゃうね。先に国連が精査してくれたらいいんだけど……」
「国連の連中め! 責任を極力負いたくないのか、こちらに対応を丸投げしおって……!」
一万を軽々と超える膨大な数に唖然とするフリーデンに、マスク越しに額を押さえるフリッツ。そしてユストゥスはこの事態を恐らく意図的に引き起こしているだろう、国連に怒りを覚えていた。
電子メール含めラボへの連絡行為は全て国連が間に挟まれる。なので国連も怪しげな電子メールはあらかじめ弾くなど、ある程度の選別はしてくれているとは思うが、それでも普段より精査が緩いというか、ともかく量が多い。
「役割分担をするしかないね。先に人工知能に優先度が高そうな案件をピックアップさせて、それから政府要人とメディア関係はユストゥスと僕が捌こう」
電子メールの一部を見て冷静に状況を判断、指示を出したのはパウルだった。
「あとコールドスリープ患者の治験者要望は昔の基準を参考にして振り分ける。まずは高齢の方から臨床試験を施すのが定石。またコールドスリープ歴の長い、体力が低下している患者も優先的に回した方がいい。つまり死期が早いと見られる患者だ」
「最初に被験を申し出たジョンさんではなく?」
パウルの治験者の優先基準を聞いたモーズが不思議そうに言った。
治験者の要望を一番最初に申し出たのはジョンである以上、彼が真っ先に臨床試験を受けるものだと思っていたからだ。するとその疑問に、パウルより先にカールが答えてくれる。
「ジョン先生は確実な準備が整うまで一旦コールドスリープだね~。ほら彼、『珊瑚』発見者として医療業界以外でも有名人でしょ? 知名度ある人の臨床試験に成功したら世間にもいい影響が広まるだろうけど、万が一、何かあった時は悪い方の影響も大きい。まぁどの患者相手でもそーなんだけど、ジョン先生は特に慎重にしなきゃだ」
「成る程……」
「ここで失敗しちゃえば、ここぞとばかりに国連が口出しをしてくるかもって懸念もあるしぃ。振り出しに戻らないようにしなくっちゃね!」
治療方法がわかる可能性があるからと安易に臨床に入らず、堅実に確実に着実に。ジョンがその身を犠牲に開けてくれた風穴を塞がない為にも、入念な準備に専念すべき。
その説明に納得したモーズは一人頷いた。
するとそんなモーズの肩にカールは腕を回し、ぐいと自身の方へ引き寄せる。
「まぁ面倒な手続きはユストゥス達に投げておくとしてさ! モーズちゃんは俺ちゃんと『珊瑚』の進化を研究しないっ? しないっ?」
「えっ」
「おいカール。貴様もやれ」
「やだ~っ! 俺ちゃん事務作業とかやりたくない~っ! モーズちゃん俺ちゃんの個別研究所行こうよ~っ! モーズちゃんがいたらきっとすごい捗るからさ~っ!」
「ちょっと、モーズは引き続きアイギスの訓練しなきゃだろ。移り気の激しいカールは放っておいて、僕と訓練所に行くべきだ」
「え、ええと」
「パウル先輩も便乗してさり気無く離脱しようとしてね?」
「フリーデンお口チャック」
ダンッ!
好き勝手な事を言い始めたカールとパウルという先輩2人を前に、ユストゥスはあらん限りの力を持ってして実験台の黒板を拳で叩き、憤りに満ちた声で命じた。
「今は、全員、メールの処理に、集中しろ……!」
「うえーんっ!」
「げぇ……」
「うぇーい……」
(返事に覇気がない……)
「ユストゥス、これもうウミヘビを呼ぼう。人海戦術をしないとどうしようもない」
最終的にフリッツの提案によって、事務作業のできるウミヘビ達も巻き込み、共同研究室にいたクスシ一同は電子メール処理の対応に追われる事となった。
なおこれにより通常業務たる研究が十日間、停止状態となる事にこの時はまだ誰も気付いていない。
イギリス感染病棟にて菌床が発生。犠牲者が一人出てしまう事態となる。
その事態を防げなかった病棟の最高責任者、ジョンは責任を取る為に院長を辞任(と表向きに公表)。
後任はエドワードとなった。
だがそれだけに留まらず、辞任から間もなく珊瑚症がステージ4まで進行したジョンは、その身を被験体としてオフィウクス・ラボへ提出。国際連盟の承諾と許可を得たうえで、臨床試験を受ける事に同意をした。
人工人間が開発されて以降、倫理法や人権法の規約が一層厳しくなった現代。治験者の意識がはっきりした状態ならまだしも、意思疎通ができない者に対する臨床試験含む人体実験はタブー視され、ほとんど廃れたといっていい。
そんな風潮の中でも国際連盟へ根気強く交渉し、説得をこなしたジョンの成果は、保守的となっていた医療研究と停滞気味だった珊瑚症研究に風穴を開ける事態となった。
それが世界ニュースとして世の中に広まれば、オフィウクス・ラボへの影響も強く出る事となり――
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「メールが止まらん」
人工島アバトンに設けられたオフィウクス・ラボ。朝の共同研究室で、ユストゥスが呟く。
室内では複数置いてある実験台の上一つ一つにホログラム画面が投影され――延々と送り付けられる電子メールの着信音が鳴り響いていた。
ピロン、ピロン、ピロンと軽快な機械音が発せられるホログラム画面。その画面には電子メール一覧が次々に送られる電子メールによって滝のように下へスクロールしていき、止まる気配がない。
