毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十二章 日本旅行編

第228話 凍結実験

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『ア、ア、アァ……』

 背中がフジツボに似た膿疱に覆われ、臀部に鼠の尾のような菌糸を生やし、引きずりながら廃ビルの中を歩くステージ5感染者。
 その感染者は時折り呻き声をあげながら、虚な目をガラスが割れた窓の外へ向けていた。
 意識が廃ビルの外へ向いている。
 廃ビルの中、オフィステーブルの陰に隠れつつ様子を伺っていたモーズは、あらぬ方向を向いている感染者を見てそう判断。

(……! ここだ……!)

 感染者が背中を向けている今が好機と物陰から飛び出し、サブマシン型の『冷気放射器』を構える。
 背後を取れたアドバンテージは大きく、機敏な《鼠型》感染者が反応する前に引き金を引く事に成功。銃口から直線上に放射される冷気を一気に浴びせる事ができた。
 感染者との距離は一メートル程と、菌糸の尾が届かない距離も保てている。この射程を保ったまま冷気を当て続ければ、感染者の身体は凍り付き、侵食している『珊瑚』も不活性化。安全な保護へ繋がる――

「なっ!?」

 そんな期待を抱いて間もなく、感染者は背中や片腕が凍った状態にも関わらず床を蹴り上げ飛び上がると、一気にモーズへ距離を詰めてきて、指先から鋭い爪状に生やした菌糸を構え、振り降ろしてきた。

「ぐ……っ!」

 爪状菌糸は容赦なくモーズの首を掻き切り、赤い鮮血が廃ビルの壁や床へ飛び散る。

「ここ、までか……!」

 そこでモーズは――死亡と判定され、身体が電子粒子へと変換。廃ビル内にランダム転移された。

「ううむ。今回も駄目だったか」

 ランダム転移先である廃ビルの屋上へ移動したモーズは、冷気放射器を片手に眉間にシワを寄せる。
 イギリス出張から戻り、電子メール処理に忙殺されること十日間。溜まっていた通常業務(コールドスリープ患者の受け入れ、菌床へのウミヘビ派遣など。なおクスシ同行は忙しすぎて出来ていない)の着手も並行するようになってから更に一週間。
 ようやく少し余裕ができた今日は仮想空間にて、感染者保護実験を一日中繰り返していたのだが、いい成果は得られていない。

『なかなか難しいねぇ』

 その時、モーズの左耳に付けられたイヤホンから、仮想空間の外でシミュレーターの計算を請け負ってくれているフリッツの声が聞こえてきた。

『コールドスリープ患者運搬用のコフィンを改造、ステージ5の動きを止める凍結機能搭載に成功。いつでも遠征先に持って行ける。そしてステージ5を収納する《凍結室》もじき完成予定。勿論、あくまで計算上での話。実践の際には何かしらトラブルが起きると想定される。……けど、肝心のステージ5の保護が達成されなきゃ、試行も何もない。最初で躓いてしまっているのが辛いなぁ』
「簡単に達成できる課題ならば、国連軍などがとうの昔に達成しているだろう。私達も試行錯誤を繰り返すしかない」

 モーズ達に限らず、各国の軍や研究所、国連も今まで幾度もステージ5感染者保護を試みている。だが未だに叶った事がない。
 各国が試行した過去の記録は大いに参考になったが、失敗に終わっている以上、同じ手をなぞるだけでは駄目だ。従来のやり方のままでは、保護は達成できない。

『一方向からだとどうしても計算上、冷気が足らないみたいだ。複数人で多方向から一斉に凍らせる方向にシフトした方がいいね』

 感染者の動きを止めるだけならば、アイギスの触手や《ナック》や水銀の液体金属を用いれば可能。しかしその後が問題だった。
 感染者を保護するにあたって、寄生した『珊瑚』ごと仮死状態にする為に必要なコールドスリープ。それを施すにはコフィン内で処置を施す必要があるのだが、ただの拘束ではコフィンの蓋を閉めた後の動きは止められず、蓋を閉めたと同時にコフィンを破壊、感染者の処置が終わらぬ内に外に出てしまうのだ。
 故に安全に確実に保護するには、あからじめ凍結させる必要があった。

「人手がいるな。ステージ5を相手にする以上、ウミヘビの手を借りるのが最適か。……ところで彼ら、息を揃えるなどの連携はできるのだろうか?」
『一部のウミヘビは出来るだろうけど、基本的に二人組ペアの間だけだ。凍結が現実的に可能な人数は計算上だと6人。厳しいね』
「やはり……」

 モーズが入所して以降、ウミヘビは複数人連れて歩く事が大半だったので実感が薄いが、本来ウミヘビは予期せぬ化学反応防止の為、ソロでの戦闘が推奨されており、集団戦の訓練は受けていない。
 化合物《ナック》が優秀なカリウムとナトリウムなど、一部のウミヘビは連携の訓練を受けているそうだが、それでも二人組ペアどまり。必要最低人数と目される6人には及ばない。

『でも当面は冷気放射器の改善が優先かな。急拵えで作ったものだから、性能が不安定だ。ウミヘビの連携とかはそれから考えてもいい』
「了解した」

 ◇

「《》が……」

 鉢に植えられた植物が床や実験台のあちらこちらに置かれた、個別研究室の一室。
 窓際の木製椅子に腰を下ろし一人喋っているのは、白衣の下に和装を纏い、狐面のデザインをしたフェイスマスクで顔を覆ったクスシ、青洲せいしゅう
 彼は自身の周囲に4つのホログラム画面を展開し、その画面の向こう側にいる人物と通話をしていた。

「今になって……。この事態、所長の見解は……副所長のご意見は……」

 オフィウクス・ラボ最高責任者所長と、副所長である。

「はい。はい……。小生の事は、お気になさらず……。それよりも、アトロピンの負担が大きいのが……。彼は、小生の前では辛い顔を見せてくれないので……」

 常日頃、青洲に付き添ってくれているウミヘビ、アトロピン。しかし今日は敢えて、植物園の管理を任せる名目で個別研究室に入れていない。

「所長、最悪の事態に至る可能性は……そう、ですか。きっと、避けられないと……いいえ、覚悟の上、です」

 所長と副所長との通話内容を、聞かせたくなかったからだ。

「もはや小生は、亡霊に等しい。小生の命含め、失うべきものなど……。…………。……アトロピンが、悲しむ……? 寧ろ彼は、彼こそ、解放してあげなくては。……先生という呼称は、小生には似付かわしくない。小生は何も成せなかった、救えなかった……能無し」

 そこで青洲は木製椅子から立ち上がり、ホログラム画面の向こう側にいる2人に向け、はっきりと宣言をした。

「モーズの件、引き受けました」
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