毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第276話 症状抑制剤

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 翌る日。
 青洲は(大学の教授の名義をこっそり借りて)購入した実験器具に、山中で栽培していたありったけの薬草と、入手できるだけの様々な試薬を自室へ運び込み、最後にシャーレに入れ培養した『珊瑚』を用意する。
 この部屋で、製薬をするつもりなのだ。

「小生はまだ、医療免許も薬剤師免許も持っていない。公の場で製薬に携われない。……これは違法行為、犯罪だ。だがこれで、少しでも可能性を作れるのならば、小生は……っ!」

 それでも黙っていて欲しいと、青洲は材料調達の協力してくれた朝顔に視線で訴える。

「わかっております。わたくしも共に背負います、

 皆まで言わせずに、朝顔は快諾した。
 その突然の先生呼びに、青洲は戸惑っている。それもそうだ。しかし朝顔は改める事なく、青洲を『先生』と呼び続ける。

「……青洲先生。今から大事なお話をしても、よろしいでしょうか」

 今は西暦2300年の秋。朝顔がこの家を出ていくと決めた期日。
 だからとこの状況で、朝顔は彼等の元を発つ気は毛頭なかった。
 そして深くまで関わると決めた以上、話すべきと考えたのだ。

「わたくしは、人間ではありません」

 自分が人造人間ホムンクルスである事実を。

「あぁ、知っているが。それが?」
「……。えっ?」

 が、朝顔の意を決した告白は、何とも拍子抜けな結果に終わってしまった。

「あの、その、知っていた、とは? な、なぜ? いつから、でしょうか?」
「最初から、だな。必要食事量の異常な少なさに、同じく必要睡眠時間の異常な少なさ。目視できる筋肉量に反する腕力、脚力、どれを取っても人間とはかけ離れていたんだ。気付きもする」
「え、えええ」

 朝顔なりに頑張って人間のフリをしてきたというのに、青洲はとっくの昔に見抜いていたようだ。

「それに、お前を拾った日……。実は、ふらついて木の枝にぶつかって、出血をさせてしまっていた」
「えっ!?」

 それを聞いた朝顔は弾けるように顔をあげる。
 何せ朝顔の血は猛毒。触れれば人間は中毒に陥ってしまう。

「お身体に問題はありませんでしたか、青洲先生!」
「小生がか? 小生はお前に怪我をさせてしまっていた事を黙っていたんだ、責められるべきは……」
「いいえ、いいえ! 貴方のお身体の方が大事です! ……直ぐに治ったのを、見たでしょう?」
「……。あぁ」

 青洲は肯首する。
 枝によって負傷した怪我は瞬く間に再生し、数秒後には朝顔の傷は塞がっていた。人間ならばまずあり得ない現状。
 そして何より、枝に付着した彼の血は――青かった。
 最初は見間違いかと思った。だが後日、よく晴れた日に朝顔を拾った場所に青洲が赴いてみた所、青い血は酸化する事なくそのままそこに残っていて、朝顔の異質さを物語っていた。
 それでも青洲は拾った責任と、自分の身体を何の躊躇いもなく差し出してくる朝顔の危うさを見て、滞在を許す事にしたのだ。

「いつだか店に来た連中は、違法医療に関わっていた。あいつらに人間でないものに改造されたとか、ではないだろうか?」
「仔細はわたくしも把握できておりません。その認識で、よろしいかと」
「そうか。それで、今になって話そうとした理由は、何だろうか? ただ伝えたかっただけでは、ないのだろう?」
「はい、青洲先生。……わたくしは、人間ではない。『アトロピン』という毒素を体内に宿す人造人間ホムンクルスです。そして……」

 朝顔は胸元に手を当て、

「ありとあらゆる病原菌を死滅させ、感染を防ぐ、毒の血が流れております」

 どうか自分を利用して欲しいと、懇願した。
 こうして人と人外の2人による薬作りが、始まる。

 ◇

「『珊瑚』は虫やネズミやコウモリの他、植物への感染も確認されているようです」
「豚はどうだ? 豚の組織は人間に近いと言われている」
「豚の感染は今の所ありませんね。吸血される事があったという報告はありますが」