イギリス出張が完了しモーズ達が帰還した日の翌日、世界ニュースが報道されてからずっとこの調子である。
この電子メールは全て、『オフィウクス・ラボがかの英雄『ジョン』を治験者に臨床試験へ踏み切った』という世界ニュースを受けた各国の政府要人やメディア、そしてコールドスリープ患者の身内から送られてくるものだ。
政府要人からは臨床試験によっていい成果が出た場合、その情報や新薬を自国へ優先的に送って欲しいという、わかりやすく利権にまみれた内容が多い。
メディアからは臨床試験の時期の情報と、公開試験をして欲しいという要望。そして何より独占取材を、密着取材を、事前取材を、と世界が注目する話題を我先に発信する為に必死だ。
コールドスリープ患者の身内からは「自分の家族も治験者にして欲しい」という切なる願いが綴られた内容が多い。特に長らくコールドスリープを施されている患者の身内は、自分が生きている内に治療方法が見つからないかもしれないという焦りから、このまま死別するくらいなら、何より治療方法発見の足掛かりになるのなら、とコールドスリープ患者に代わって治験者となる事の同意を申し出てきている。
政府要人とメディアはともかく、コールドスリープ患者の身内からの治験者志願はとてもありがたい。ありがたいのだが――何せ1500万人ものコールドスリープ患者を受け入れているオフィウクス・ラボ。
それに比例し身内も同等の人数がおり、その内の千分の一でも能動的な行為をすれば、ラボに届く電子メールの数は跳ね上がってしまう。
「いや、これどうするんですか。研究じゃなくて連絡さばくのに時間取られているんですが?」
「全部を見ていたらキャパオーバーになっちゃうね。先に国連が精査してくれたらいいんだけど……」
「国連の連中め! 責任を極力負いたくないのか、こちらに対応を丸投げしおって……!」
一万を軽々と超える膨大な数に唖然とするフリーデンに、マスク越しに額を押さえるフリッツ。そしてユストゥスはこの事態を恐らく意図的に引き起こしているだろう、国連に怒りを覚えていた。
電子メール含めラボへの連絡行為は全て国連が間に挟まれる。なので国連も怪しげな電子メールはあらかじめ弾くなど、ある程度の選別はしてくれているとは思うが、それでも普段より精査が緩いというか、ともかく量が多い。
「役割分担をするしかないね。先に人工知能に優先度が高そうな案件をピックアップさせて、それから政府要人とメディア関係はユストゥスと僕が捌こう」
電子メールの一部を見て冷静に状況を判断、指示を出したのはパウルだった。
「あとコールドスリープ患者の治験者要望は昔の基準を参考にして振り分ける。まずは高齢の方から臨床試験を施すのが定石。またコールドスリープ歴の長い、体力が低下している患者も優先的に回した方がいい。つまり死期が早いと見られる患者だ」
「最初に被験を申し出たジョンさんではなく?」
パウルの治験者の優先基準を聞いたモーズが不思議そうに言った。
治験者の要望を一番最初に申し出たのはジョンである以上、彼が真っ先に臨床試験を受けるものだと思っていたからだ。するとその疑問に、パウルより先にカールが答えてくれる。
「ジョン先生は確実な準備が整うまで一旦コールドスリープだね~。ほら彼、『珊瑚』発見者として医療業界以外でも有名人でしょ? 知名度ある人の臨床試験に成功したら世間にもいい影響が広まるだろうけど、万が一、何かあった時は悪い方の影響も大きい。まぁどの患者相手でもそーなんだけど、ジョン先生は特に慎重にしなきゃだ」
「成る程……」
「ここで失敗しちゃえば、ここぞとばかりに国連が口出しをしてくるかもって懸念もあるしぃ。振り出しに戻らないようにしなくっちゃね!」
治療方法がわかる可能性があるからと安易に臨床に入らず、堅実に確実に着実に。ジョンがその身を犠牲に開けてくれた風穴を塞がない為にも、入念な準備に専念すべき。
その説明に納得したモーズは一人頷いた。
するとそんなモーズの肩にカールは腕を回し、ぐいと自身の方へ引き寄せる。
「まぁ面倒な手続きはユストゥス達に投げておくとしてさ! モーズちゃんは俺ちゃんと『珊瑚』の進化を研究しないっ? しないっ?」
「えっ」
「おいカール。貴様もやれ」
「やだ~っ! 俺ちゃん事務作業とかやりたくない~っ! モーズちゃん俺ちゃんの個別研究所行こうよ~っ! モーズちゃんがいたらきっとすごい捗るからさ~っ!」
「ちょっと、モーズは引き続きアイギスの訓練しなきゃだろ。移り気の激しいカールは放っておいて、僕と訓練所に行くべきだ」
「え、ええと」
「パウル先輩も便乗してさり気無く離脱しようとしてね?」
「フリーデンお口チャック」
ダンッ!
好き勝手な事を言い始めたカールとパウルという先輩2人を前に、ユストゥスはあらん限りの力を持ってして実験台の黒板を拳で叩き、憤りに満ちた声で命じた。
「今は、全員、メールの処理に、集中しろ……!」
「うえーんっ!」
「げぇ……」
「うぇーい……」
(返事に覇気がない……)
「ユストゥス、これもうウミヘビを呼ぼう。人海戦術をしないとどうしようもない」
最終的にフリッツの提案によって、事務作業のできるウミヘビ達も巻き込み、共同研究室にいたクスシ一同は電子メール処理の対応に追われる事となった。
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