毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十二章 日本旅行編

第229話 七人目

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「モーズ~……。俺もう疲れたよぉ~……」

 凍結実験のシミュレーションを一通り終えた後、卵型機器カプセルが置かれた3階から2階の共同研究室へフリッツと共に戻ったモーズに待ち受けていたのは、見るからに疲労困憊で、ふらふらと覚束なく歩くフリーデンであった。

「どうした、フリーデン。今日の業務では遠征や訓練などの肉体労働はなかったと記憶しているが」
「メール処理がようやっとちょっとは落ち着いたと思ったら、今度は国連のお偉いさん方とのバーチャル会議の嵐で喋り通しだったんだよ~。神経すり減ったわ~」
「それは大変だったな。お疲れ様」

 気力を消耗したフリーデンはもはや自力で立つのも辛いらしく、モーズの前まで歩み寄ったかと思えばぼふんとハグをする形で上体を預けてきたものだから、モーズは抵抗なく受け止め、せめてもの慰めとして彼の背中をさする。

「国連の保守派どもめ、一度通った事だというのに隙あらば反故にしようなどヌルい期待を抱きおって……!」

 丸椅子に座り、目の前の実験台の黒板に肘をついて怒り狂っているのはユストゥスだ。
 彼らが国連とのバーチャル会議で何を話し合っていたのかと言うと、臨床試験の詳細な打ち合わせである。臨床試験の実行も研究も責任も全てオフィウクス・ラボのクスシが担当するのだが、実際に行う臨床試験の具体的な内容の事前伝達、万が一不備が起きた際に不祥事を隠蔽されないよう公開試験を実施する旨、国連が事前に許可を出したジョン以外の患者に対する扱いの可否など……つまるところ、監視の目を厳しくさせろという要望だ。
 その他の条件も含め、飲めないのならば臨床試験は諦めろという旨も国連は仄めかしてきたものだから、ユストゥスはどこまでも保守的(と言う名の及び腰)な国連の上層部に怒り心頭である。

「俺ちゃんもぉ~喉ガラガラなんだけどぉ……。いや仮想空間の中での話で生身の身体は使ってないから実際は何ともないけどこう気分的にというか精神的にと言うか……」
「多弁症のカールが喋り疲れる事あるんだな……」
「俺ちゃんだって人間よ!? 喋り続けてりゃ喉も枯れるわっ!」
「どっちかっていうとウミヘビに片足突っ込んでんじゃんお前」
「ンマッ! パウルちゃんってば斬新な褒め言葉だねぇっ!」
「呆れてるんだよ馬鹿」

 フリーデン、ユストゥスと同じく国連の上層部とひたすら会議をしていたカールとパウルも、実験台の上に沈み込むように身体を預け、疲弊している。
 国連という二百近い国家が所属する、巨大組織。上層部もそれに比例して人数が多いものだから、対象を大国の要人に絞ったにも関わらず延々と喋るハメになっているのだ。流石にこれはウミヘビには任せられず、クスシが対応するしかない。しかも医療や化学の知識のない人間も多いので、臨床試験の細かい解説も要求され、それによって更に時間が割かれている。
 なのでカールは「WHOだけ相手にしたい……」とぶつくさ恨み言を呟いていた。

「しかし順当にいけば来月にでも臨床試験に入れる。これにより、施術及び治療薬の探究が確実に進むぞ……!」
「ねぇユストゥス。それは喜ばしい事だけど、僕は手伝わなくて本当にいいのかい?」

 フリッツが死屍累々となっているクスシ達を見て、心配そうに言った。
 フリッツとモーズだけは事務処理や会議から外され、前から取り組んでいた実験へ戻されている。新人のモーズは会議の参加は難しく外されるのはわかるが、フリッツもとなるとただでさえ貴重な人手が減る。
 その罪悪感からフリッツは今からでも実験を中止し手伝った方がいいのでは、とユストゥスに伝えたが、彼はその気遣いを断った。

「ステージ5の研究は別途、進めていた方がよいというのが私の見解だ。ステージ4の研究を幾ら進めようとも、ステージ5の脅威は依然として変わらない。ステージ5と6が扱う進行促進能力も考えると、決して放置はできんだろう」
「上手いことステージ5を捕まえられたとしたら、そっちの方が先に臨床試験に入れるしね。ステージ5って世間だと脳死扱いで人権ないからさ」
「そうそう! だからもし今後、意識レベルが明確になってもぉ、暫くは内緒にしていた方がオ、ト、ク、だよねぇ~っ!」
「お得って言い回しはどうなんだよ、カール。まぁ国連の口出しは避けられるだろうけどさ」

 カールとパウルの意見も同じようで、臨床試験の対象となるステージ4だけでなく、ステージ5も目を向けた方がいいと言ってくれた。これはモーズが「ステージ5にも人の意識がある」と突き止めた成果も響いている。
 救える感染者は全て救いたい。その思いは皆、同じなのだろう。
 身が引き締まる思いを抱いたモーズは、自身に寄りかかっていたフリーデンをそっと引き剥がし、椅子に座らせるとフリッツの方へ顔を向けた。

「フリッツ、私はもう一度シミュレーターで冷気の計算をしてみる」
「わかった。僕は製作所で砒素くんとシアンくんに相談しようかな。彼ら武器の造詣が深いから。……可能なら『フリードリヒ』さんの助けを得られたら心強いんだけど、難しいだろうなぁ」
「『フリードリヒ』?」

 フリードリヒ。
 フリッツが過去の話を聞かせてくれた時に少し名前を出していた、クスシの一人。しかしそれ以上の事をモーズは知らず、フリッツにどのような人物なのか改めて訊ねた。

「フリードリヒさんは所長、副所長に続き三番目にクスシになったお人でね。ウミヘビ達の扱う《抽射器》を開発した人なんだよ」
「《抽射器》を……!?」

 抽射器。ウミヘビが感染者や菌床処分を行う際に使う専用兵器。
 自身の宿す毒素を抽射器を持つ手の平の接触面から抽出し、銃の形をしていたのならば発砲し遠距離攻撃が、ナイフの形をしていたのならば刃を伸ばしリーチを確保できたりと、ウミヘビのポテンシャルを最大限引き出す役目を担う代物だ。また、毒素を抽射器に集中する事により、大気汚染や不用意な毒素散布を防ぐ重要な役割も持つ。
 抽射器に頼らず戦闘をこなせるのは液体金属を操る水銀ぐらいなもので、大半のウミヘビにとって必需品といっていい。
 それを開発した人物と聞いて、モーズは驚きを隠せなかった。

「うん。だから医術だけじゃなくて武器製造の面でもすごーく頼りになるのだけれど、いかんせん気難しい屋なものだから、協力してくれないんだよね……」
「フリードリヒさんなぁ。天地がひっくり返っても共同研究室に来ない、と思うぐらいの人だからなぁ」

 側で話を聞いていたフリーデンが付け足してくれた情報では、フリードリヒはクスシの中でも特に協調性がないというもので、とてもではないが協力は仰げないらしい。

「そ、そんなにか」
「まぁ共同研究室に来ないなって思う人はフリードリヒさんだけじゃなくて、青洲さんも似たり寄ったり……」

 ガチャリ
 不意に共同研究室の扉が開く。突如として現れた7人目の入室者。
 それは狐面のフェイクマスクで顔を覆い、和装の上に白衣を羽織った日本人クスシ――青洲であった。

「……モーズは、いるか?」


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