 月を跨ぎ、冬の気配が差し迫った頃には、青洲の部屋には世界各国で起きた症例をかき集められ、部屋に複数浮かぶホログラム画像に映し出された他、畳の上にも資料の山が積み上がっていた。
 また朝顔は山中で見付けた珊瑚症にかかった動植物を回収、青洲の元へと運び解剖や治験を繰り返し、人間にも有効な薬を探る。
 しかし人間の組織とは異なる生物への実験では限界がある。

「『珊瑚』は寄生菌、細胞へ密接に絡まり、置換し、それに伴い人体へ……」
「あなた」

 資料を読み漁り、ぶつぶつと考察を口に出す青洲の元へ、加恵がお茶を持って入室してきた。
 普段は部屋に入れず一声かけて貰い、廊下でやり取りをしているのだが、研究に没頭する辺り呼びかけが聞こえなかったのだ。

「最近、根を詰めているようだけれど、無茶は駄目よ?」
「加恵。君こそ内職や家事、母上の看病まで任せてしまっているんだ。休み休み過ごしてくれ」
「申し訳ございません、加恵殿。手伝いがひと段落つきましたら、わたくしも家の事を……」
「……。お薬を、作っているの?」

 じ、と。加恵は青洲の机に置かれた大量の試薬や生薬、そして実験器具に視線を送る。
 素人目から見ても、製薬をしている事がありありと伝わる光景。青洲は慌てて机を隠すように腕を伸ばしたが、もう遅い。

「こっ、これはだな、加恵」
「お薬を作るには、治験が必要よね。どうか、私を使ってください。あなた」

 加恵は自分の胸に手を当てて、自ら被験体を志願する。

「かっ、加恵!」
「今日お医者さまに、お義母かあさんは年を越えられないだろうと、伝えられました。……時間がありません。利用できるものは、何でも利用しなくっちゃ」

 優しく微笑みかけてくれる加恵だが、その目は強い意志を宿していて、本気である事が伺えた。

「それに私も罹っているんですもの。何もしないままでいたら、お義母かあさんと同じように倒れてしまうわ」
「しかし、これは違法な行為で、安全性はまるでない! 君にはちゃんと国の基準を満たした治療を、だな」
「待っているだけは、性分に合いません」

 ぴしゃりと、加恵は青洲の抵抗を突っぱねる。

「家族ですもの。協力するのは、当たり前です」
「か、加恵……」

 動物実験では限界があり、その限界は既にきていた。
 青洲は膝に爪を立てて、奥歯を噛み締めた後、加恵の決意を受け止める。

「……、……っ。頼まれて、くれるか?」
「えぇ」

 その数日後。
 加恵の協力の元作られた試作の薬は、朝顔の手によって母上へと渡った。

「御母堂、薬湯です。飲めますか?」
「……ありがとう、朝顔ちゃん」

 朝顔は母上が上体を起こす手伝いをしてから、湯呑みに入れた薬湯をゆっくりと飲ませる。
 効果が正しく発揮されれば、進行を遅らせられる筈だ。
 片目が赤く変色した母上の顔を見て、朝顔はこれ以上彼女の容態が悪化しない事をひたすら祈る。

「そろそろ大晦日が近付いてきたわねぇ、朝顔ちゃん。テレビ番組のカウントダウン、参加できるかしら?」
「そうですね。では青洲先生達とこの部屋で、年を越しましょうか」
「それは駄目よ。移ってしまったら大変」
「では、わたくしだけでも。わたくしは病気に罹らない身体なのです、御母堂。ですので気兼ねなく過ごせますよ」
「えぇ~、それ本当なの?」
「冗談ではございません。後は貴女が信じてくだされば」
「うふふ。そう言われたら、信じちゃおうかしら」

 相変わらず人を信じたい思いが強い母上は、現実味のない朝顔の発言もすんなり受け止めてくれた。
 これで心置きなく看病ができる。朝顔は柔らかな笑みをこぼした。

「そうだ。厄介ついでに夜のお散歩、付き合ってくれる? 幾ら具合が悪いからってずっと寝ていると、体力落ちちゃって仕方がないわ」
「お安い御用です、御母堂」
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